第27話 善と悪



「脱線はここまでだ。なら、なぜそれを事前に話してくれなかった?」

「どこから話が漏れるともわかりませんから。折角掴んだ尻尾を逃がしたくなかったので」

「やっぱり何か知ってるんだな」

「ええ、まあ。というかボクが来たのはその話をする為でもあるので、ここからはボクのターンってことで」


 パンっ、と手を叩いて天音が提案する。

 それならと黙り込んだのを察してか、天音が口を開いた。


「――事の始まりは一週間ほど前、とある飲食店で店員が不審死しました。呪術鑑識の結果、三つの呪力の痕跡が発見されました」

「それってまさか」

「今日はるはるが殺した『呪魔』もそこに居たのでしょう。残り二つのうち、一つも見当がついています」


 天音が左手に持ったスマートフォンの画面を見せてくる。

 そこには画質が荒いものの、記憶に新しい特徴的な男の姿が映っていた。


「彼の名前は黒羽あざみ。元特級呪術師であり、全国で指名手配されている札付きです。昔の通り名は――『簒奪者さんだつしゃ』」

「えらく物騒な名前だな」

「大概厨二臭いですよね。一体誰が名付けたのやら……あ、ボクでした」


 元凶が忘れてるとは思わなんだ。


「そんなことはどーでもいいんですよ。問題は薊が使う呪術です。便宜上『簒奪』と呼ぶソレは呪いを奪い取り思いのままに行使する単純、しかし強力な呪術です」

「反則級だな。でも――」

「――呪いの代償は酷いですよ。使う度に自身から何かが奪われていく……そう仲のいい人には言っていたらしいです」


 ああ、と思考が曇る。

 彼もまた呪いの被害者側だったのだと。

 道理であんな濃密な呪力を感じるわけだ、と内心で納得した。

 あの場で戦わなくてよかったな、ほんと。


「でも、今日あった時はからすとか名乗っていたな」


 記憶のままに答えると、頭を撫でたままだった天音の手がピタリと止まる。


「――薊に会ったんですか? 何もされなかったんですよね」


 氷のように冷たい声音。

 何事かと首だけで振り返った俺の目が、珍しく真摯しんしな光を宿した紅目と交わる。

 はぐらかすでもなく、おちょくるような口調でもないことに、自分の判断が正しかったことを理解した。

 静かに頷いて見せると、んーと唸った後にコロンと表情が変わる。


「そーですか。少しくらいは話してそうですけど、今は信じます。はるはるを疑うだけ無駄ですからね」

「信じるって言われてるはずなのに腹立つ」

「人の神経なんて逆撫でする為にあるんじゃないですかヤダー」

「最悪過ぎて言葉もねぇよ」

「そんな褒めても頭を撫でて胸を揉む手くらいしか出ませんよーっ」

「揉むなっ!」


 するりと胸元へ伸びてきた右手を見逃すことなく捉え、両手でがっしりと捕獲した。

 しかし左手は止められず頭をわしゃわしゃと撫で始める。


「つまり頭は撫でてもいいと」

「そう言った覚えはないが胸よりマシだ」

「……ははーん? さては胸が弱い――」


 強いも弱いもあるかこんちくしょう。


「――話の続きですけど、これまで薊は五年も姿をくらましていました。協力者がいたことは火を見るよりも明らかです」

「だろうな」

「肝心の協力者だった元支部長以下数名は牢屋の中ですけどね」


 大した興味もなさそうに呟き、どこから取り出したのかフルーツグミを口に含む。


「どうしたんですかそんな物欲しそうな目をして。欲しいならお強請りしてくださいよ」

「……いや、いい」

「そーですか。じゃあ勝手に餌付けしますね」


 天音が差し出すグミが唇と触れ合い、小さく口を開くと中へ放り込まれた。

 弾力のあるリンゴ味のグミを舌で転がしていると、天音が話を再開する。


「彼の思想は『呪術師は人の上に立つべきである』という呪術師上位のもの。それだけならよかったのですが、いつしか呪いで心まで歪んでしまったみたいです。気づいた時には手の打ちようがなく、他の追跡を振り切って行方不明」

「それだけ聞けば呪いの被害者とも思えるけど」

「元々の性根がそうなんでしょうね。はるはるが根っからの善であろうとするように、薊の根は悪だった。違いはそれだけでしょう」


 呪いは使えば使うほど使用者への影響が大きくなる。

 抗うのは本人の思考であり、意思。

 俺の場合は他人には無害なデメリットなこともあって半ば放置を決め込んでいるが、人によってはカウンセリングが必要なこともある。

 それを怠っていたか、あるいは……。


「同情なんてしないでください。薊はもう何人も呪術師を殺しています。れっきとした殺人犯、情状酌量の余地はありません」

「……だとしても、呪いで不幸になっていることに変わりはないだろ」

「はるはるらしい答えですね。でも、もし陽菜ちゃんが薊に殺されようとしている時も同じ言葉を言えますか?」

「……少なくとも、そういう考えは持っておきたいって話だよ。当たり前だけど陽菜は大切だし、絶対に助けるけど」

「正義のヒーローですね。それでこそはるはるって感じですけど」


 違う、俺はヒーローなんかじゃない。

 自分勝手に手を伸ばして、自己満足のために誰かを助ける。

 自分の価値基準を押し付けているだけだ。


 それでも、もし。

 生きててよかったと思ってくれたなら、俺の行いが間違っていなかったのだという道標になる。


「まあ、何はともあれ気をつけて下さい。今後どんな輩が襲撃を仕掛けてくるかなんて考えればキリがないです」

「そうだ、そのことで頼みがある」

「訓練室を使わせてくれってことならもう取ってありますよ」

「……それも読んでたってか?」

「何年一緒に仕事してると思ってるんですか。食べ物の好き嫌いから特殊性癖まで網羅していますよ当然じゃないですか」

「頼むから虚偽妄言を言いふらすなよ?」

「つまり事実なら良いと。言質ありがとうございます♪」


 しくった。


「じゃ、ボクはそろそろお暇しますね。あ、ボクも最後に一つ聞いていいです?」

「なんだ」

「呪障治療の時に胸を触られて喘いでたってホントなんで――や、なんでもないです」


 怯えたように撤回する天音に、ふと首を傾げて笑いかける。

『それ以上言ったらわかるよね?』と言外の心意を込めながら。


 ……紛れもない事実だけど。

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