第16話 双子は見た目は同じだが中身も同じとは限らない②

 ある日、ごく普通の夫婦の元に一人の女の子が誕生した。女の子はすくすくと成長し、父と母に十二分の愛情を注がれながら自我が生まれ、7歳になる頃、とある変化が訪れた。


「モラン、今日は何して遊ぶ?」


 女の子の父親はモランにどんな遊びをしたいか聞いた。するとモランは笑顔で


「おいしゃさんごっこ!」


 と言った。我が子の笑顔の答えに父親はくしゃりと顔を綻ばせながら遊ぶための小道具を準備した。


「貴方に似てお医者さんごっこが大好きね。あの子」

「子供の前でそういう話はやめてくれよ……」


 夫婦は笑いながら言う。しかし、モランは「あっ、待って」と父親を止めた。


「どうしたんだモラン?」

「あのね、モランは良いんだけど…がいやだって」

「あの子?あの子って誰だい?」

「うん!おままごとしたいって言ってる!」


 少女は両手の人差し指で自分の頭を指しながら笑顔でそう言った。






 そして現在。





「私が生まれた日に、私の他にもう一人生まれたの。身体を持たないまま魂だけ生まれたもう一人の家族……フランがね」


 モランは真顔でそう言った。


 なんて事だ。話だけ聞けばただの怪談話なのだが……


「生まれる時に一つの肉体に二つの精神が宿るなんてそんな事が可能なの……?」

「不思議なものよね。両親は彼女を悪霊か何かかと思ってお祓いさせたりしたけど、元々私と同じように生まれるはずだった存在だから幽霊じゃなかった」


 つまり頭の中に二つの意識があるってことか。まあ四六時中アホやってる幽霊ばっか見てるから俺だったらなんとか耐えられるが……


「フランは私の少し後に生まれたから、彼女を妹として愛してた。でもフランは自分の事を愛してなかった……もしかしたら私は本当は幽霊で、たまたまモランの中に入ってきただけかもしれないって悲観してたの。だから私は魂を移すために研究者になって、意識だけで身体を持たないフランに身体を与えて自分を大切にして欲しかった」


 俺達は黙って聞いていた。


「数年間意識や魂に関するあらゆる資料を読み漁って、研究と実験を繰り返したわ。勿論、倫理的観念から逸脱しない程度にね」


 モランは科学者のように捲し立てる。


 つまり彼女はただの玩具屋の店員ではなく、なんと頭も良いらしい。おまけに身体のない妹のために一生懸命勉強と研究をする姉の鑑と来たものだ……なんでメアリーと友達なのだろうか。何か弱みでも握られているのだろうか。それとも友達料でももらって仕方なく付き合っているのだろうか。


「何かわたしの顔についてるの?」

「いや、お前の友達って良い人だなって」

「なんか嫌味に聞こえるような……」


 嫌味だよ。だがこれ以上掘り返されると後々まずいので話を戻してもらおう。


「そして1年前、ついに成功したの。魂のエネルギーによって形を変える粘土を用いた人形と私を繋いでフランの意識を転送した」


 俺はモランの話を分かるような分からないような感じで聞いていた。こういう頭の良い人や研究者の話を聞いていると、なんか理解した体で物事を進めなければいけないせいで微妙に気持ちが沈んでいた。なんか申し訳ない。


「意識を転送していた時に、突然エラーが起きて機器と部屋の中が爆発した。器具や装置が暴発して中はめちゃくちゃ。おまけに人形は消えてた。でも私の中から声がしなくなったの」


 声が聞かなくなったと言うことは意識の転送は成功したということか。だが人形は消えていた……なぜだ?


「私が目覚めた時にはフランは部屋の中から消えてたの。どこを探しても見つからなくて、もしかしたら爆発で人形体もろとも消えたんじゃないかってとても心配してた。……2ヶ月前まではね」


 モランは表情を曇らせながらスマホの画面を見せた。


「なんだ……動画か?」


 画面の中には顔を布で覆われて拘束された男と一人の女性が立っていた。金髪、そしてモランと瓜二つの顔、あと関係ないけど巨乳。コイツがフランだろうか。なにかの実験映像に見える。


「頼む!やめてくれ!なんでこんなことを!?俺がお前に何かしたか!?」


 狭い部屋の中でフランと思しき女と身体中を拘束された男が映っていた。男はバケツ一杯分の水を浴びせられたかのような汗をかき、瞳を恐怖に歪ませていた。


「ねぇ、モルモットくん。自分の存在をこの世に残すためにはどんな事をすればいいと思う?」


 初めてフランの声を聞いた。見た目同様モランとほぼ同じだ。


「は、はぁ?……友達を作るとかか?友達がいれば存在を覚えてもらえて自分がこの世にいたってことになるだろ?」


 男の話を興味深そうにフランは聞いたが両の人差し指を交差させてバツ印を作って「残念ハズレ」と言った。


「自分の存在を世界に残すためには歴史の一部にならなきゃいけない。友達を作ったってその友達が死ねば忘れ去られて塵になる」


 そう言ってフランはコンピュータのキーボードと似たような機械で何かを入力しながら笑顔で、


「私はこの世で一番凄い物を作って、この世界の一部になる。伝説を残すのよ」

「おい、冗談だろ?やめろ…やめてくれ……!」

「貴方はこれから私の伝説の一部になれるのよ。もう少し嬉しい素振りをしたら?」


 そう言ってフランは機械のとあるスイッチを押した。すると男の周りでガコンガコンと機械音を立てながら4本の棒が男を囲み、徐々に回転していった。


「な、なんだ!?何が起こってる!?」

「少し不快感を感じるかもしれないけど、すぐに済むよ」


 棒が目にも見えぬスピードで回転し、徐々にイナズマが走り始めた。男の身体はそのイナズマに当てられ、激しく痙攣を起こした。


「あがががががががが!」


 少しずつだが、男の顔の皮膚がペリペリと剥がれ、イナズマと同化していった。やがて同化する速度は速くなり、身体全体をイナズマが覆い尽くした。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 男は人間としての最後の悲鳴を上げた後、別の装置の中に吸われるかのようにして消えた。


 男は消えて、静かになった部屋の中でカメラを自分の顔に向けながらフランは笑顔で、


「見てる?お姉ちゃん。次はもっと凄いの作るから、ちゃんと見ててね」


 そう言ってカメラの電源を切った。そこで映像は途切れた。


「…………うわぁ」


 うわぁ。


 それしか言えなかった。いや、怖い。これガチの奴じゃん。もう嫌なんだが。関わりたくないんだが。


「ダークナイトで似たようなシーンありましたよね」


 さらにファンタジーの化身のような存在である天使からも有名な映画の名前が出てくることにもだ。異世界転生とはなんだったのか?


「あなたの妹かなりヤバイわね……」


 人を四六時中ストーキングしたり人前で鶏の首ちょん切ろうとしてた奴が引いていた。自分の事を棚に上げ過ぎだろ、コイツはたまに記憶が飛ぶのだろうか。


「というかヤバイどころではないだろう。君の妹は我等の国で人体実験を繰り返している。次の犠牲が出る前に早く止めなければ!」


 ダンゲルが慌てながら言う。そうだ、コイツをこのまま野放しにしておけばさらに犠牲者が出る。そしてこれを知っているのは俺達だけだ。早く阻止しなければ!


 …ん?いや待て、なぜ俺達が止めなきゃ行けないんだ?この場合は警察に通報だろう。いや、警察じゃなくて騎士団とかなんかだろうか。


「よし、この事件は俺達には手に負えん。ここはちゃんと通報しよう。電話番号は110番でーー」

「ちょっと!騎士団なんかに通報したら私の可愛い妹が捕縛されちゃうじゃない!」


 あれ、なんだか様子がおかしいな。さっきまで大人しかったんだが。


「いや当然だよね?むしろそれ以外何があるの?」


 俺は確認するように言った。


「私の!可愛い!妹よ!妹を探すのに協力して欲しいの!妹に会ったらちゃんと説得するわ!実験に協力した人達に一人ずつ謝罪させるから!そしたらタダで人形を作ってあげる!なんなら報酬もたっぷり渡すわ!だからお願いよ!」


 だが凄い勢いで捲し立てるモラン。俺はその剣幕にタジタジになりながら大人しく黙って聞いていた。なんでだ、さっきまでは普通の女性だったのにフランの事になると急に態度が変わったぞ。


「もしかしてあなた……シスコンね?」


 ターバン巻いたインド人のおっさんみたいな顔をしながらメアリーはズバッと当てた。ヤンデレにシスコン、ここに来てから俺は出会いに恵まれていないなと、つくづくそう思う。


「お願い……あなた達しか頼れる人がいないの。もし騎士団に捕まったら、妹はあの場所に収監されるに決まってるわ」

「あの場所?」

「デッドエンド精神病院っていう所よ」

「あっ」

「ん?」


 俺はメアリーを見た。だがメアリーは動じない。というか視線を合わせない。


「あの場所はここ、サンゼーユでも指折りの凶悪な犯罪者やサイコパスがひしめき合ってる悪夢みたいな場所よ!」


「いや、ちょ、モラン」

「んん?」


 俺はメアリーを見た。今度は至近距離で。だが彼女は目を合わせない。


「そ、そうよね。そんな危ない所に入れられないわよね!」

「オイ」


 コイツ前の会話を無かった事にしようとしてるな。


「メアリー、そういえばお前その精神病院に収監されてたって言ってなかったか?」


 俺がそう聞くとメアリーは冷や汗をダラダラ流しながら目を逸らした。この反応はクロだな。うん、完全にクロだ。


「い、いや違うのよ!私はただ呪術で人々に祝福を与えてたのよ。元気にして欲しいとか強くなりたいとかラノベ主人公になりたいとか色んな要求に応えてきたのよ!……代償はあったけど」


 最後の方が良く聞こえなかったんだが。


「とにかく!あんな場所に妹なんか入れたらどうなるか分かるでしょう!」


 モランは怒鳴るように言った。そうだった、今はモランの妹についての話だった。


「いやぁ……仲良くできるんじゃないんですかね?」


 クズとカスとクレイジーな野郎の寄せ鍋みたいな場所だ、さらにこの女の妹は真性のマッドサイエンティストと来た。おそらく同じシンパシーを感じた方々と仲良く交流出来るだろう。と俺が思っていたその時。


「お願いよォォォォォォォォ!!!!私頑張って説得するから!だから私から可愛い可愛い妹を取らないでェェェェェェェェェェェ!!!!」


 モランはみっともなく涙と鼻水を垂らしながら俺の膝下に擦り寄って来た。なんで俺が出会う女はこんな頭おかしい奴ばっかなんだ。女運だけヘルアンドヘルなんだが。


「安心してモラン。大丈夫、ちゃんとアナタの妹さんは見つけるわ」


 するとメアリーがモランの肩に手を置いて安心させるように言った。


「おい、俺達は見つけるなんて一言も言ってないぞ」

「それじゃあこれは『依頼』よ。行方不明の妹を見つけて欲しいっていうね。無事達成出来ればお金ももらえる。さらにダンゲルさんの身体も無料で作ってもらえる。でしょ?モラン?」

「え?……えぇ、そうよ。これは正式な依頼よ」


 メアリーはモランと共謀して俺を言いくるめようとしていた。実際俺達はフランを探し、見つけさえすれば後はモランが説得でもなんでもすればいい。そうすれば俺はお金を貰い、さらにダンゲルの身体もタダで作ってもらえる。たしかに悪くない。悪くない、が……


「な、なぁ…俺の意見は……?」


 完全に置いてけぼりにされたサードマンがおずおずと参加して来た。そうだった、コイツ被害者だったもんな。申し訳無いが完全に頭の中から消えかけていた。


「その件はどうか姉である私に免じて許していただけないかしら?」

「許せるわけねぇだろうが!こっちは身体魔改造されてんだぞ!?」


 サードマンはキレた。そりゃそうだ。身体を砂にされたのにごめんなさいで済まそうとしている。それで話が終わるなら警察はいらない。


「どうしても…ダメかしら……?」


 モランは白い研究服を脱ぎながら黒のタンクトップを右手の人差し指で伸ばしながら屈み始めた。……もしや色仕掛けか?確かにこの男はバカに見えるがそんなあからさまなハニートラップで恨みが消えるわけが……


「いや、ちょ、困りますよお姉さん……」


 いやこれ案外行けるな。


「あぁ、暑いわね。口論してたせいか身体が熱くなって来ちゃったわ。でもこの下ブラジャー以外なにも付けてないのよね……」

「そ、そうですね暑いですよね!」

「もし許してくれたら、アナタの身体は治してあげるし、これよりもっとスゴい事しちゃうんだけどなぁ……?」

「僕全然根に持ってないですよ!なんなら一生このままでもいいかなー!アハハハハ!」


 一瞬で解決した。やはりおっぱいは凄いのだなとこの瞬間で理解した。そしてこの女の危険さも。


「さて、こっちは解決したし、後はどうやってフランを探すかだけど……」

「それなら良い方法があるわ!私の呪術を持ってすれば探し人の場所くらい簡単に……」


 メアリーとモランは淡々と進めていった。やはり女は怖い。もう嫌だな……


「カナデよ」


 彼女等の恐ろしさに嫌気が差していると、ダンゲルがポンと俺の肩に手を置いた。何度でも言うが幽霊なので肩からは当然すり抜ける。


「女というものは男にとっては厄介で戦争の種火になるような奴等ばかりだが、それでも俺達男は惚れちまうのさ。男っていのはそういう生き物だ」

「ダンゲル……」


 なんか良い感じに纏めようとしていたんだろうが、結局男はアホって意味だよなと勘繰りながら、俺は巻き込まれるようにモランの(ヤバい)妹探しが始まった。

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