第2話

 やっときた土曜日、葉月は友人と買い物に出ていた。長い一週間だった。週末の買い物は良いストレス発散になっていた。

「ああ、疲れた~」

「たくさん買ったね」

「楽しみが無いと生きていけないよ~」

 葉月はオープンカフェで紅茶を飲みながら友人ととりとめもない話を続けていた。そろそろ店を出ようかというとき、ふと見覚えのあるシルエットが人混みの中に見えた。高階主任だ。職場ではパンツスーツをビシッと着こなしているが、パーカーにイージーパンツというラフな格好だった。随分印象が違うなと思った。人混みから外れて路地へ入っていった。


「ちょっと、知り合いかもしれない」

 そう言って葉月は反射的に席を立った。高階が入っていった路地をのぞき込む。その奥にはボロいコーポが見えた。まさか、あそこに住んでるの?いやそんなはずはない、高階は昨年、マンションを買ったと言っていた。コーポの階段に高階の姿が見えた。2階の部屋の呼び鈴を押している。葉月は背中に氷を突っ込まれたような強烈な悪寒を覚えた。これ以上見てはいけない気がした。慌てて後ろも振り返らずに小走りに路地を抜け出した。


 翌日、出勤の準備をしながら朝のワイドショーを流していた。すると、衝撃的なテロップが目に飛び込んできた。また舌を切り取られた女性が遺体で発見される、そのような内容だった。

「え・・・」

 葉月は思わず食べかけのパンを放り出してテレビにかじりついた。ブルーシートがかかった古いコーポ、あれは土曜日に路地の向こうに見えた建物ではないか。いや、このような古い建物はどこにでもあるし、信じたくなかった。でも少しは予感していた。住所が画面端に表示されていた。n区青葉町・・・買い物をしていたショッピング街はそのあたりでは無かっただろうか。葉月はその日、初めて仕事を休んだ。


「昨日大丈夫だった?」

 食堂で美咲が葉月に声をかけてきた。

「うん、ちょっとね」

 葉月は青白い顔で昼食代わりの菓子パンをかじっている。あまり食欲は無く、味もしない。テレビでは舌の無い被害者の話題でコメンテーターが独自の推理を展開している。今度の事件は切り取られた舌は炊飯器に入っていたそうだ。


-「非常に猟奇的な殺人ですね、これは。」

-「しかし、前回と犯行場所が随分離れている。この猟奇性をまねた別の人物という可能性はあるんでしょうか」

-「しかし、被害者の共通点が見いだせません」

 もっともらしい顔でコメントを続ける出演者がこっけいに見えた。葉月は菓子パンをお茶で流し込んだ。隣の席の2つ先輩が話していた。

「高階主任は本当に仕事ができる人よね」

「私もこの間の電子レンジまともに使えないセクハラおじさん、何度も名指しで電話してこられてとうとう主任にお願いしたわ」

「むちゃくちゃなクレームだったけど、新品を発送するってことで主任が上と話をしてくれたらしいのよ」

 顧客の住所はそうやって聞き出せる、そうよね。葉月は気がついた。美咲が顔色が悪いと心配している。


 不意に肩を叩かれて振り返ると高階が立っていた。穏やかな笑みを浮かべている。

「世の中には不満を抱えて生きている人間が多いわ。そもそも家電のせいなんかじゃないのよ、その不満をどう解消してあげられるか、それがわかれば解決は早い」

 高階は葉月の返事を待たずに去って行った。全身の力が抜けた。

「高階主任カッコ良いよね、仕事できる女って感じ」

 葉月の脳裏に美咲の声がどこか遠くに響いていた。

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クレーマーの対処法 神崎あきら @akatuki_kz

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