幕間 忘れえぬ記憶

「ねぇ、何してるの?」

 その少年に声をかけられた時、慶太は散らばったプリントを集めているところだった。中には踏み潰されたのか、黒くよごれが付いている。

 その少年には見覚えがあった。隣のクラスの優等生ゆうとうせいだ。曲がったことが大嫌いな熱血漢ねっけつかん。慶太とは程遠い人物だと思った。

「えっと……こ、転んでプリントばらまいちゃって……」

 苦し紛れの言葉にも、彼は納得なっとくしないようだった。

「キミ、小杉慶太くん?」

「え、あ……そうだけど」

「やっぱりね」と一人言ひとりごとを言うと、彼は慶太のプリント拾いを手伝いだした。

「い、いいよ! おれ一人で出来るから!」

「俺がやりたいからやってるだけ。だから気にしないで」

 気にしないでと言われても、とても気になる。もしこの場面を『彼ら』に見つかってしまったら、次のターゲットは彼かもしれない。

「あ、あの、」

「俺がイジメの対象たいしょうになるかが不安なんだ」

 見透みすかされているように明るい声に、思わず「当たり前だよっ」と強めの声が出た。こんな時に大きな声が出るのは珍しく、恥ずかしさから慶太は俯いてしまった。下を向いた慶太の頭上ずじょうから、耐えきれないと言ったばかりの笑い声が聞こえた。思わず顔を上げると、少年は隠すこともなく、ケタケタと声を上げて笑う。

「じゃあ、俺がいじめられたら、いじめられっ子同盟でも作ろっか」

「え?」

「ほら、同じいじめられっ子同士、話盛り上がりそーじゃん」

 とんでもない提案だ。

 だが、そのとんでもない提案に、心躍こころおどる自分がいたのも確かだった。


 あかね色に染まる教室で、密かに行われる反逆劇。夢でいい。妄想でいい。空想で良い。

 話をする分には、ただなのだから。





「……ただいま」

「おかえり、慶太。今日は随分と遅かったな」

「散策してた」

「そうか。楽しかったか?」

「……まぁまぁ」

 祖父は必ず、慶太のことを聞く。それは仕方のないことなので、特別不満はない。祖父がどう考えているのかは知らないけれど。こんな子供をよこして、とでも思っているのだろうか。他人の心を読むことなんて出来ない慶太は、他人の考えそうな内容を想像することくらいが精一杯せいいっぱいだ。

 ふと、今日行った空想博物館のことを思う。祖父母に言っていいのかどうか分からない。主は「久方ぶりのお客人」と言っていた。と、言うことは、普段は人が入らない場所なのだろう。それを考えると、二人に話す気にもなれず、夕飯を食べて自室とあてがわれた部屋に入った。

 適当てきとうに何も書いていないノートを引っ張ってきて、今日のことを書き始めた。

 空想博物館、ピクシー、シルフィード、ノーム、サラマンダー、アルラウネ、雪虫にスネグーラチカ。知らない生き物ばかりだった。でも、ドキドキとした気持ちは今なお慶太の心に熱く残っている。

 また来ていいと主は言った。では、明日行っても問題はないだろうか。今度はどんな幻想生物が見れるのだろうか。

 興奮こうふん冷めやらないまま、慶太は布団に入った。

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空想博物館 月野 白蝶 @Saiga_Kouren000

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