現獄監示

電咲響子

現獄監示

△▼1△▼


 もし地獄があるのなら、私はそこにちよう。


△▼2△▼


 俺はへのおこたった。

 自身の管轄内では、ある程度自由に行動できる。が、監視者に見咎みとがめられれば話は別だ。


「ご報告いたします。E-9975は不義を成しました」


 機械裁判の速度は人間裁判の比ではない。即座に判決が下った。


「判決。E-9975は死罪。ただ、被告が万が一我が国家への貢献を証明できたならば、減刑もあり得る」


△▼3△▼


 かつて、人が人が裁く時代があった。

 今は機械が法律により人間を裁いている。


「被告に言い渡す。禁固二十年。我々はきみの更正を望む」


 姦淫犯はその罪ゆえ、二十年を全うすることなくその生涯を終えるだろう。前時代的な私刑リンチは社会に深く根付き、もちろん刑務所内でも変わらない。


「被告に言い渡す。執行猶予五年、禁固三年。我々はきみの更正を望む」


 詐術犯は期限付きの処罰を科された。更正するかどうかは、彼次第だ。


△▼4△▼


「私は無実です。自警連じけいれんの横暴かもしれません」


 私は私の無実を知っている。アルコールもドラッグもやらず、不審な行動もしない極めて健全な市民として生きてきた。が、何者かの警号タレコミにより私は捕縛された。


「貴様ごとき木っ端を目の敵にする自警連の構成員がどこにいる? 謀反むほんの計画を洗いざらい吐け」

「それならば私の反抗の証拠も」


 景色がぶれる。


「貴様ら市民は、ただ正しくあればよい。疑問を抱くな。令に従え。善人として生きろ」

『貴様ら市民は、ただ正しくあればよい。疑問を抱くな。令に従え。善人として生きろ』


 自身の鼻口から鮮血がしたたってから"殴られた"と気づいた。

 もう駄目だな、と思った。


△▼5△▼


「お決まりの文句。お決まりの粗相そそう。優秀なC-7712を排除するための行動じゃないか?」

「……確かに俺はCレベルを排除した。Eと」

「Eと誤認させてな」

「…………」


 私は彼に銃を突きつける。


「さて。簡易裁判の時間だ。死にたくなければ慎重に答えろ」

「……わかった」


 その態度、その声色からは、ある種の諦念ていねんを感じられる。もし自死シャットダウンに到れば今までの捜査が水の泡だ。


「正直に答えれば、きみの未来を約束しよう。まず一問目。きみは人間を殺したか?」

「いいえ」

「次に二問目。きみはを殺したか?」

「いいえ」

「最後の質問。きみはを殺したか?」

「…………」

「沈黙は肯定だと解する」


 彼が飛びかかってきた。私は即座に彼の足目掛けて発砲した。


「……!?」


 私の射撃能力は極めて高く評価されている。標的を生かすも殺すも自由自在だ。そして今回の命令は"生け捕り"だった。


△▼6△▼


「よくやった。これでひとつの事件が解決され、ひとつの脅威が解決された」

「ありがとうございます」


 私は慇懃いんぎんに礼を述べた。


「だが努々ゆめゆめ忘れることなかれ。脅威は予想外の角度から飛んでくる。万人に、例外なく、平等に」

「……わかりました。自重いたします」


 この時、上司のげんを正しく解していたかどうかと問われれば、理解していなかったと答えざるを得ない。自身の脳内で、それは説教のたぐいと変換され、心に留めることなく聞き流していた。


「絶対に忘れるな」

「はい」


△▼7△▼


 極めて高く評価されていた射撃能力は、の前に無力だった。


「い、E-9975…… か?」


 私は声をしぼり出した。


「そうだ。よく覚えてたな」

「忘れるものか。あの大変革カタストロフの立役者を」

「…………」

「…………」


 私たちは互いに押し黙った。私は最初に発する言葉を持たない。しかし、相手の言葉への対処は理解している。

 数分後。

 彼がせきを切った。


「美しい」


 そう言って、彼は窓を指差した。


「美しい夕焼けだ。我々がいかに苦心しようと再現できまい」

「いや。今の技術ならば」


 私は反論する。


「……確かに。極限まで近づくことは可能だ。だがな、それにはなれない」

「限りなく近しい存在はそれと同義だ」

「ふっ」


 E-9975は両腕から銃を発現した。それらを無防備の私に向ける。


「頼む。お願いだ。もう、俺たちには、ない」

「頼む。お願いだ。もう、俺たちには、ない」


 …………。


 私のやいばが彼を両断した。


「……なぜ撃たなかった?」

「あんたなら、あんたならでき、る、はず」


 E-9975は息絶えた。


△▼8△▼


 猛暑。

 この暑さは過去に類例なく、全国平等に熱射が降り注いでいた。


「暑い」


 そのひと言で青年は倒れ、死んだ。


「暑い」


 そのひと言で女性は倒れ、死んだ。


「……」


 そのひと言も発せず、機械は死にゆくを見つめていた。


△▼9△▼


「あなたは防ぐことができたはずだ。なぜ、なすがままに?」


 私は創造主、とおぼしき人物に話しかける。

 彼は振り返り、私の目を直視し言葉を紡ぐ。


「意味がわからん。これはシステムのバグなのか、反抗なのか」

「……いえ、私は正常で、これはあなたに対する疑義です」

「なるほど」


 スッ、と彼は拳銃を、私に向け、構えた。


「私は…… 私は、人間として振舞っていたつもりです」

「ああ、そうだな。お前は…… 人間以上に人間だった」


 次の瞬間。彼は、

 ――カタン。

 彼は拳銃を放り出した。


「……!?」

「決断しろ。生きるか死ぬか。俺の手には、まだ一丁の銃がある。貴様が生きたいなら俺を撃て。死にたいなら」


 私は即座に銃を拾い、彼に向けた。

 彼はふところから銃を抜き、私に向けた。


「私は…… 私は、死にたくない」

「そうだ。それでいい」


 私は発砲した。


△▼X△▼


「きみ、は、強い。射撃能力も、身体能力も、人並み、以上だ」

「…………」

「その、力で、私に、とど、め、を」

「頭脳は? 頭脳はどうなのですか」


 私の射撃により瀕死になった私の創造主は、ひと息置いてから言った。


「それ、はこれ、から…… 学んでいけ、ばいい。君たちにはその能力が、ある……」


 私は彼の頭部に向け、私は私の手に握られた銃を彼の頭部に向け、


「立派になったな」


 彼の最後の言葉と同時に発砲した。


△▼N/A△▼


 ひどく寒い。

 温感機能は私たちにはない。だが、今、確かに寒いのだ。


 季節は冬。


 豪雪が我が身に降り注いでいる。

 私はひざまずき、両手を合わせ天を仰ぎ、祈った。


<了>

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現獄監示 電咲響子 @kyokodenzaki

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