8 「奴隷抱き枕」と幸せの「手触り」

8-1 俺を抱き枕扱いすんな

 こそこそした声に、目が覚めた。部屋は真っ暗。まだ夜中だ。


 俺は床に横たわっている。ベッドにはティラと古海、ソファーベッドにはゲストの野花、定位置を譲ったミントはソファーで寝ている。声はベッドからだ。


「ねえ、ティラったら。ねえ」


 小声で、古海がティラを揺すぶっている。起きない。満月に照らされたティラの額からは冷や汗が垂れている。眉を寄せまぶたを固くつぶり、苦しげに唸っている。


「直哉……」


 古海が気づいた。


「ティラが……」

「またうなされてるのか」

「うん。今日はひどいわ」

「どけっ」

「あっちょっと」


 古海を邪険にベッドから払い落とした。体を滑り込ませる。ブランケットの中はティラの熱と汗でむっとしている。最近ではもっぱらナイトウェア的に利用されている天使服は、すっかり濡れてしまっていた。


「ティラ……」


 首の下に左腕を回すと肩を抱き、ぐっと引き寄せた。胸の上に頭を乗せ、右手で背中をゆっくりさすってやる。ティラは苦しげに唸っている。


「ティラ……。落ち着け。全部夢だ」

「夢……」


 夢うつつで、ティラが呟く。


「お前は消えやしない。守護天使になるんだ」

「守護……天使」

「そうだ」

「そう……。それで……護って……あの……三人……」

「お前は天魔に勝つ。俺が護ってやるからな」

「直……哉……」


 アクが抜けるように、ティラの表情から恐怖と憂いが薄らいだ。次第に呼吸が落ち着き、優しい顔つきに戻ってゆく。どこまでも無邪気で明るい、いつものティラに。そのうちすうすう寝息を立て始めた。


「よしよし……いい子だ」


 俺はゆっくり背中を撫で続けた。


「……あんた上手ね」


 脇に立つ古海が、ぽつりと言った。


「何度もあやしてるうちに、なんだか慣れちゃってな」


 撫で続けながら、直哉が苦笑する。


「頼もしい乳母ね、まるで。……まっ仕方ないか」


 古海は腕を腰に当てた。


「今晩はあんたがそうして寝かしつけるしかなさそうだし。……ほら、もっと詰めなさいよ」

「へっ?」

「あたりまえじゃない。あたしの寝る場所、空けてくれないと」

「お前は床に寝ろよ」

「嫌よ。ほらっ」


 むりやり入り込んできた。なんとか詰めてやる。横から古海が抱きついてきた。俺の背に腕を回し胴を横抱きにして足を乗せ、肩に唇を着けている。


「抱きつくなっての」

「仕方ないでしょ。狭いんだから。あんまりしゃべらないでよ。くすぐったいじゃない」

「抱き枕じゃないんだからさ」

「だから話さないでって。……そもそもあんたは奴隷なんだから、ご主人様の抱き枕は本望でしょ。静かに枕になりきりなさい」

「んなこと言ったってよ」

「うるさい。もう寝る」

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