第4話
須賀望のマンションは、美鈴たちのマンションから北東――やはり鬼門の方角だった――にあった。美鈴たちのマンションに比べれば、かなり落ちるマンションである。まあ、あちらは分譲、こちらは賃貸だしな。ここの5階が望の部屋だ。
当然ながら、ここも気が悪い。
だが、ここが発生源だと思っていたんだが、予想していたより、瘴気が薄い。これぐらいでは美鈴のマンションにあれほどの――鬼が出るほどの霊障を引き起こすとは考えられない。
まあ、確かめてみるしか、あるまい。
鍵は姉が渡されていたという合鍵が、まだ、あちらのマンションにあったので拝借した。2ヶ月も前に別れたはずなのに、未だ、鍵を置いていることに違和感を覚えたが、まあ、これでかなりの手間が省けるのも、また事実だった。
エレベーターもあるにはあるが、俺は階段で上がることにした。そのほうが何かあった場合に便利なのだ。
しかし、途中ですれ違う人もなく、俺は須賀望の部屋、502号室の前に立った。
「さて……」
と、俺は1人、呟いた時、スマートフォンが震えた。マナーモードにしてあったのだ。取り出して見たディスプレイには、『土御門』とあった。通話ボタンを押すと、
『草薙君、私だ。調べは付いたよ』
と、出た。さすが、早いな。
『やはり、1ヶ月前から行方不明だ。職場にも無断欠勤中だった。ついでに女性関係も当たらせといたんだが、そちら絡みなんだろう?』
「ええ、その通りです」
『だと思ってね。調べさせておいた。彼には、高校時代から付き合ってる女性がいたんだそうだ。それが3ヶ月前くらいから、
地味と派手――。
『2人の写真が手に入ったので、送らせるよ。地味だという方は、小さくしか写っていないんだが、無いより良かろう? スマホに送ればいいかね?』
「はい、お願いします」
『では、な』
そう言い残して、土御門の爺さんは、電話を切った。
俺は持っていた鍵でロックを外し、ドアを開けた。玄関に入った途端に、辺りに漂っていたのは、枯れた死臭だった。本来なら、腐臭が漂っているだろうに、とっくに腐るべき肉が無くなっている。
故に――〝枯れた死臭〟だ。
もっと散らかっているかと思っていたが、部屋は割と片付いていた。リビングなどの観葉植物は水切れで、さすがに枯れていたが、それらを除けば、綺麗なものだ。
男の部屋にしては、片付き過ぎていた。
もちろん、男だって、しっかりと片づけることもあるだろうが、女と拗れていると愚痴る男の片付け方には思えない。
おそらく、女だ。
昔から付き合っていたという地味な方の女。
俺は寝室に使っていたであろう部屋に入った。中は、どんよりとした瘴気が漂っていた。それに、ここだけはわずかに腐臭が混じっていた。
ここだな。
窓寄りにベッドが置かれており、その上の布団の中央部が、こんもりと盛り上がっていた。布団をめくれば、果たしてそこに、白骨と化した骸があった。ぽっかりと開いた眼窩が怨めしそうにこちらを向いていた。所々に、乾いた肉片がこびり付いている。これらが乾くまでに腐って臭っていたのだろう。
肉片が少ししか残っていないのは、喰われたからだ。
これが、望だ。
俺は符を1枚取り出し、髑髏に貼った。両手で印を結び、
怨みでここに縛られていた望が、ようやく解き放たれたのだ。
それを見届けてから、俺は懐で震えているスマートフォンを取り出した。そういや爺さん、画像を送ると言っていたっけ。
俺はメールに添付されていた画像ファイルを開いた。1枚目に写っている女性は予想通り、美登里だった。
派手な女――ね。
もう1枚。地味な女の画像。
土御門の爺さんが言っていた通り、これは小さくて分かりづらい。親切に拡大した画像も付いていたが、これはこれで、逆にドットが荒くなっていて、やはり判別しづらい。
だが、俺はある確信にも似た思いで画像を見つめた。
そして部屋中を改めて見回した。
ベッド脇の棚に置かれた、倒れた写真立て。
その足元のゴミ箱を覘いてみると、半分だけ破かれた写真が捨てられていた。細かく千切られた写真を取り出し、棚の上で並べてみると、写っていたのは美登里だった。伏せられた写真立てには、残りの半分になった写真に望が写っている。
望は破けなかったのだ。
棚を探ると、他にも幾枚かの写真が出てきた。古いものだ。
望と仲良く腕を組んで、写っているのは――。
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