御柱様と瘧様 3

 揺れが小康状態になった後、祐矢は倒壊した家屋から人々を救出する作業で機械的に体を動かし続けた。

 いくら考えても答は出ない。真白はなぜ行ってしまったのだ。最初にあの異神、瘧様とかいう者が現れたとき、なにかあったとでもいうのか。

 体と心の半分を無理やりにもぎ取られた。あの声を、姿を、体を、魂を、喪失した。冷え込む。凍えそうだ。心は凍り付いて、声も出ない。真白がいないという理不尽をどうしても理解できない。これが、運命だとでも。不運とでも。

「白羽、白羽祐矢!」

 我に帰った祐矢は、御柱家の床の間にいた。先生が祐矢の肩を揺さぶっていた。

 御柱家も壁や塀がかなり損なわれていたが、不幸中の幸い、住むには問題のない程度に止まっていた。とはいえ避難勧告が出ており、一時退去せねばならない。

 先生も疲れきった様子だったが、気力で体を動かしている。

「白羽、ご両親との連絡はついた。ご無事だそうだ。お前も無事だと伝えておいた。交通は完全に止まっているから、しばらくは実家まで戻れそうにはないぞ」

 先生はそう伝えて、

「私は学校に戻る。お前も片付けたら来いよ。真白のことは必ずなんとかするから、今はあせるな。あせるんじゃない……」

 学校へと去っていった。その肩は、がっくりと落ちきっていた。

 祐矢は家の中を片付ける。なにかしていなければ、胸を締め付けられるような苦痛に耐えられない。真白を寝かせていた部屋で布団を片付けようとして、ふと、枕元に箱があると気付いた。朝からの騒ぎで見落としていた。

 リボンが結ばれているその箱を手に取り、包装を丁寧に外す。木箱が出てきた。蓋を開けると、それは夫婦茶碗だった。幸運にも割れてはいない。祐矢が越してきたばかりのとき、真白はおそろいの茶碗を買ってくれたが、真白のだけがすぐに割れてしまった。真白はあれからずっと、二人に似合う茶碗を探していた。ようやく見つけたこれを、自分たちへのクリスマスプレゼントとしたのだろう。

 真白はこの茶碗を使って、二人でご飯を食べたかったのだ。いつも通りの、でも幸せな時間を過ごしたかったのだ。

 去ってしまった真白。でも、行きたかった訳がないじゃないか。あんなにきゃしゃで、ちょっとしたことを幸せに感じて、本当は怖がりなのに、いつも精一杯勇気を出して。そんな真白がどれほどの恐ろしさに耐えて進んでいったのか。なのに、自分はここでただ嘆いている。自分はなんだ。

 大地から力を感じる。真白の贈る力が伝わってくる。絆はいつも二人を結んでいたのだ。これまでも。これからも。

 真白に誓った。自分に誓った。自分は、御柱様の旦那様だ!


 瘧様は語った。

 幸せな命、穏やかなる愛。ただの偶然がそれを奪い去る。不運が人を危め、殺し、殺させる。その苦しみを受け入れられぬ魂が血涙を流し、大地を呪う。呪いは大地を傷つけ、血を流させる。我ら疫神の母胎となる。


 この日、地球を襲った地殻変動は全域に渡る地震と火山活動を誘発した。地震と噴火による直接被害は死者六百万人、発生した火災による被害は四千万人にも及んだ。かつてない規模での溶岩流噴出がその原因となった。衛星軌道上からもはっきり確認できる大火災と溶岩流の有様は、まさしく地球が血を流しているがごとくであった。


 我が眷属よ。瘧様は呼びかけた。

 かつて大いなる戦争が起こり、大地は血に呪われた。呪いは御柱様に拭われたが、残りし呪いがあった。呪いは数十年を経て育ち、ついに我、瘧となった。


「先生、患者の容態が異常です! 火山ガスで中毒を起こした患者です」

「高圧酸素治療室の患者か。どうした、痙攣か?」

 塔之原市立病院は、患者で満杯になっていた。復旧が進まず機材も電力も不足する中、医師たちは不眠不休であたっている。看護師からの報告に一つ一つ取り合っている余裕はないものの、医師は看護師の様子がいつもとずいぶん違うのに興味をそそられた。異常とはどういうつもりだろう。医師は立ち上がった。

 看護師は先導しながら、

「熱病と類似した症状です。それも一人じゃないです、次々にその症状が」

「感染症を合併したのか?」

 医師が向かう途中、看護師の歩みがだんだんと遅くなった。先導できなくなり、ついには距離が離れ始める。

「おい、急ぐぞ」

 医師が振り返ったとき、看護師は真っ青な顔でうずくまっていた。がくがくと震えている。彼も火山ガス中毒でその症状を起こしたというのか。そうした兆候はまるでなかったはずだが。

 医師は他の看護師を呼ぼうとして、ぐらり、と来た。廊下に倒れる。悪寒がこみ上げてくる。なんだ、これは!


 百八の眷属よ、病の神、疫神よ。瘧様は告げる。

 我らは深い地の底から現れた。血の呪いに終わりをもたらさんがため。全ての人に、平らかで等しき終わりを。それこそが救済。


 地震と噴火による混乱、それに火山ガス中毒の発生が、新病の発見を遅らせた。

 最初に気付いたのは、噴火の直接被害を受けなかったのに、噴火地域と同じ症状が大量に発生し始めた首都圏の病院だった。まず火山灰の化学物質によるなんらかの影響が疑われた。が、検出されたのは未知の細菌であったのだ。高熱の中でも生き抜く強靭な古細菌、始原菌が、噴火によって地中から全世界にばら撒かれた。くまなく、あらゆる陸、あらゆる海に。


 地の恵みに呪いを。海の幸に呪いを。瘧様は祈る。


 火山灰に乗って広がった新病、悪寒と発熱が交互に来る症状を伴うことからオコリ菌によるオコリ病と発見者に命名されたその病気は、症状が重い上に伝染力も極めて強い。

 土壌と水を汚染し、野菜や果物、獣肉、魚介、それに水源を通じて一気に伝染範囲を拡大した。

 日本のように十分な浄水設備がある地域はまだよかったが、河川をそのまま利用している地域や、水を井戸に頼っている地域は誰も伝染から逃れることはできなかった。

 植物は汚染された水を吸い上げて、内部からオコリ菌に汚染された。洗浄しても効果はない。

 皮肉なことに、人間以外の生物にオコリ菌が害を及ぼすことはなかった。それがために、オコリ菌は止まることを知らず拡散していった。

 河川に海と土壌のほとんどを活動範囲とするオコリ菌によって、人類は食料源を断たれたのだ。

 恐怖と絶望に打ちひしがれた人々は、誰からともなく言い始めたのだった。大地は血に呪われたと。


 世界が破綻していく中で、塔之原の衛生疫学研究所は機能し続けていた。

 若い研究者たちは不規則な生活、不健康な食事に慣れ親しんでおり、まだ独身の仁能ドクターもここしばらくは毎食が機能性食品。不精者の買いだめで、ダンボール箱単位の備蓄がある。このため、大半がオコリ菌の感染から免れたのだ。

 機能性食品のビスケットをかじりながら、仁能ドクターはオコリ菌の研究を進めていた。大規模な噴火からわずか三日だが、その被害は凄まじい勢いで拡大しつつある。食料難の恐怖がパニックを呼び、それがさらに被害を大きくしている。急がねばならなかった。

 同僚が、実験用の純水で沸かしたお茶のカップを差し出して、

「アメリカさんは、ようやく細菌兵器の可能性を捨てたそうさ。分かりきったことだろうになあ」

「こう種類が多くて、それが同時に拡散ときちゃね。まったくもって悪意に満ちた偶然だよ」

 同僚はコンピュータに表示されているオコリ菌の遺伝子解析データを見て、

「ナンバー八十七? こいつらは何系統見つかれば気がすむんだ?」

 仁能ドクターはため息をついた。

「アメリカ疾病予防局やパスツール研究所で解析中の分も加えると、加えて二十種類は固いな」

「百種類以上か! どうやって対策すりゃいい。抗生物質もこいつらには効かないんだぞ」

「殺菌剤を世界中に撒くんだよ」

 仁能ドクターの投げやりな発言に、

「敵さんは深い土の底にまでいるんだ。全面核戦争で焼き尽くしても無理だな」

 オコリ病は発生したばかりで症状の研究はまだ不十分。オコリ菌による毒素は悪寒、戦慄、発熱発作、痙攣などを引き起こし、症状の激しさから極めて高い死亡率が予測されている。現在のところ、治療方法はほぼ対症療法しかない。系統が百種類以上ともあっては、仮に治癒して抗体ができたとしても、他の系統からまた感染するだろう。ワクチンの類を用意することも困難だ。

 同僚はお茶をがぶ飲みしてから、

「嫌気性始原菌で、酸素がなくても増殖するし、通性だから酸素があっても元気とくる。しかも二百度まで耐熱するから煮沸殺菌できない。どこにでも入り込んでくるぞ。一つ言いたくない推論があるんだがな」

「なんだい」

「空気感染も、するんじゃないのか」

 仁能ドクターは嫌な顔をして、

「今までのデータからすると、可能性は高いね」

「研究所全員で隔離実験室に入るか? とっくに誰か感染していて手遅れかもしらんが」

 仁能ドクターの脳裏にはふと、先日に親父の代理で往診した少女のことが浮かんでいた。彼女もまた感染してしまったろうか。あのときはインフルエンザと診断したが、オコリ病を誤診した可能性も高い。初期症状がよく似ているのだ。なんとかしてやりたいものの、自分自身を生存させることすら危うい状況ときている。

「餓死は苦しい死に方だってなあ」

 同僚が慨嘆し、仁能ドクターはますます嫌な顔をした。


「異神とは、その名が示すとおり、異なる世界線から現れます」

 生徒会役員室に集まった一同の前で、文原綾が説明を始めた。祐矢、皆歌、熊神様、三月兄妹、飛鳥先生が席に着いている。

 綾は黒板に線を引く。線は螺旋を描いている。

「世界線とは、並列世界の流れを示すもの。これが、あなた方の属する主世界線」

 次いで、その線から分岐する線を描いた。

「守語者たちの観測によれば、瘧様の顕在は、前の御柱様が送りをなしたときと一致しています。このとき、異なる世界線が生じ、あなた方の主世界線から分岐した」

 分岐した線を伸ばす。うねり、遠ざかり、やがて、またほとんど一致するほどに並走する。

「今、瘧様の世界線と主世界線は、領域の境界が触れ合うほどに近接しています」

 そこで、飛鳥先生が言葉を継いだ。飛鳥先生は、黒いコートを着込んでいる。

「この塔之原は、特に境界が薄い。瘧様の領域がはみ出してくるほどにだ。つまり」

 皆歌が立ち上がり、

「塔之原から、瘧様の領域に突入できる!」

「突入して、瘧様を補陀落に送りなすことが我々の目的となります」

 全員がうなずく。もう一つの目的、真白。皆はあえてそれを口に出さない。

 皆歌は初めて見せる格好をしていた。巫女装束とメイド服を足して二で割らないような服装だ。何重にも布地を重ねた服は、言うならば布で作った鎧。膨らんだ肩や胸部には板甲が仕込まれていた。スカート部もまた、幾重にも布が重なった構造をしている。黒、白を基調に、凝った赤い刺繍も入っていた。布地は飛鳥先生が着ていた黒コートとよく似ている。細かく織り込まれている文様も同じだった。

 怪訝そうに眺める祐矢へ、小声で、

「これはお姉様を守るときに着る戎衣よ。服全体に言霊が織り込まれていて依代になるの」

 三月兄妹は紙の束を依代にして御蛙様を呼び出すが、皆歌の場合は服の布地が紙の束に相当しているらしい。

 肩に赤御蛙様と青御蛙様を載せたミカエルと朱美が、

「オコリ病の大気は我々が吸い込みましょう。完全とはいきませんが、周囲の菌ぐらいであれば吸い込んで遠くに放出できます」

 祐矢は心配顔になり、

「呪いは大丈夫なんですか」

 朱美は気にしてもらったのをうれしそうに、

「兄さんとつながっていれば、呪いを抑えることはできますから」

 熊神様は熊耳少女姿で、

「倒れたら、我が引きずってやろう。我に瘧の病は及ばぬからな」

 この中で、状況を一番分かっていないのは祐矢だ。祐矢は黒板を見てから、

「瘧様を送る補陀落というのは?」

 質問すると、綾は二つの線から離れたところに点を打った。

「補陀落とは世界線の狭間に浮かぶ領域。始まりも終わりもなく、あらゆる思い、あらゆる呪縛をも受け入れる虚ろなる場所」

 綾は沈んだ顔で、

「私は守語者を指揮せねばならない。残念ですが同行はできません」

「任せて、お姉様!」

 皆歌が力強く答える。

 飛鳥先生が綾に頭を下げ、

「王よ。瘧様の領域は時の流れが異なります。次の参上までには年を越していることでしょう。しばしのご無礼をお許しください」

 綾は飛鳥先生の肩に手を置き、

「帰って来るまで新年のお祝いは待っていますよ、瑞希」

 祐矢は立ち上がった。全員が立った。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 すぐそこまで遊びに行くようにくつろいだ様子で、生徒会役員室を祐矢たちは出ていく。皆歌は白墨を取り、黒板に引かれた線からずっと離れたところに太い線を一本引いた。愛おしげにその線を見つめた後、

「お姉様、新年はわたしたちの故郷でお祝いしましょうね」

 皆歌は綾に抱きついた。

「そうね、皆歌」

「お姉様、体には気をつけてね」

「私は人の病気にはかからないよ、皆歌。でも、ありがとう」

 綾はその胸に皆歌を優しく抱きしめる。しばしの後、皆歌は名残り惜しそうに離れ、元気に手をぶんぶん振ってから祐矢たちを追って部屋を出ていった。


 塔之原の中心街は無人と化していた。

 地割れから噴出する蒸気に包まれ、白い霧に沈んで見える。硫化水素などの火山ガスが瘴気となって人間を阻む。

 祐矢たちは、その白い壁に分け入って進む。有毒成分と病原体は赤御蛙様が吸収し、青御蛙様が遠方へと放出して一行を守る。

 大通りはすっかり様変わりしていた。道路はひび割れて瘴気を吹き上げ、建物は多くが倒壊し、無残な有様を示している。かつて真白と入ったパスタ屋も、ガラスは割れ、内部は火災で黒焦げになっていた。祐矢は歯を食いしばって、胸の痛みに耐える。

 かつて熊神様を送ったスーパーは無人となり、食料品を腐るに任せていた。強い異臭が漂うそこから、うなり声が聞こえてくる。犬、というべきだろうか。ただれたような毛皮、文字通りの血眼、赤く染まった巨大な犬歯。なによりこの瘴気をものともしていない。口を開き、舌をたらし、よだれを落としながら、硫黄臭い呼気を吐き出している。

 兇犬たちはスーパーから、肉屋から、廃屋から、続々と集結してくる。祐矢たちを包囲しようとしていた。

 皆歌が一歩前に出た。手にした錫杖からリボンを外す。

「来なさい、焔精イフリータ!」

 錫杖の先端は赤熱した。それだけではなかった。彼女の周囲に赤い光点が舞い飛び始め、着ている服が赤く輝きだす。言霊から生まれし焔の精が皆歌の服に依りついたのだ。

「人界から畜生界に入ったという訳ね。兇犬ども! 相手にとって不足だけど、やったげるわ!」

 熊神様が両手両足の爪を鋭く伸ばし、

「畜生とは失礼じゃな! しかしこの者ども。瘧の領域に触れ、すっかり囚われてしまったようじゃ。もはや言霊も聞けぬようじゃゆえ、我が爪にて解放してやろうぞ」

 兇犬が牙を剥き、一斉に跳んだ。皆歌へと襲いかかる。

「おおおお!」

 皆歌は錫杖を振りかぶった。否、それはもはや杖ではなかった。先端に赤熱した長大な刃が現出していた。振り下ろす。刃から焔の帯が走る。襲いかかった兇犬は帯に群れごと両断される。焔の帯は止まらず、スーパーを直撃した。焔は壁を溶かし破り、内部をその赤い舌でなめる。

 次の瞬間、爆焔が窓と扉から噴出した。卵を炸裂させたがごとく、壁が割れ飛んだ。飛び散る破片を皆歌は避けもしない。赤熱した戎衣に当たった破片は、まるで分厚い装甲に当たったがごとく砕け散る。依りついた精が物理的衝撃から加護しているのだ。

 鉄骨を露わにしたスーパーは、焔に包まれ溶け崩れていく。

「見たか! 守りの巫女が力を!」

 勝ち誇る皆歌に熊神様が、

「やりすぎじゃ!」

 爪で次々と兇犬をなぎ払う。どす黒い血を噴いて、兇犬たちは地面に叩きつけられていく。

 祐矢に三月兄妹は、兇犬よりも皆歌に熊神様のほうが危なっかしいと退いている。まるで凶刃の嵐だ。飛鳥先生もため息をつく。

「災厄の杖をあんな相手に本気で使うなんて。他の巫女たちは、やっぱり呼ばなくて正解だった」

「全然、本気じゃないわよ!」

 聞きつけた皆歌が叫ぶ。

 綾を護衛する役目の巫女たちは皆歌を筆頭に、物騒な連中ばかりだ。それに、あの皆歌ですら異神相手には辛酸をなめた経験がある。物理的に解決できる問題でなければ、呼ばないに越したことはない。

 焼けるスーパーの中から、大きな唸り声が上がった。これまでとは比べ物にならない巨躯の兇犬が姿を現す。皆歌の軽く十倍はあろう。焔を踏み越え、皆歌に迫ってくる。ただれた毛皮は燃え上がり、双眼は苦痛と怒りに満ちて血をたらす。

 皆歌はうれしそうに笑った。赤い舌で、ピンク色の唇をぺろりとなめた。

「少しは楽しませてくれますか!」

 皆歌は腰をかがめてクラウチングスタートのような体勢をとった。先生が慌てて、

「みんな、避けろ!」

 皆歌の後方にいた祐矢たちをどかせる。皆歌の後ろに陽炎が現れた。熱で空気が揺らいでいる。兇犬のボスは大口を開け、サーベルのような犬歯からよだれをたらす。転がっていたトラックに喰らいつき、軽々と持ち上げた。皆歌にぶつけようというのだ。

 そこに煌くような歌声が響き始める。皆歌だ。皆歌の戎衣に依りついた妖精が歌っているのだ。光の線が皆歌の後方に渦巻く。歌声が合唱となって響き渡る。光の線が集束し、輪となったとき。歌は弾けた。皆歌は弾丸となって跳んだ。衝撃波が大気を叩く。焔の弾丸が投げつけられたトラックを貫き、さらに兇犬の大口に突入する。兇犬は内部から膨れ上がり、そして爆散した。

 微塵となった兇犬の体が一帯に降り注ぐ。三月朱美は露骨に嫌そうな顔をした。ミカエルが、朱美の上に落ちてくるそれを吹き飛ばす。

 皆歌は、実にすっきりした表情で戻ってきた。兇犬は全滅したようだった。

「ああ、気持ちよかった!」

 戎衣の赤熱は収まりつつあるが、皆歌本人は上気して肌が朱色に染まっている。祐矢は半ば呆れつつ、

「その服、すごいね」

「久しぶりに着たのよ」

 ミカエルは冷静に、

「我々が紙を依代として憑き神の力を招くのと同じく、布地に呪言を織り込んで、服全体を依代とする仕組みですな。焔の憑き神を呼ぶのでしょう」

 皆歌は、気持ち良さげに肩で息をしながら、

「ん、そういうものらしいけど」

 飛鳥先生が、

「らしいとはなんだ! もっと深く理解をしてだな、守語の使命を」

 説教を始めた。

「先に進むぞ」

 無視して、熊神様が歩き始める。皆歌が獲物の大半を持っていったので、ご機嫌斜めのようだった。

 ともかく、一行はさらに白霧の奥へと進み始める。

 朱美がミカエルに、

「兄さん。この大通りって、こんなに長かったかしら」

 前後左右どころか、足元さえ白霧でおぼつかない。ミカエルは慎重に足を進めつつ、

「いや。そろそろあちらの領域、ということだろう」

 ミカエルと朱美の顔色はかなり悪くなっている。しかし、この白霧で皆はそれに気付いていなかった。

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