第7話 『私』



 待つこと数十分で通された店内は、ログハウスのような落ち着いた内装だった。

 自然のままを活かした木目が美しい床と壁。

 内部は金属製の部品を使わずに組み上げられている。


 配置されているテーブルや椅子に至っても角が丸く加工されていて、柔らかい印象を感じられた。

 店内の空気を循環させるため天井でくるくると回り続けるシーリングファン。


 ほんのりと漂う甘い香りと歓談を楽しみながら思い思いのパンケーキを食べる人の姿。

 9割方が女性で、数少ない男性は少々肩身が狭そうに見えた。


 気持ちはわかるぞ……陽菜に散々連れ回されたことがあるからな。

 しかし、今の俺は外見だけなら少女そのもの。

 故に死角は存在しない……!


「何にする?」

「うーん……」

「こうも種類が多いと目移りしてしまいますね」


 美味しそうな写真付きのメニューへ目を通す。

 オーソドックスなメープルシロップとバターのみのものから、山のように生クリームが乗ったもの。

 フルーツのトッピングや季節限定の商品もあるらしく、海涼が言う通り迷ってしまうな。


「陽菜は桃のやつにするねー」

「私はメープルで」

「じゃあ栗のやつにしようかな」


 限定に釣られたとかじゃないからな。

 注文して待っている間、周囲から視線を感じた。

 男の頃のソレとは似て非なるもの。


「……陽菜、なんか見られてないか?」

「そーだね。はるちゃん可愛いから」

「間違いないかと」

「そのTシャツ着た海涼が言うと説得力があるな」


 なにせ「可愛いは正義」である。

 俺はともかく、陽菜と海涼は掛け値なしに可愛いのだから。

 そこに俺みたいなのが混じってれば視線を集めても仕方ないか。

 悪意は感じられないので無視で問題ないだろう。


「あ、はるちゃん。今更だけど言葉遣いには気をつけてね」

「……?」

「先輩くらいの女の子が『俺』なんて言ってたら驚かれます」


 周囲に聞こえないように小声で言われ、遅まきながら気づく。

 この外見で『俺』は確かにないな。

 僕……とも違うし、やっぱり私がベターか。

 堅苦しい場面では使ってたし変ではないだろう。


「――わかったよ。外では私でいく」

「はるちゃんが自分のことを私って言ってるの新鮮かも」

「いいと思いますよ、先輩」


 二人からのお墨付きが得られたところで頼んでいたスイーツ寄りの昼食が運ばれてきた。

 いただきますと手を合わせ、凭れるように積み重なった拳大の厚いパンケーキへナイフを通す。


 きつね色の表面、立ち上る甘い香りが空いていた腹を刺激した。

 一口大に切り分けてマロンソースを絡め、生クリームも付けて――


「――んまっ」


 口の中に芳醇な栗の風味が花が開いたかのように、ふわりと広がった。

 もちもちとしたパンケーキの生地にも栗を砕いたものが練り込まれているようだ。


 甘さ控えめの生クリームとマロンソースの相性も良く、手が止まらなくなってしまう魅惑的な味。

 内心で舌鼓を打っていると、他の二人も同じように表情を綻ばせているところだった。


「美味しいっ、桃の甘さとパンケーキが絶妙なハーモニーを奏でているよ!」

「同意です。シンプルイズベストです」


 陽菜はどこぞの食リポのような言葉で褒め称え、海涼も静かに二口目を小さな口へと運んだ。

 俺も二人に習って食べ進めていると、


「はるちゃんのも少し貰っていい?」

「いいけど……」

「やったっ!」


 横合いから入ったフォークが切り分けたパンケーキへ刺さり、マロングラッセと生クリームもトッピングしたものが陽菜の口へ運ばれた。

 両目を見開き、もぐもぐと口が動く。

 やがて嚥下した陽菜が満足気に笑って、自分が頼んだ桃のパンケーキを切り分け、


「――あーん」


 俺の前へと差し出してきた。

 食えってこと? 俺が?

 そんなじーっと見られても困るんだけど。

 海涼にも見られてるし、どうすんだよこれ。


「……食べないの?」


 悲しげな声音、下がる目尻。

 そりゃ反則だって……。

 悲しい顔はさせたくない。

 意を決して口を開くと、ぱぁっと雲が晴れたように陽菜の表情が明るくなった。


 舌に乗るパンケーキの重さ、優しく広がる桃の爽やかな風味。

 瑞々しい果肉はよく熟していて甘く柔らかい。


「こりゃ美味しいな」

「でしょ?」


 得意げに賛同する陽菜。

 余韻を味わっていると、今度は前方からパンケーキを刺したフォークが突き出された。

 差出人は対面に座る海涼。


「先輩、交換しましょう。先輩のも食べてみたいです」

「海涼もか……ほれ」


 陽菜と同じやり取りをしたことで何も考えずに海涼のパンケーキを一口頂き、こちらもお返しする。

 うん、シンプルなのは当然美味いな。


「海涼ちゃん、陽菜とも交換っ」

「いいですよ」


 はしゃぐ陽菜と海涼が一緒になると歳上がどっちかわからなくなるな。

 横目で二人の様子を眺めながら残り少なくなったパンケーキを食べ進める。


 始めは多いかなと思っていたのに意外と食べれてしまった。

 それに前よりも甘いものを好んでいるような気がするのだ。

 身体が変わった影響がこんな所にも現れるとは……ちょっと注意が必要かもしれない。

 自分の身体のことはきっちり把握しておかねば後で痛い目を見る。


「考え事ですか?」

「陽菜が相談に乗ろうか?」

「二人揃って心を読むな」

「先輩はわかりやすいので心を読む必要なんてありません」

「読めないとは言わないのな……」

「流石に心は読めないかなぁ」


 もうなんでもありだよ海涼さん。

 陽菜は否定してるけど貴女の勘も相当だからね?

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