第60話 茜さんの執事は辞められない(最終話)

 空港を出て、二人でタクシーに乗り込む。


「本当に御免。僕のせいで……」

「もう、健人ったら、しょうがない人ね。心配になって、こっそり家を抜け出して急いで来たんだから」

「あ~~、本当に申し訳ないことをしてしまった。具合が悪かったのに、悪かった……」

「早とちりねえ、健人は。私外国へ行くなんて、一度も言ってないわよ!」

「茜さんっ、家に着くまで横になって休んで!」

「うん、そうするね」


 茜は目を閉じて、体を健人の方に横たえた。ゆっくりと健人の膝の上に頭を乗せるた。熱のせいで体に力が入らず、そのままじっと動かなくなった。


 何度探しても見つからなかったものが、案外身近にあった時のような気持だ。健人も、安堵感から目を閉じた。


「もう、しょうがない執事さん……」

「……え、何か言った?」

「……う~ん、何でもないよ」


 茜はそれだけ言うと、再び目を閉じた。空港に向かっていた時とは、全く違った心持ちで、帰路に就いた。




 森ノ宮家につくと、心配そうな家事手伝いの直子さんが出迎えてくれた。


「茜さんっ! どこへ行かれたのかと思って、私は心配で、心配で、もう……」

「ああ、そうだったわね」

「置手紙には、ちょっと出かけてきます。心配しないでと書かれていましたが、そのお熱で出かけるなんて無茶ですよっ!。さあ、さあっ、すぐベッドに入ってください! まあ、健人さんも一緒だったなんて、何をなさっていたの、二人とも!」

「何でもないわ。お父さんには内緒にしておいてね」


 直子さんと健人で支えながら、茜をベッドまで連れて行った。茜は、じっと目を閉じて、スヤスヤと寝息を立てた。




―――数日後の学校では―――


「茜さん、僕と一緒に食堂へ行きましょう。昼食をおごらせてください!」

「あら、ありがとう。でも、他に予定があるので……」

「茜さん、こんな奴とばかり遊んでないで、たまには僕と付き合って!」


―――こんな奴とは何だよ!


 相変わらず茜さんの周囲には、男子たちがうろつき彼女と少しでも親しくなろうと狙っている。そんな彼女を守るため、僕は茜さんの周りにいることになる。


「健人、私お弁当を作ってみたの。食べてみて」


―――茜さんが作ったと聞きつけ、彼女の周りには人だかりができてしまった。


 数人の男子が、一目彼女の作った弁当を見ようと、遠くから覗き込んでいる。


―――全く持って見苦しい。


「うん、美味しい。この卵焼きは最高だ!」

「ちょっぴり砂糖を入れたから」

「う~ん、美味しいなあ」


―――彼らの視線が痛い。


 空港で僕が流した涙を見て、茜さんは心底感激してくれた。そんな彼女が僕のために、作ってくれたお弁当を食べていると、僕は感激で胸がいっぱいになる。


「健人は、これからも私の執事兼彼氏でいてくれるの?」

「まあね。僕の気が変わらない限り……」


―――気が変わることなどないだろう。


―――一緒にいられる、さりげないこんな瞬間が、これからもたくさんあればいい。


―――茜さん、ありがとう。君のお陰で、毎日がこんなにも刺激的だけど、輝いている。


 健人は、取り囲んでいる男子にピースサインを送った。




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訳あって学園の姫に仕えることになりました 東雲まいか @anzu-ice

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