フレデリック少年はじじいの力添えで宇宙をめざす

だいこん・もやし

第1話フレデリック少年はじじいと出会った

1701年7月23日。


フレデリック少年は、宇宙に飛び立った。


宇宙、それは神秘の世界。魅惑の世界。人類が未踏の地。


「宇宙は、我々人類の起源だ」


法王様の格言とともに、世間は、次第に宇宙への興味を抱いていった。


フレデリックも、そのひとりだった。彼にとって、宇宙とは憧れであった。と同時に、恐怖の対象でもあった。


「宇宙には宇宙人がいるのかな?どんな姿をしてるのかな?人間と同じかな?」「宇宙人は人間を食べるのかな?」「宇宙人としゃべってみたいな」


そんな無垢なフレデリック少年が、ついに宇宙へと飛び立った。


人類初の有人ロケット(スープ129号)から見る地球は、丸くて、青い。


「いやあ、青くはないな」


地球は肌色で、白いふさふさしたものが乗っていて、ぱちくりしたお目目がついていて、白い髭が生えていて、


「あれ、これって、地球じゃなくて顔?」


こちらが困惑を隠せないでいると、目の前の地球が、はっきりとものを申すではないか。


「ーー誰が地球じゃ。見ての通り、わしは人間じゃよ」


「いやぁああ!!母さん、助っけて助っけてええ!!地球がしゃべったああ!!」


「安心してくれ、わしじゃよわし。わしはな、そなたに会いに来たんじゃ」


ーーーーー


「ーーふにやあ!」


フレデリックは驚き、布団代わりのぼろ布切れを引き剥がす。


「なああ、夢だったんか……」


せっかく楽しい夢を見ていたのに、見知らぬじじいのせいで台無しだ。


「あのじじい、どこかで見たような……ってもう朝か」


窓の外を見れば、低い斜光が、ギラギラとしている。


起きねばならない。


10歳のフレデリックは、のびをして、身体をくねらせゴロゴロとして、丸くなり、やっぱ無理だと老け込む。


「朝はつらいや」


「ーー朝は辛いのお。わしもじゃ」


「そうですのお、じいさん……ってあんた誰!」


辺りを見回しても、声の主はいない。


(幻聴よな。さっき夢でみたのを、思い出したんだな。まあそういうこともあるかなあ、うん)


そう自分に言い聞かせるように、胸に手をあて、


「ーー!!」


突然、地鳴りのようなエグい耳鳴りがして、思わず耳を塞ぐ。


耳鳴りはやがて落ち着き、「ーーおおすまん、音量調整がうまくいかんかった。おーい聞こえるかのお?」と、じいさんらしき声。


それが耳にべったりとついて、頭痛がする。その耳につく、じいさんの正体がわかった。


(なるほど、いやでも、ん?)と混乱を隠せず耳をばちばちと叩き、放心状態でいると、


「わしじゃ、見えるかのお?お主の頭の中じゃ」


「いやそれはそうだけど、どぃうこと?」


脳内に、直接的にかたりかけてくるように、骨と肉に響く声。頭のなかに、ぼんやりと姿が見え始める。


それは、姿勢がやたら良いのに、なぜか杖をもっている、長くて白い髪と顎髭を蓄えた老人だ。


ーーまさに、夢にでてきた、じじいではないか。


「わしは、ジョン・ブレインじゃ」


「いやじいさん、名前なんて聞いてないよ、怖い怖い。あんたは、なに?幻聴?あくま?うちゅうじん?」


「うひょひょい、そんなに冷とうなくても。でもよかったわい、ちゃんとわしの声が届いておるんじゃな」


「ーー」(話しかけなきゃよかった、ポジティブじじい。なんで現実にまででてくるんだ?というか、現実?頭のなかにいるなんて)


「まあまあ、届いておるならよかったわい。わしはそなたの味方じゃ。そなた、力(ポウェル)は欲しくないかい?」


「ぽうぇる、って?」


「うひょひょっひょい!そう来ると思ったわい。力(ポウェル)は、そなたの夢を叶える能力じゃ」


「ゆめを叶える?」


「そうじゃ、そなたが、この世界をひっくり返すことができる。なんでもできる。うまいもんも、たんと食える。お金もたくさん。どうじゃ、欲しいじゃろ?」


「ほしっ、くはないよーー」(そんな甘い誘いに乗るもんか。見知らぬひとを信用しちゃいけない。厳しい世の中を生き抜くための、常識だよ)


フレデリックは、10歳なりに心得ていた。


彼は、ど貧民だ。ごみ溜めでごみを拾い、街で金を拾い、生計を立てていた。文字は、独学で学んだ。落ちてる新聞からだ。汚いからと、ひとびとには白い目で見られる。ときには、お金を恵んでもらい、ほんの少し救われる。そういう、いわば泥のような、ねっとりとした過酷な環境で、するすると生きる術を体得していた。


だから、


「ーー甘いお話は、なにか裏があるもんだよ。だからボクは、そんな力(ポウェル)なんていらない」


フレデリックは、そうじじいを突き放してやった。


(これで静かになるだろう)


「くしゅん」


小さなくしゃみをしながら、フレデリックはため息をついた。


朝ご飯の、商店街で拾い集めた雑穀をかじる。貯蓄した雨水を布で濾して、のどの奥に一気に流す。


直接脳内に語りかける能力。妄想した宇宙人の、テレパシー能力そのものだった。


夢のある展開に思わずわくわくしたが、仕方ない。


(これもいきていくためだ)


右腕をつねってみた。当たり前だけど、痛かった。


(それに、ボクには夢がある。ちょっと残念だけど、これでいいんだ。ボクは、正しい)


のどの奥から湧き出る泥臭い生の香り。それを、唾で押し込める。


(というか、脳内じいさんうるさすぎ!)


「何してるのじゃ」とか、「それは金になるのか」とか、「うまいかのお」とか。


些細なことでも話かけてきたが、頑なに無視を決め込んだ。



ーーーーー


金目のものを拾いに、街にでかけた。


頭のなかのじじいも、こちらに飽きたのか、次第に口数が減った。


「よぉしよし、この調子」


と思ったら、カラスの鳴き声、閉まり始まる商店街。もう、夕方だ。


(今日は、お札に金貨に釘と大量収穫。こんなに拾ったの、いつぶりかな。初めてかも。財宝ざっくざく!母さんも喜んでくれるかなあ)


なんて考えながら、暗くなる前に、帰路につく。


拾い集めた財宝を失わないように、袋をしっかり抱える。人目を避けた裏路地を通って、とぼとぼと歩いていた。


もう、家は100メートルほど。目と鼻の先に迫る。


足が軽い。すーと深呼吸。1日を終える風は、涼しくてふわり気持ちがいい。裏路地の、三角赤屋根の家の角を曲がり、この先が家だ。


「ーーいてっ、!?」


角を曲がり、出会い頭、誰かにドンとぶつかった。


「あっ」(ゴミとクーズだ、ヤバいひとに会っちゃった……)


ゴミとクーズは、10歳のフレデリックの、6歳年上の二人組の不良男だ。


出会うとロクなことはない。貧民街の子供の間では、常識である。


足早に避けて去ろうとしたけど、ゴミとクーズは立ちはだかる。


「おいおい、フレデリック。どこ行こうってんだあ?あぁあ?」


「やあやあ、クーズくん。ちょっとそこまで。ではでは、また今度ねえばいばーい」


「あーそうかそうか、じゃあお通りください、ってなるわけねえだろ!」


クーズに胸ぐらを捕まれ、ごくりと、生唾が喉を伝う。


取り巻きのゴミは、周りをキョロキョロと見回して、大人がいないことを確認してから、こちらを、にこっと眺めてくる。


「なんっ、なんだよ、ゴミ。相変わらず怖がりだね」


「オっ、オレはゴミじゃないでい!ゴン・ミートでい!」


「うん、ゴミだね」


「ふざけんな、おめえ、立場わかってんで?どう調理してやっかな」


ゴミは、こちらを見たまま、ニタニタしてやがる。なにか思いついたらしい。


その細くも栄養たっぷり筋肉質の身体をくねらせ、街娘を演じて、


「きゃあー、貧しくていやしい、フレデリックさんがぁ、お金とかなにからなにやらまで奪っていくわぁ~、クーズさぁん、助けてえぇ~」


(結局クーズだよりかよ。腰巾着め)


「はい、待たせてないけどお待たせ~、クーズ様がきてやったぜ。犯罪者は成敗してやろう」


そういったクーズに、胸ぐらを押され、倒された。


お尻と頭を強打して、足先から指先まで、電撃が駆け巡る。よだれが垂れて気持ち悪い。口を閉じるのもままならない。


悶絶級の痛みだが、今日手にした財宝は失うまい。


(これがあれば、1週間生きていける)


落とした財宝袋。這いつくばり、こぼれた金貨に手を伸ばす。


(もう少し、もう少しでとれる)


「ーーあぁあいてええ!!!」


手に激痛。頭がくらくらして、目の前が真っ赤になる。


手を踏みつけてきた、赤い脚が見えた。

見上げると、いかついピンはね眉のクーズが眉間にシワをよせて、静かに微笑んでいる。


「貧民のフレデリック(おまえ)が、どうして金貨なんざもってるんだ?」


「ぁう、ク、クーズには、関係ないだろ、、」


「上流階級のオレ様が、ありがたく徴収しておこう」


「かえ…返して、返してよ!クーズ!」


「うるせえ、貧乏人は砂でも食ってるんだな!」


クーズに髪の毛を捕まれて、砂地に顔を擦りつけられる。


(おわった……)


人生終了のお知らせとともに、去り行くゴミとクーズの笑い声が、擦れた頬と鼻の傷口を広げていく。


ヒリヒリしてしょっぱくて、動けないのが、悔しくてたまらない。


「ボ…クの、ボクと、母さんのお金を、命を…返せ。ボクは…ボクの夢はーー」


フレデリックは、砂利を噛みしめた。毎日飲む、泥水の味だった。いつも通りだった。


ケタケタと笑い動くゴミとクーズの背中が、とても遠く感じる。


フレデリックは、目から熱いものが込み上げた。


「ボクは、なにか悪いことをしたの?神様……」


「ーーわしのいう通りにすれば、お主は報われる」


「え?神様?」


「ちがうわい、わしじゃよわし、そなたの頭のなかのわしじゃ」


「なんだまだいたのか」


「なんじゃ悪かったのお」


「もういいよぉ、どうしようもないこともあるってことだよっ」


「フレデリックよ、ならなぜ泣いておる?」


「ーー」


「わしは、そなたが負けず嫌いなのは、よぉく知っておる。悔しかったら≪ポウェル・ストグラ≫と唱えるんじゃ!わしを信じよ」


フレデリックは、がむしゃらだった。すがる思いだった。唇を噛みしめながら、口にいっぱいの野性的な味わいに、涙をながしながら、夢中で、


「ポウェルっ・ストグラっっ!」


唱えた次の瞬間、ゴミとクーズは仰向けに倒れていた。手には、財宝袋が戻っていたのだった。


フレデリックは興奮しつつも、なんだか恐怖を感じながら、家に帰った。


老人は、杖を振り回して得意げにいった。


「のー、力(ポウェル)はすばらしいじゃろー?」


フレデリックは、深く頷いた。


(あれ?力(ポウェル)なんていらないっていったのに、どうして力(ポウェル)を手にしてしまったんだろう、ボク)


そんなことを少しだけ疑問に思いながら、顎をつまむ。


(どうでもいいか)


ぺろりと唇をなめた。相変わらず泥臭い。


(力(ポウェル)を使えば、ど貧民から脱却できるんじゃないか?母さんと宇宙にいけるんじゃないか?)


「ねえ、じいさん、ボクはーー」


逆転生活が、幕を開けようとしていた。


家に着いた。財宝袋を片手に金貨を片手に、ルンルンと扉を押し開けると、母は喜び泣き崩れた。いつもより帰りが遅いし、心配していたのかもしれない。


「ーーごめんなさいね、母さんなのに、情けない。もう泣かない、大丈夫。ほんっとぉうにありがとう。今日もお疲れさま。よおくがんばったわね。おかけで、わたしたちは、明日いきられる!フレデリック(あなた)は天才だわ、間違いない!えらい!」


フレデリックは、鼻が高かった。


ーー10年後、彼は宇宙へとたどり着くである。




ーーーーーーーーー

あとがき

※基本的に自由気ままに、自分のために書いてますが、批判感想については大歓迎です。技術・モチベーションの向上につなげたいです。なんでもすごくありがたいので、もしいただけたら、穴があったらもちろん、なくても入りたいです。


※長編構想の最初を切り取ったものです。要望などがあれば、全編書きたいです。


※小説家になろうでも掲載しています

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