2-3 俺の修行計画、「朝九時起床。二度寝。遊ぶ」

「はあ、幼稚な考えかと」


 一目散にアパートに駆け戻った俺が、鼻の穴を広げて興奮気味に「発見」を説明すると、ティラに一蹴された。留守の間、天使服のまま雑誌など見ていたようだ。


「なんでだよ。なくなる世界で勉強しても意味ないだろ」

「そこだけ見れば、そのとおり。でも成仏した後の行き先が違ってくるもん」

「行き先?」

「そう。女の子天国行きたいんでしょ」

「もちろん」

「なら善行して功徳を積まないと。自堕落に遊んでいたら、例の地獄に落ちるのは確定。……いえ、もっとひどいところに配属されるかも」


 俺は例のナイフ地獄を思い浮かべた。


「おいおい勘弁すれや。あんなとこもう一秒だってゴメンだ。だってあそこに永遠に閉じ込められるんだろ。恐ろしさのあまり、昨日ひと晩で二キロも痩せたぞ、俺。『地獄ダイエット』とかカンベン」

「何百年も責め続けられるんですよ。なにかの幸運で転生できるまでは」

「それは……てか、それだけは困る」


 諦めて、まともに検討することにした。それしか手はなさそうだ。


「……なあティラ」

「なあに、お兄ちゃん」

「悪趣味な天使だな。お前」

「てへっ」

「もう降参だよ。教えてくれ。どうやったら俺は美少女天国に行けるんだ?」

「女の子天国が、いつの間にか『美少女天国』に格上げになってるし」


 あきれたような笑みを浮べている。


「まあいいか。いい傾向だし。……まず基本から話すけど、煩悩を高度に抹消していけば、それが功徳にもなるので、天国が見えてくるというか」


 なんだ。やっぱ煩悩を我慢すればいいのか。問題は、エロ方面を我慢するのが辛いってことだけだな。


「なるほど。一日一善とかはいらないわけだ」

「ええ。そりゃしたほうがいいのも確かだけどね。――煩悩はいくつあるか知ってる?」

「百八つだろ。除夜の鐘と同じで」

「考え方で全然違うの。百八つだけでなく、六万とか」

「六万! この世から争いがなくならないわけだな」

「ただまとめちゃうと、煩悩はだいたい三種類かな。ざっくり言えば、貪欲、無知、わがままです」

「ということは……」

「克服するには、勉強、節制、自制ですね」

「うっ……」(やりたくないことばっかじゃんか)

「冷や汗かいてる」


 ドン引き気味の瞳で見つめられた。


「だってやりたくないじゃん」

「時間割考えたよ」


 ティラが学校のプリントを裏返した。留守中に作ったんだろうが、なにか書いてある。


「読むね。ええっと学校行かない日の場合だけど。朝六時起床。坐禅。おかゆの朝食。七時から十二時まで勉強。おかゆの昼食。十三時から十八時まで勉強。おかゆの夕食。十九時から――」

「てめえふざけんな。監獄だってもっとマシだぞ。貸せっ」


 カキカキ。


「ほら。こうだ」


 書き上がった時間表を、ティラに見せつけた。


「汚い字……」

「黙れ。いいか、朝九時起床。二度寝。おかゆの朝食。十一時から十三時まで勉強。社会勉強がてらファミレスで昼食。十四時から十六時まで煩悩離脱の訓練に、公園でスポーツ。十七時節制と清潔のために風呂。十八時晩飯。十九時から二時まで煩悩制御修行用にゲーム。就寝。――こうだろ」

「うーん。なんだか遊んでいるだけの気が」

「いいんだよ。二日に一日は学校に行くし」

「それだとリュウネンになるんでしょ?」

「なんで知ってるんだよ」

「そのくらいのこと調べてるもん」

「……嫌な奴だな」

「ならまあ、これベースに遊びを削って、適当に対話と見道を入れましょう」

「剣道?」

「見道。智恵によって煩悩を断ち切る修業だよ」

「そうか。ならよくわからないけど、それでいいや」

「いいのね。契約よ」

「えっ……たまには丸一日とか遊び入れような」

「それが条件ね。はい了解しました。今の追加条件で契約完了っと」


 うれしそうに微笑むと、瞳を閉じて手を組み、天を仰いで祈り始めた。


「……なにしてんの」

「上司に報告。無事、死体が騙され……じゃなかった、納得して契約しましたと。クーリングオフはありません。一生拘束されます」


 ……なんか、とてつもなく嫌な予感がするw


「お前、詐欺じゃないだろうな、これ」

「平気平気……。一生といっても、早い話、せいぜい数か月じゃないですか。本来もう死んでるわけで」

「そう言われると、それはそれで傷つく」

「ナイーブなのねえ……」


 ティラは首を傾げた。


「ねえ、それよりお風呂入りたいんだけど」

「風呂?」

「うん。昨日は初日でドタバタしてたから入ってないし、毎日入るのが日課だったので」

「天国で風呂なんか入るのかよ」

「えーとねえ。私がいたところは天国じゃなくって……。説明は面倒なので省くけど、生と死の交通整理をする場所」

「ふーん。閻魔大王みたいだな」

「死後の世界だって、天国と地獄だけじゃないし。冥府とか冥界、それに魔界とか……」

「どんな仕組みなんだよ」

「そのうちねっ」


 ごまかされた。


 まあいいか。そんなんよりもっといい話だし。こいつ、変な時間割なんか作らないで勝手に風呂入ってれば良かったのに。妙なところで律儀だな。


「わかった。じゃあ風呂入ろう。一緒な」

「ウソっ!?」


 ティラが飛び上がった。

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