3-3 残念ネクロマンサー、成功体験は「三匹」w

「要するに、この俺に、お前の奴隷になれってことか」


 延々続いたたわごとのような主張に、俺は頭が痛くなった。


「そうよ。あんた死んでるんだから当然でしょ」


 粭島古海すくもじまふるみと名乗った少女は、我が意を得たりと頷いた。服を買いに行けなくなったティラはふてくされて、百円ケーキ十個をひとりで抱えてやけ食いしている。


「あたしに使われるなんて、死体にしては超名誉よ。粭島の一族はもともと陰陽師だし、ネクロマンサーの名家だもの。死体にとっても、いいことでしょ。生き返りこそできないものの、動けるようにはなるんだし。お父さんもお母さんも、それはそれはたくさんの死体を使役したもんだわ」

「ネクロマンサーって、死体をゾンビにして操る魔法使いだか錬金術師だかだろ。親はいいとして、お前は何人使役してきたんだよ」


 古海はツンと横を向いた。


「……三匹よ」

「匹?」

「カマキリが一匹と、コオロギと。あとカエルが一匹。でもカエルってバカにしないでよね。けっこう使役寿命長いんだから。蚊とか蝿とか食べてくれて、ケロちゃんはすっごく有能だったんだからね」


 出された茶をぐいっと飲むと、古海は続けた。


「ねっ優秀でしょ。お父さんだってほめてたもん。あたしは術をすっかり極めたから、もうネクロマンサーの道はあきら……卒業にして、普通のお嫁さんになれって」

「人間の蘇生は?」

「まだ早いってお父さんが。その前に犬猫だろって」

「試さなかったのかよ犬猫」

「た……試したわよ。当然でしょ。名家なんだからっ」


 頬に赤みが差した。


「せ、成功はしたわよ、多分……。だって一応生き返ったもの。ただ『猫でないなにか』になっちゃって、そのまま山に逃げちゃったり。それからその山で、よく行方不明が出るわ。あと、ワンちゃんは『犬でないなにか』になって闇に消えたりとか」

「なんだよその『なにか』攻め。そんなレベルなのにヘンな術かけられて『人ではないなにか』にさせられるなんて、嫌なこった」

「だっ大丈夫よ。だってあんた、死体なのに意識があって動けるし。話せばわかる便利な死体なんだから、初めてまともにネクロマンシーに成功する、絶好のというか唯一のチャンスだわ。さっき街角であんた見かけたとき、胸がキュンと鳴ったもの。『わあー素敵な死体さんだあー』って。初恋よあたしの。名誉に思いなさい」

「死体に初恋とか」


 俺の苦笑いを無視して続けた。


「『死んでない死者』って話だけは聞いてたけど、本当にいるなんて。しかも間抜けっぽい高校生だから使いやすいし。あたし、超ラッキー。これでもう、いとこのケンちゃんにだってバカにされないもん」

「いとこのケンちゃんねえ……」


 直哉は息を深く吐いた。


「ティラ、お前、ネクロマンサーって知ってるか」


 ケーキも六個めに入り、おおむね機嫌が直りつつあるティラは、フォークを置いた。


「知ってるよ。死後の世界って、昨日話したように多様なんです。地獄極楽、冥府冥界、それに魔界に天界。別のレイヤーがいっぱいあって入り乱れてるの。こうした多様な死後世界から揺らぎ、つまりカオス数学の言う予測不確実性の網の目を潜り抜けて『死』に別の意味を与える。それがネクロマンシー。死を冒涜するものだって嫌う人もいるけれど、天界ではそれなりに支持者もいるんですよ」

「そうよ。カカオの不確実性よ。チョコレート理論ね。――この子、よく知ってるじゃない。……あんた誰?」

「天使だ。俺を昇天させるために降臨した」

「てっ天使? そんなものいるわけないじゃないの。オカルトじゃないんだから」


 目を見開いている。


「ネクロマンシーのがよっぽどオカルトだがな」

「正確に言うと、守護天使ね、私。まああなた同様、見習いだけれど」

「あたしは見習いじゃないもん。もう三匹使役したし」

「もういいよ、そのサルカニ合戦みたいな自慢」

「どうでもいいけど、昇天は困るわ。そうしたら、あんたただの死体になって、あたしの腕だと絶対蘇らせられないもの」

「なんだ。結局、自分の腕のレベル、よく知ってるんだな」

「うるさいっ」

「とにかくよ。あんたに協力してもらえないと術式の成功はおぼつかないんだから、今すぐは諦めるわ。一緒に生活すれば、あたしのことがわかってきて、『ああ、これだったら俺、ゾンビになってもいいなあ』って思うに違いないわ」

「思うかなあ……」


 考えてみた。ヒャクパー、ありえんw


「思うわよ」

「一緒に生活って、同棲したいわけ? 俺と。いいよ俺は。もちろんエッチ込みだけどな」

「なっなに言ってんのよ、あんた。中学生が同棲なんてできるわけないでしょ」


 耳まで赤くなっている。


「たっただ毎日会って話したり、ご飯食べたり……そういうことよ。たまには泊まり込んでもいいけど。ネクロマンシーの修行って言えば、許してもらえるし」

「なら今晩泊まってけ」

「泊まってもいいけど、エッチはなしよ、もちろん」

「えーっ……」

「なによその嫌そうな顔。死体のくせに生意気に。あんたがあたしの術にかかって下僕になれば……そっその。た、たまには考えてあげてもいいわ。使役に応えたご褒美……というか……」

「ご主人様、私はあなたのしもべです」


 飛びつこうとしたが、思いっ切りグーパンされた。


「術をかけてからって言ったでしょ」

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