第一章 ~『最強へと至った村人』~


 さらなる力を得るために教会の地下室での修業を再開したアルクであるが、外の世界で百秒、体感時間で百年を経験したことで成長を遂げていた。


「追加の百年修業で見違えるように強くなりましたね♪」

「自分でも満足する力を得られたよ。さっそく試してみたいな」

「なら四階層で腕試ししてみましょうか」


 下の階層へ降りるための階段を進むアルクたち。百年の時を経た彼の立ち振る舞いは、隙のないものへと変化していた。


「アルクくんはこの百年の間に剣術の腕前も上達したようですね」

「分かるのか?」

「はい。雰囲気が剣聖様そっくりですから」


 剣士たちの頂点に立つ剣聖は、常に戦場にいると意識し、クリスを食事に誘うときでさえ隙を見せなかった。


 まるで遠い世界の別人に入れ替わったようだとさえ感じるが、幼さを残す横顔が、アルク本人だと証明していた。


「そろそろ四階層だな」

「気の抜けない闘いになりそうですね」


 四階層目に到着したアルクたち。しかし待ち構えているはずのドラゴンたちは姿を消していた。


「ドラゴンの出迎えがありませんね……何か起きたのでしょうか?」

「勇者の仕業だろうな。ほら、壁に戦った痕跡が残っている」


 ドラゴンの爪痕に、剣の切り傷。壮絶な戦いが繰り広げられたことが見て取れた。


「勇者はどこへ行ったのでしょうか……」

「おそらく五階層に向かったんだろう。ただ階段は使ってないな」

「どうしてそんなことが?」

「四階層のドラゴンが相手では勇者も無傷とまではいかなかったんだろうな。ほら、血の跡が階段とは逆方向に向かっているだろ」

「ですがそれなら五階層に向かわずに、休養しているだけとも考えられますよ」

「いいや、あいつは間違いなく五階層に向かったさ。なぜなら俺という存在がいるからな」

「あ~なるほど。万が一にもアルクくんに先を越されるわけにはいきませんからね」


 勇者に与えられたドラゴンダンジョン攻略の使命は絶対である。村人に先を越されたとなれば、彼の名声は地に落ちることになる。


 故に後れを取らないためにも先へ進んだことは間違いなく、同様の理由で補給を受けるために一階層へ戻ったとも考えられない。


「私たちも土魔法で裏道のルートを進みますか?」

「いいや、当初の予定通り、正面から行く」

「ですがそれでは勇者に先を越されるかもしれませんよ」

「いいや、その心配は無用だ。俺の今の実力なら、五階層のドラゴンが相手でも足止めを食らう心配はないからな」

「ふふふ、アルクくんは本当に頼もしくなりましたね♪」


 かつてのアルクは村人である自分の能力の低さを卑下していた。しかし修業を終えた現在の彼は違う。実力に裏打ちされた自信に満ち溢れていた。


「もしかすると私も追い抜かれたかもしれませんね♪」


 弟子に実力で超えられることが、なぜだか嬉しいとクリスは感じる。幼少の頃、ヒーローだったアルクが帰ってきたような錯覚を覚えていた。


「第五階層に近づいたら、俺の背後に隠れていてくれ」

「えへへ、まるで王子様みたいですね♪」


 クリスはアルクの背中をギュッと抱きしめる。その大きい背中は巌のように硬く、村人の彼がどれだけ努力してきたかを物語っていた。


「歩きづらいのだが……」

「魔物が現れるまでの間だけですから。私のボーナスタイムです♪」

「まぁ、クリスが喜んでくれるなら構わないが……」


 アルクは気恥ずかしそうに頬を掻く。幸せな空気が二人を満たしていると、いつの間にか最強のドラゴンたちが住む第五階層の目前まで近づいていた。


「ここからは俺の出番だ。サクッと討伐してくるよ」

「行ってらっしゃいませ、アルクくん♪」


 腰から剣を抜いたアルクは、階段から飛び降りる。ドラゴンたちが群れる密集地に降り立つと、鋭い牙が彼へと向けられた。


「最強のドラゴンたちが相手のはずなのに……なぜだろう。負ける気がしない!」


 ドラゴンたちは飛び込んできた獲物を捕食しようと、アルクに噛みつこうとする。しかしその鋭い牙が彼へと届くことはなかった。


 消えたと錯覚するような動きでドラゴンの牙を躱すと、すれ違いざまにドラゴンの首を撥ねる。血飛沫と首が舞い、最強のドラゴンは命を落とした。


「さぁ、次の相手は誰だ?」


 ドラゴンはアルクの挑発を理解したのか、雄叫びをあげて威嚇する。常人なら恐怖で震え上がる状況だが、今の彼なら笑って流すことさえできた。


「このレベルのドラゴンが相手なら魔法を使うまでもない」


 アルクは威嚇するドラゴンたちを剣術の腕だけで圧倒する。白銀の刃がドラゴンの首を撥ねていく光景に、絶対の王者として君臨してきたドラゴンも実力差を理解する。


 一匹、また一匹と、ドラゴンたちは自分の命惜しさにアルクから逃げ去っていく。


「強さは肉体的な強度だけでなく、知能の向上にも影響する。それが今回は裏目に出たな」


 勝てないと理解できたからこそ逃げるのだ。もし命知らずの馬鹿ならば、勝てずとも挑んできただろう。


「だが全員が賢いというわけではないようだな」


 ほとんどのドラゴンが逃げ出したにも関わらず、唯一、赤茶色のドラゴンだけがその場に残っていた。他の個体より二回り大きい巨体が翼を羽ばたかせている。


「アルクくん気をつけてください。そのドラゴンは伝説のグランドドラゴンです。剣聖様と互角の戦いを繰り広げたとの逸話もあるんですよ」

「伝説ね……ならこいつを倒せば俺が伝説になれるのか」

「何を馬鹿な事を言っているんですか! 早く逃げましょう!」

「逃げる? 馬鹿を言わないでくれ。ようやく修業の成果を試せるんだぞ」


 剣技だけで斬り倒してきたドラゴンたちとは違う。対等に戦えるかもしれない強敵を前に興奮を覚えていた。


「耐えてみせろよな」


 アルクは無詠唱で雷の魔法を発動させる。体が魔素に包まれ、音速を超えるスピードを手に入れる。


 その脅威を感じ取ったのか、ドラゴンは体中から魔力を放出し、皮膚を黄金色に変える。肉体の強度を上げる防御魔法が発動したのだった。


「いいぞ。最硬の防御を打ち破ってこそ、俺の攻撃力が証明される。こいつを倒したとき、俺は剣聖を超えるんだ」


 アルクは足に力を入れて駆けだした。雷が地を奔り、剣がグランドドラゴンの皮膚を切り裂きながら、そのまま通り過ぎる。


 足を止めたアルクが背後を振り向くと、胴体が二つに切り離されたドラゴンが倒れていた。


「強くなっているとは思っていましたが、まさかここまでとは……」

「惚れなおしたか?」

「元からアルクくんのことが大好きでしたが、大大大好きになりました♪」

「ははは、なんだか照れるな」


 アルクは剣に付着したグランドドラゴンの血を払うと、腰に差した鞘へと納める。その流麗な動きに、クリスは魅入られるのだった。


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