7-3 野花・ザ・テンネンw

 その日から、野花はちょくちょくアパートに顔を出すようになった。それも、不思議なことに俺に会いに来るだけが目的という雰囲気でもない。


 実際、俺が放課後に説教食らって帰宅が遅れたときとか、ティラや古海となにか秘密の話をしていたりする。説教聞かされ続けて頭ガンガンする状態で部屋に入ると、女どもが顔を見合わせてくすくす笑い、なにか耳打ちし合ったり。


 自宅だというのに、なんやら知らんがいたたまれない気持ちになったりしてな。


 妹のしおんからは、「そう言えば、野花のお姉ちゃんに会った」とか、間抜けな後日報告が来た。「もっと早く言え、このハゲ」とメールしようとして思い返し、「のんちゃんは、この間来ました。驚きました。それからちょくちょく会っています」とか、当たり障りのない小学生の日記のようなメールを送っておいた。


 こうして出入りするようになって俺にもわかったんだが、ティラや古海の話を、どうやら野花は全然信じていないようだ。


 一度ふたりでドーナツ屋に寄ったとき、「なおくんのガールフレンド、全員かわいいけれど、ちょっと『残念』よね。——ああいうの、『厨二病』って言うんでしょう」とか話していた。「厨二病」という定義を、思いっ切り勘違いしてやがるな、これw


 それやこれや、のんびりした校風のお嬢様学校に通うだけあり、野花のほうがなんだかいろいろずれている。客観的に外側から見れば、自称「天使」のニートやネクロマンサーと言い張る中学生、さらには家出っ子らしい謎の少女と、俺は謎のブチ抜き部屋で同棲してることになる。


 そのことについては、両親の離婚で荒んだ俺(笑える設定w)の元に、同じように心に傷を持つ子が吹き溜まっているのだと理解しているみたいだぞこれ。


 野花は、俺と女子たちの間に男女関係がないことを直感していた。まあ実際ないしな。両親の離婚で荒れた俺の心(笑)や、その残念なガールフレンドを、自分の力でリハビリさせよう——。そう考えてるんじゃないかと思うわ。


 まああいつらしいというかな。


 なんやら知らんが、同級生を二、三人連れてくることもある。野花からあることないこと吹き込まれているようで、女子高生は揃って、ティラの「なりきり天使」ぶりを目にして喜んでるから笑える。


「イタい厨二病のガールフレンド」の中でも、特にミントが気に入ったようだ。アパートで野花の定位置は、ミントの隣。必要なとき以外ほとんど会話に参加しないミントの世話をなにくれとなく焼いて、キャンディーを与えたりしている。


 冥府の使者が「すももアメキャンディー」で頬を膨らませている光景は、なかなかにシュールだ。


 野花はもちろん猫を膝に抱いている。右のポケットからキャンディーを出したあとは、左のポケットから猫のおもちゃを出す。それをすっかり覚えてしまって、野花が左のポケットに手を入れると、猫は首をもたげて、期待ににゃあにゃあ鳴き始める。


 またたび入りの猫じゃらし、誘うように床を照らして猫を走り回させるレーザーポインター……。次々に出てくる猫グッズに、一応飼い主扱いのミントは、無言で感心していた。


 猫はすっかり野花になついてしまい、彼女がアパートを訪れると、ミントを無視してずっと足元につきまとうまでになっている。


「それにしても、猫、すっかりのんちゃんになついたよな」


 野花に背中をこすりつけるトラ猫を見ながら、思わず言っちゃったよ


「俺には全然なつかないのに」

「ふふっ」


 ティラの頬が緩んだ。


「直哉くん、ちょっと怖いもの。野花さんは優しいし」

「俺がか?」

「そうよ。あんた自分がトゲトゲしてるの、わからないんでしょ。猫は敏感なのよ」

「野花のお姉ちゃんは、心が澄んでるの」


 珍しくミントが口を挟んだ。


「だからケルちゃんはお姉ちゃんが好き。そしてミントも」

「はあ、天使から見ても、そう思いますねえ」

「やだみんなして」


 照れくさそうに微笑んだ。


「なおくんは優しいよ。猫ちゃんには、まだそれがわからないんじゃないの。……あら?」


 猫を抱え上げた。首をじっくり観察している。


「この子、普通のトラ猫だと思っていたけれど、首のまわりだけ、変わった模様があるのね」

「気が付かなかったけどねえ……」


 古海が首の毛を梳くように撫でた。


「ほんとだ。渦巻きみたいな形」

「左右対称ですねえ……」


 ティラも感心している。


「なんか狛犬のたてがみみたいだな。唐草模様っぽいというか」


 全員から首筋をいじくり回されて、猫は迷惑そうだ。それでも嫌々触らせている。やっと解放されると部屋の隅まで逃げ、後ろ足で首をかき、舌で舐めて毛並みを整えている。


「アメショーみたいに品種になってるんじゃないの」


 煎餅などかじりつつ、古海は雑誌を読み始めた。


「アメリカンカールっていう品種があるわよ。耳が外側にカールしてる子」


 野花が教えた。さすが猫好き。よく知ってるな。


「『カルちゃん』って呼んでて、そのうち『ケルちゃん』になったんじゃないかな。この子もちょっとだけ、耳の形が特徴的だもの。ほら、長めで狐みたいだし。きっとアメリカンカールの血が混ざってるのよ」


 ――いやそれ、この世の生き物じゃないだろ。


 思わず脳内でツッコむ。


 ――多分猫又とかの妖怪だと思うけどなあ……。ティラの奴、なにうんうん同意してるんだよ。お前だって死後の世界に詳しいくせに。天然が加速してるじゃんか。

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