第45話 学園の姫と図書館に行き、なぜかライバルに会う

 夏休みのある日、茜から健人に電話が入った。


――森ノ宮家にもたびたび行っているので、わざわざ電話してくることはないのだが、何の用だろうか。


「健人、明日暇?」

「う~ん。どうだったかな」


 別に用事はなかったのだが、少し考えるふりをする。茜から呼び出されれば、たとえどんな用事が入っていても、最優先で行くつもりだが、ちょっと間を開けた。


「もし、暇だったら図書館で宿題をやらない? 新堂さんに一緒にやらないかって、誘われたんだけど、健人はどうかな?」

「それはいい考えだ。俺もまだ宿題は残ってるし、一緒にやれば能率も上がりそうだね」

「そうなのよ。調べ物をしたくなったら、資料もあるし、相談すればいい考えも浮かびそうだしね」

「じゃあ、俺も参加するね」


 夏休みの宿題が、数科目出ていた。数学や英語などは問題集に取り組めばいいので、家庭で一人で十分できるのだが、社会科などは調べ物をしてレポートを作成するものもあり、相談相手がいると便利な場合もある。


 図書館を利用できる日は、決められているので、ひょっとすると同じ事を考えた生徒が来ている可能性はある。




 その日は、朝から蒸し暑く、こんな日に学校へ来ている気得な生徒はいないだろう、と予想していった。十時ぐらいに図書館へ入ると、既に数名の生徒が来てカウンター前の名が机に陣取っている。調べ物をしたり、勉強をする生徒はその席を利用する。しかし、司書の先生からは丸見えの位置にある。


 そこをさらに進むと、新聞や雑誌が並べられたコーナーがあり、それに向かい合った形で、文庫本や新書などが並ぶ。その前は、部屋の中心部になっているのだが大きな柱が建っていて、柱の陰にソファがいくつか並べられている。背の低い書庫と柱に囲まれた形で、秘密の隠れ家のようになっていて、周囲から見られずに本を読むことができる。


 さらに奥へ進むと、背の高い書庫があり、それが途切れたあたりにも大きめのテーブルがある。

 誰もいないことを確かめると、茜の友人で、ここへ行こうと誘ってくれた新堂まきが手招きした。


「ここが開いてるよ」

「今行くね。健人もあそこでいいよね」

「うん」


―――何だか、秘密基地のようだ。


 ここは、テーブルが一つしかないので、大勢で来た生徒は座れないので、他の人と接したくないときにはいい場所だ。茜と健人は、そちらへ向かって歩き出した。そこには四つ椅子があり、窓際には、自習用に仕切りのある机も数個ある。


「ここは静かでいいわね。冷房も聞いているし、外とは別世界ね」


まきが、鞄の中から飲み物を出して、ごくりと飲んだ。


「宿題やらなきゃと思ってたんだけど、まだ残ってた。誘ってくれてよかったわ」


 茜が、鞄の中から勉強道具を出していった。健人は昨日電話が来てから、問題集などは、少し進めておいた。後は、レポートを書けばほぼ終わりだ。健人は、新聞を取りに行きどれを持って行こうかとパラパラとめくり目を通していた。すると、神楽坂文吾が、入り口から姿を現した。彼は夏になったせいか髪を短くし、さっぱりした爽やかな青年に変わっていた。彼も髪型のお洒落に目覚めたのだろうか。健人は、黙って新聞を物色していた。


「おいっ、お前も宿題をやりに来ていたのか!」


 案の定、彼の方から声を掛けてきた。神楽坂はカウンター前の机に男子のグループがいるのを見て取ると、奥へ進んでいった。そっちへ行ったら、茜さんたちと会ってしまうから、行かないでほしかったのだが、どんどん奥へ歩いて行った。


 健人は、新聞を持って席へ戻ると、そこには……神楽坂の姿があった。


「神楽坂……」

もうすでに、茜とまきと一緒に座ってしまっている。自分がどけとは言えない。


「おう、健人、彼女たちが一緒にやろうって言ったんで、ここに座ることにした。アハハ。いいだろう」


―――駄目だとは言えないだろうが!


「そうか。じゃあ、一緒にやろう」

「しかし偶然だなあ。君たちも図書館に来ているなんて」


 まきが、じろりと彼の顔を見て言った。


「そうね。偶然ね。まるで私たちが来るのを知っていたみたいに……」

「いやあ、そんなことはない」


 彼は、ごほんと咳ばらいをして、いった。


「茜さん、分からないことがあったらどんどん僕に訊いてよ!」


 成績の良い神楽坂は、ここぞとばかりに茜に言い寄っている。健人は、まきに声を掛けた。


「ちょっと、まきちゃん。一緒に調べたいものがあるんで、こっちへ来て」

「うん」


 健人は、まきを誰もいない場所へつれて行ってきいた。


「ここへ来ること、誰かに言ったでしょ?」

「ああ、おなじバレー部の友達に言ったわ」

「やっぱりな。そこから聞きだしたんだ。俺たちがここへ来ることを」

「えええっ、そんなことまでするの、神楽坂は!」

「奴は結構しぶといんだ。ここへ来たのは偶然でも何でもない」

「ああ、そうなんだ。ごめんね」


―――まきは暢気だな。


 ほんの少し席を外して戻ってみると、彼は茜に問題集を懇切丁寧に解説している。茜も、熱心に説明に聞き入っている。


「別の新聞持ってきた」

「ああ、健人。いい資料があった?」

「まあね。茜さんもせっかく来たんだから、資料が沢山ある社会をやった方がいいよ」

「うん。今問題集を始めちゃったから、切りの良いところでやるね」


 神楽坂も、邪魔するな、と言わんばかりにいった。


「せっかく調子が出て来たんだから、余計なことをいって中断させるなよ」

「そうか。悪かった」

「調子が出て来たところなんだから」


―――なぜ俺が謝るんだろう。


 健人はちらちらと二人の方を気にしながら、新聞に視線を戻した。

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