第一章 ~『ダンジョンボスと勇者の闘い』~


 グランドドラゴンを倒したアルクは第五階層の最深部を目指し、薄暗い道を進んでいた。これはダンジョンの核であるコアが最深部に配置されているからである。


「アルクくん、ここからが本番ですからね。気を抜いては駄目ですよっ」

「伝説のグランドドラゴンを倒したんだ。これ以上に強いドラゴンなんていないだろ?」

「どうでしょうか……ドラゴンダンジョンの最深部には未だ誰一人として辿り着いたことはありませんからね。グランドドラゴンを超えるドラゴンがいたとしても不思議ではありません」

「剣聖でさえ階段付近にいたグランドドラゴンと互角だったわけだからな。前人未踏の場所に初めて足を踏み入れるのが、まさか村人の俺になるなんてな」

「ふふふ、婚約者の私も鼻が高いです♪」


 アルクたちは雑談を楽しみながら細道を進む。道は最深部へ近づくに連れて、細くなっていく。酸素も薄くなり、何だか息苦しさが増していた。


「ドラゴンを見かけなくなったな」

「アルクくんに怯えて逃げ出した……だけではありませんね。おそらくここから先は少数精鋭のドラゴンが待ち構えているのでしょう。数は時として障害にもなりますから」


 ダンジョンコアを守護する警護のドラゴンを増やそうとすると、そのための広い空間が必要になる。


 だが最深部のスペースを最低限に抑えれば、攻略に訪れることのできる冒険者の数を減らすことができ、戦線を絞ることも可能だ。


 故にここから先は強者のみが踏み入れることを許される場所だ。アルクたちは躊躇うことなく、足を前へと進めていく。


「道が随分と細くなってきたな」

「そろそろゴールにたどり着く前兆ですね」


 細道を抜けた先には、円形の空間が待っていた。土のドームで覆われた中央部にダンジョンの魂ともいえるコアが設置されている。


 コアは紫色の宝玉であり、膨大な魔力を放っていた。その魔力に惹かれるように傍には守護する一匹のドラゴンがいた。


 青い目をした白銀のドラゴンがアルクたちを見据えている。体から放つ魔力と全身から放たれる雰囲気から、そのドラゴンがグランドドラゴンよりも上位の存在だと知らせていた。


「やはりダンジョンボスがいましたね」


 ダンジョンボス。それはコアを守護する存在である。ダンジョンによってはいないこともあるため、淡い希望を抱いていたが、現実は期待に応えてくれなかった。


「最初から本気で挑まないとマズそうだな」

「私も援護しましょうか?」

「いいや、クリスが動くのは最終手段だ。ひとまずは俺だけで戦いたい」

「……仕方ありませんね。アルクくんも男の子ですから♪」


 もしダンジョンを攻略できても、聖女の助けのおかげだと、言いがかりを付けられてはたまらない。


 それに何よりアルク自身が自分の力で正面からダンジョンボスを倒したいと願っていた。誰の力も借りない状態での、一対一の戦い。それこそが彼の望みだった。


「ふぅ、行くぜ」


 アルクは腰の鞘から刀を抜くと、小さく息を吸う。ダンジョンボスはいまだ動きを見せないが、対峙して視線を交えることで、気の抜けない相手だと理解する。


 緊迫した空気が流れる。アルクは機先を制すべく、最初の第一歩を踏み出そうとするが、その足は不意に背後から襲われた剣により止めることになる。


「ちっ、殺し損ねたか!」

「勇者!」


 アルクを背後から襲ったのは宿敵の勇者であった。彼は全身に風の魔素を纏っている。事前に魔法を発動させていた証左である。


「魔法さえ使えれば、村人相手に後れを取る俺じゃねぇんだよ!」


 勇者は風の魔素により切れ味を増した刀でアルクを斬りつける。一呼吸の内に何度も振るわれる刀は、風のように速い。


 だがアルクは口元の笑みを崩さないままに、振るわれた刀を受け止める。


 鍔迫り合いの状態でアルクと勇者は睨みあう。以前はここからアルクが勝利した。しかし勇者は風の魔法で強化している今ならば、自分に勝機があると信じていた。


「とっとと諦めろ。所詮、村人じゃ勇者には敵わねぇんだよ!」

「口だけは達者だな。強さなら剣で証明してみろよ」


 二人の視線が交差し、目で火花を散らす。しかし勇者は突然一歩後ろに下がると、馬鹿らしいと鼻で笑う。


「はっ、止めだ、止めだ。誰がてめぇの相手なんかするかよ!」

「逃げるのかよ?」

「……認めたくないが、正面から戦うならお前は俺でも手こずるレベルの実力だからな。本目の獲物と戦う前に無駄な体力を使うのはごめんだ」


 勇者はアルクからダンジョンボスへと視線を移す。彼は剣を上段に構えると、地面を蹴って駆けした。


 魔法により一陣の颶風と化した勇者は、ダンジョンボスの元へと一瞬の間に接近し、勢いをそのままに剣を振り下ろした。


 勇者はこれでドラゴンダンジョンを攻略したと確信し、観戦していたクリスも同じ感想を抱いた。


 しかしアルクだけはしっかりと現実を見据えていた。勇者の剣は光の壁に遮られ、綺麗に折れて宙を舞う。


 勇者の自信に満ちた表情が絶望の色に染まった。


「お、俺の剣が――」


 勇者の言葉を遮るように、ダンジョンボスは無造作に前足を振るう。魔法でスピードを増しているはずの勇者よりさらに早い一撃が炸裂し、彼を彼方まで吹き飛ばす。


 土壁に衝突した勇者は口から血を吐いて失神する。ダンジョンボスの圧倒的な力を前に、勇者は膝を折るのだった。


「勇者が一撃か……」

「アルクくん、やはり私もサポートをした方がよいのではありませんか?」

「いいや、心配しなくてもいい。俺はダンジョンボスの動きをしっかりと追えていた。俺が勇者の立場なら、あの攻撃は躱せたはずだ」


 勇者を超える実力を手に入れたのだと、アルクは実感する。それを客観的に証明するためには、勇者でさえ敵わなかったダンジョンボスを討伐しなければならない。


「そこで見ていてくれ。俺は必ず勝つからさ」


 剣を上段に構えたアルクはドラゴンの青い目と視線を交差させる。物静かなドラゴンは、瞳に強い闘争本能を浮かべるのだった。


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