第2話 バズれモコちゃん!

 いつしかわたしは、すっかり疲れ切ってしまいました。


 苦肉の策としてひいおじいちゃんが紹介してくれたオーディションに応募しては落ちまくり、それでもタレントになるためのレッスンやセミナーに参加する毎日。正直何か違うと言う想いが次第に拭いきれなくなっていました。


 だって、こうした生活をしている人たちは、有名になれる明日を夢見て日々、きらきらしている人たちです。常に地獄の最下層のようなテンションにいるわたしとは、対極のモチベーションの人たちではないですか。


(なんでわたし、こんなことしてるんだろう…?)


 わたしはすべてが嫌になりました。今の生活のすべてを棄て、夜の公園をさ迷い歩くようになったのです。


 皆さんはご存じか分かりませんがゾンビの特権として、頭まで土に埋まれる、と言うのがあります。究極の引きこもりの形と当時のわたしは、呼んでいました。冷たい土の中って静かで落ち着くのです。後始末大変だけど。


 そう言えば家から少し離れた公園に、何も植わっていない花壇がありました。土だけ耕してあるので、もこもこで埋まるとやけに気持ちがいいのです。


 昼間やると通報されそうなので、誰もいない真夜中を狙ってわたしは、その公園の土に埋まっていました。こうしていると、世の中のすべての嫌なことを忘れてしまえそうです。こうしていると、


(ゾンビに向いてる人って、本当は今のわたしみたいな人なんじゃないか…)


 とすら、思えてきます。


 そう言えばオーディションに行くといつも、「なんか違うんだよなあ」と言われたのを思い出しました。でもわたしは、思っていました。


 今、世間がゾンビに求めているものって結局、『別にゾンビじゃなくてもいいもの』なんじゃないかって。だったら、すべてがめんどいです。人に求められても求められなくても、どうせゾンビはゾンビでしかないのなら、ゾンビらしく生きればいいじゃんと。


 あー土に埋まるの最高です。このまがまがしい身体と土の相性って、中華麺とスープみたいに切っても離せないものですね。


 と、わたしが人外の悦楽に浸っている午前三時、途端に人の気配がしました。なんだろう、と思って土の中で様子をうかがっていると、騒がしい男の人たちの声です。夜中の三時に、


「けしからん!…まったくここら辺のガキはどうしょーもない!」

「昼間公園で遊ぶなんてもっての外だ!家で勉強してろ!」


 と、ぶつくさ言い合っているのです。いや、どっちかと言うと、あんたらの方がけしからんだろ。


「そもそも、こんなところに花壇があるから、子供が集まるんだ。主婦どもが何時間もだべりやがって。おちおち昼寝もしてられん」

「そうだ!こんな花壇かだん!土をみんなかき出しちまえ!」


 ジャージにジャンパー姿のおっさんたちは手に手に、スコップを持っています。どうやらこの花壇の土をみんな、かきだしてしまおうとしているようです。もちろん犯罪です。こいつら、最近流行りの自主警察と言うやつです。道理でこの花壇には花が植えられる気配もなく、日中から人気ひとけがないわけです。


(こいつら…許せない!)


 わたしの中に突然、地獄の業火のような怒りが湧き上がってきました。こんな身勝手な正義を振りかざす連中のせいで、みんなのささやかな心の平安が台無しにされているのです。ここはびしっ!と言ってやらなきゃ。


 連中がスコップを振り上げたときです。わたしは、思い切って土から飛び出しました。もこもこもこ。急に湧き上がった何かに、さすがにおっさんたちは動揺し、スコップを持ったまま後ずさりました。もうこっちは、後先なんて考えてません。怒りのままに、声を上げました。


「おまーーーらこそッ、人の迷惑考えろッ!いい大人がこんな時間に公園で騒いでるんじゃねええええッ!」


 わたしの剣幕に二人は尻もちをつき、顔面蒼白です。

「「なっ…なんだお前!こっ、こんなとこで何やってんだ!?」」

 二人の声がユニゾンになりました。

「通りすがりのゾンビだよ!お前らこそ、昼間うだうだ寝てんじゃねえええ!だから夜中、ろくなこと考えないんだよ!通報するぞ!」


 わたしは土の払ったスマホの画面を見せて言いました。言い切ってやりました。気持ちよかったです。

 しかしここで二人が泡を喰って逃げ去れば、話はここで済みました。問題はわたしが、ゾンビだけどやっぱり十六歳の小娘だと言うことです。おどしで一発、二人は尻餅ついてびびりましたが、さすがにそう上手くは行きません。


「なんだおめー近頃流行りのゾンビか!しかも高校生じゃねえか!夜中にこんな公園で遊んでやがって!お前こそ、家に帰って勉強しろ!」

「お前になんかなあ、びびりゃしねえんだこっちは!ゾンビなんて珍しくもねえんだからな!こいつを喰らえッ!」


 と言ってもう一人が出したのは、スプレー式の『ゾンビキラー』です。この手のタイプのものはホームセンターには売ってませんが、最近は便利な世の中になりました。迷惑ゾンビ撃退用にネット通販で出回っているのです。


「ひどいっ、そんなものを!あんたらそれでも大人か!?」

「大人気があったらこんな時間にこんなところにいるか!成仏しろ!」


 元も子もないことを言いながら、相手はスプレーを容赦なく噴霧ふんむしてきました。なんと言うことでしょう。わたしのゾンビ人生も、ここで終わりです。永遠の命を持ちながらなんてあっけないのでしょう。ひいおじいちゃん、お母さん、お父さん。先立つ不孝をお許しください。こんな身体に生みやがって!


「ぎゃあああ…成仏する!溶ける!」

「いや、溶けるタイプのやつじゃないから」


 用法容量を読みながらおっちゃんが解説します。もう一人はスマホを持って、にやにや動画を撮影してます。ゾンビ退治としてSNSにアップするつもりでしょう。なんて悪趣味な。しかし、


「あれ…?」


 どう言うことでしょう。なぜか何ともないです。ゴキブリ退治のスプレーみたいな嫌な臭いはしますが、最悪ですが、別に成仏はしません。


「おっちゃん、効かないけど」

「どうしてだ…?量が足りないのか…?」

 スプレー缶をかしゃかしゃ振りながら、おっちゃんも首を傾げます。


 でも、そう言うことではありませんでした。このとき一人だけ、気づいていた人がいます。スマホを持ったもう一人のおっちゃんです。


「ぎゃっ」


 と、おっちゃんは、踏みつぶされたカエルみたいな声を出しました。肝をつぶしたと言うのはこんな感じでしょう。でも、それでもスマホを手放さないのは大したもんです。


「おい、変な声出すんじゃねえよ。どうした?」

「おっ、おまっ…!う、後ろッ!見ろ!後ろ!」


 スマホのおっちゃんが指をさすのはわたしの背後です。スプレーのおっちゃんとわたしは、何気なく振り返って驚きました。


 なんとそこに、真っ黒い大きな影が伸びていたのです。公園の街灯がこっちを照らしてましたから影が伸びているのかなあと思いましたが、そんな規模ではありません。背後数十メートル四方を覆い尽くす勢いです。


「わっ、何をする!?」


 スプレーのおっちゃんの声が上がりました。なんとその手から、スプレーがもぎとられて宙に持ち上がるところだったのです。まるで見えない何かの力がおっちゃんから、無理やりそれを剥ぎ取っていったようでした。


 その得体の知れない何かはスチール製のそのスプレー缶を手の中で爆発させてから、くしゃくしゃに揉みつぶして、おっちゃんの顔にぶつけてきました。


「ひっ!ひいいい…そうか!分かったぞ。お前っ、ただのゾンビじゃないな!?」

「え…?」


 言われてもすぐにぴんと来ませんでしたが、どうやらわたしの力のようです。なぜなら、その黒い巨大な影はわたしに寄り添うように伸びていたからです。


 いや、しかもそれはよく見ると影ではありません。『闇』でした。夜の闇をも真っ黒に塗りつぶすような『暗黒』が、わたしの中から飛び出てきたのです。それはまがまがしいヤギの頭を持っていました。


「ふっ…ふふふっ、小娘と侮ったのがお前たちの運の尽きだ」


 わたしはそれらしい声を作って、言ってみました。声優のオーディションを受けたときのボイトレが効果を発揮しました。


うぬらには目覚めた我の最初の生贄いけにえになってもらうぞ」


 おっちゃんたちは悲鳴すら上げず、スッ転びながら逃げていきました。


 結論から言いましょう。

 わたし、どうやら、ゾンビではなかったようなのです。

 道理でオーディションに受からなかったわけです。どうしてもぴんと来ない理由がやっとわかりました。同じ闇の眷属でも、不老不死と言うのは、ざらにいるわけで。


 次の日すぐに、わたしはゾンビアイドルをやめました。しかし、活動自体は辞める必要はありませんでした。こんなわたしにも、ついにバズるときがやってきたのですから。


 なんとスマホのおっちゃんが撮った動画が、大炎上したのです。まーよく最後まであれを撮っていたと思います。ゾンビどころか得体の知れない怪物クリーチャーのわたしは『魔王爆誕』とネットで祭り上げられ、唯一無二の魔王アイドルとして迎え入れられたのでした。


 この業界、ゾンビはざらにいますが、わたしみたいな分類不能の怪物は初めてらしくて、色んなお仕事が一気に舞い込んでくるようになりました。


 人生(なんてとっくに終わってるけど)何がきっかけでどう転ぶかなんて誰にも分かりません。



「ついにやったわね、喪子。…虚ろなる位相アストラル・ソローとして、わたしが顕現させた肉のある実体の封印を解放し、門として鍵たる異なる魔の位相を同在させたわね」

「は?お母さんなんの話それ」

「いいのよ、こっちの話」

 お母さんの言動は、やっぱり不可解です。


「それよりよくやったわね。お母さん、あなたのことをずっと信じていたわ」

 お母さんはわたしがゾンビ以外の何かだったと言われても、まったく動じません。

「でもお母さん。わたしって、じゃあいったい何?どうやって生まれてきたの?」

 子供として当然の疑問をぶつけても、お母さんは動じません。

「そんなことどうでもいいじゃないの。ようは子供って言うのは、やがて一人で食べて行けるようになれば、親はなんでもいいのよ」

 うちのお母さんの言動はおかしいままです。でも、こんなとき動じない親って本当にありがたいです。


 一時期は冥界の闇のようにどん底だったわたしですが、もう元気です。

 人間離れした魔少女として朝ドラに出演を果たした今は、CGなしで海外映画への出演が決まっています。お母さんに作ってもらった不吉なあの衣装も、とても似合ってきて毎日着ています。その気になってくると得体の知れない力がどんどん湧いてきて、これから何でも出来そうです。


 でもただ一つ、困っていることがあります。

 余計な理屈は抜きで、土に埋まるのがやめられないのです。オフの日は人気がないのを見計らってあの公園の花壇にいまだに出没しているのです。


 あー土に埋まるのってやっぱり最高。

 でも、思うのです。こんなに土に埋まるのが大好きなわたしがゾンビじゃなかったら、一体わたしはどんな怪物クリーチャーなのでしょうか?


 その答えは今も、魔界の風に吹かれています。



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いってよき!モコちゃん★ 橋本ちかげ @Chikage-Hashimoto

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