第32話 疑惑と誘惑

 俺はクリスを探し続けた。


 戦う事なんて放棄し、一日中オカランドをぐるぐる回り続ける。


 何故クリスがいなくなったのか、俺にも分からない。

 だけど何かがおかしい……。


「お、よおサクト。そんな顔してどうした?」


 一度俺はリオフスに戻った。

 するとウッパーが俺を見て、心配そうに伺う。


「クリスがいないんだ……」

「クリスってあの、お前より少し背が高い奴か?」

「そうだ」

「んー……知らねえなぁ。あ、そうだ」


 ウッパーは、あっと思い出したように俺に言う。


「俺も探すの協力するよ」

「いいよ別に大丈夫」

「ええ……」


 勿論その言葉はありがたい。しかし、クリスがいなくなったのは俺がリオフスに入ったから。もしかしたらクリスがいなくなったのはリオフスが原因の可能性があるのだ。


「そうか。分かった。頑張れよ」


 ウッパーは俺に背を向けてせっせと去っていった。


 なんでこんな奴がチンピラみたいな真似してたんだろうなぁ。



 後日、俺はとある人物と会う約束をすることにした。


「はーい。お待たせ!」

「ピノさん、忙しい中ありがとうございます!」

「いえいえ」


 ピノ。それはランク95位(もう上がったかもしれない)の弓矢使い。俺よりも早くにクリスト知り合いだったらしいので、一応聞いておくことにした。


「んで、何の用だっけ」


 ピノがすました顔で問う。


「えっと……クリス、最近見ないんですけど……知りませんかね」

「いやっ、え、知らないよ私」


 おいおい……。

 絶対なんか知ってる口じゃねえか……。


「ごめん。ちょっともう戻らなきゃ」


 ピノがその場で足踏みさせながら、ごめんと手を合わせる。


「はい。すいません。わざわざ呼び出してしまって」

「ごめんねー。じゃあまた!」


 俺はその場で立ち尽くしてピノの背中を目で追う。


 ピノは嘘を付くのが苦手だ。絶対クリスについて何か知っている。

 何の根拠も無いのにそう思えてしまう。


 けど、あんなに逃げていくように去るなんて……何か俺変なことしたかなぁ。


 よくよく考えれば変な話だ。


 得体のしれないクリスと名乗る男がいきなり「お手伝いをさせてもらえないかな?」とか言ってきたんだし。

 今思うと何で承諾したんだろうと心から感じる。

 でも何だかんだ上手いぐわいに行って、これからも一緒になんて思ってたんだけど……。

 そうだよな。こんな俺にピノが協力してくれるなんておかしいしな。

 わざわざ雑魚の俺を助けることに時間を割く必要なんてこれっぽっちもないだろう。


 何か裏がある……。

 だが、ピノの事だ。クリスの事だ。悪や魔軍か何かではないだろう。

 何か大切な事をやらないといけない。その為に今、内緒で何かをしている。


 だけど、何か孤独で、寂しくて、この埋めようのない空白は、深く俺の心をえぐり取る。

 俺にも何か声を掛けてほしかったな。

 俺、見捨てられたのかな。


 俺はオカランドをただただゆっくりと歩く。

 何もできない俺を無力に思い、幻滅する。


「あれ……」


 ふと顔を上げ、あたりを見渡す。


「ここはどこだ?」


 見渡す限り木、草……。

 ここは山か? もしかしたらマゼラ森林かもしれない。

 でも俺はオカランドを歩いていた。何故こんなところに……。


 そう考えていると、地面が揺れる。

 前を見る。


「また会ったわね。ムネト」


 そこにいたのは、忘れることは無い。

 あのハーリーアーサーのボスを一撃で仕留めた、大甕であるミミ・ロゼリックだ。


「あ、はい」


 やっぱり大甕のオーラは凄い……。

 こっちに近寄ってくるだけど倒れちゃいそうだ……。


「何か悩んでいるようね」

「はい……」

「大丈夫よ。私が何とかしてあげるから」


 ……。


 大甕の何とかするは壮大だ。

 以前、シキブに噂を消してもらったこともあったため、その言葉の説得力は尋常じゃない破壊力があった。


「……」

「んで、何があったの?」


 ミミ・ロゼリックはその辺の岩に座って俺を見つめる。


 俺は恐る恐る口にする。


「以前ずっと一緒にいたクリスと、何か連絡がつかなくなっちゃって……」

「ほう……」

「どうしたらいいかなぁって……」


 ミミ・ロゼリックは俺を見つめて動かない。

 そして、少し間を置いてから立ち上がって、俺に近寄りながら語り掛ける。


「大丈夫よ。いつか絶対に戻ってくるから」


 気付いた時には俺の肩にミミ・ロゼリックは手を付いていた。

 触れているだけなのに……何だこの安心感と手から伝わる絶大さは……。


「今は安心して暮らせばいいのよ。一人でも生きていけるってことを証明してやりなさい」


 ミミ・ロゼリックは俺から手を放してまた少し距離を置く。


 緩やかに笑ったミミ・ロゼリックは、何だかやはり女性で、無邪気で……。

 さっきまで強張こわばっていたことが嘘のように感じる。

 何だ、やっぱりただの一人の女の子なんじゃないか……。


「あ、ありがとうございました」


 去ろうとするミミ・ロゼリックに俺は慌ててお礼。

 ミミ・ロゼリックは何も言うことなく再びニコッと笑って飛んでいった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る