沈黙する囚人

 俺たちはいつも監視されていた。


 同じ縞模様の服を着て、大きな箱の中に閉じ込められている。

 看守は昼にやってきた。それも1人ではない。何人もの看守たちが、にやけた顔で俺たちを見てまわり、時には指をさして笑う者もあった。まるで見世物だ。


 どんなに腹の立つことがあっても、俺たちは奴らに手を出せない。奴らと俺たちは大きなガラスで仕切られているからだ。それが逆に奴らから何か暴力をふるわれるような心配からも防いでくれているのだが、ガラスに顔をべったりとくっつけてケタケタ笑っているような看守に唾の一つも吐きかけれない環境では、ストレスがたまる一方だった。


 そんな俺たちの足元には、砂が敷き詰められていた。

 ある連中はそこに穴を掘って身を潜め、看守たちの目から少しでも逃れようとしていた。そいつらはここに連れてこられて1番古株の連中だった。それを見て、後からきた奴も大勢が真似をしていた。俺はそんなことをしてもなんの気休めにもならないことを知っている。奴らからすれば、そうして穴に隠れている方がよほどバカバカしく、最高に面白いと思っていることだろう。

 だが一挙手一投足、何をするにもそんな視線がまとわりつくので、いつの間にか俺も自分の穴を掘っていた。狭い箱の中では他より大きな図体を隠す場所もない。それに今では穴に隠れていない者の方が少数派で、外に出ている方が目立って奴らの視線を集めてしまうと分かったからだ。


 俺は何の反抗もできず、ただただその目が過ぎ去るのを待つだけの日々を送っていた。時々穴から顔を少しだけ出して、笑っているあいつらをじっと睨みつけているだけの小心ものだった。


 夜には照明が落とされて、看守が見回りに来ることもない。端から脱出など不可能だということは重々承知しているので、奴らも油断しているのだろう。

 夜間は唯一の穏やかな時間だった。囚人たちは穴から這い出てくると、体を伸ばしたり、たわいもない会話を交わしたり、各々が自由に過ごしていた。たまにとんでもないバカが脱出を試みようとするのを観る時と飯を探しに行く時以外は、俺は基本的に穴から外へは出なかった。特段話が合うと思う奴も居ないし、こんな箱の中に自由などあるわけがないことを知っているからだ。


 そうして昼と夜が過ぎていき、俺より先に箱に居た連中は次々と死んでいった。数が減った分、新たな顔ぶれが追加される。中にはかなり遠くから連れてこられた奴もいた。そういう奴は外の世界の話や、ここから出た後にやりたいことなんかを他の奴らに吹聴していた。それに感化されて生きる希望を持っているものもちらほら出てきたが、それでも俺の日常は変わらなかった。


 俺は自分が先のものたちと同じように、ここで朽ち果てるまで看守共の笑いものにされることをすでに悟っていたのだ。

 考えようによってはいい身分だ。何もせずじっとしていても、生きていくための物資は補給されている。比較的若いうちににここに連れてこられた俺は、多くの仲間たちが何もできずに死んでいくのを見ていた。夢も希望も何もない。ただ1日をぼうっと過ごして、穴の中で沈黙していても、誰が悲しむわけでもない。


 穴の暮らしにも随分と慣れ、むしろ愛着が沸くほどになっていた。新しくここに連れてこられた奴らは、俺を真似してまた穴を掘っていることだろう。体の動きも少しずつぎこちなくなってきた。もう直ぐ先人たちと同じ運命を辿るのだという予感があった。

 あれだけ腹の立った看守たちも、今では逆にこちらが見世物として待つぐらいの気持ちでいられるようになっていた。ただ一つだけ、時々名前を間違えられるのだけは今でもどうにも耐えがたい。

 俺たちはチンアナゴなどというふざけた名前ではない。

 錦のついた立派な名前だけが、俺の誇りになっていた。

 

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