第30話 再会

「オラァ!」


ハイネが最前線に立って敵を切り倒し、道をこじ開ける。

左右から火球や毒のブレスが吐きかけられるが、アーニュがそれを魔法で防ぎ。

寄って来る敵を王子や親衛隊が蹴散らし進む。


「辿り着いた!」


魔物達を突破し続け、やっと祠へと辿り着いた。

祠は小さなな物で、開けるとすぐに地下へと続く階段がある。

魔王が封印されていたのはその階段の先にある大きな地下空洞だ。


「じゃあ行ってくるわ」


「応、此処は任せな」


ハイネが胸を叩く。

と同時に剣を振るい、襲い掛かって来た魔物を斬り捨てる。


「出来るだけ早めにお願いね」


アーニュは魔法を唱えて、祠の周りに結界を張る。

魔物が侵入しない様にするためだ。


「救世主アリア。どうか御武運を」


「ええ、魔王の奴をぶっ飛ばしてきてやるわ」


王子の言葉に力強く頷き、私は扉が吹き飛ばされてむき出しの祠へと飛び込んだ。


中には光源と呼べるものがなく。真っ暗だった。

だが問題ない。

今の私の瞳は、暗闇を問題なく見通す事が出来るからだ。


急がなければ。


跳ねる様に私は階段を駆け下りていく。

魔物を突破するのに無茶したため、皆は相当疲労していた

そんな状態で内部に魔物が入らない様死守するのだ、そう長くは持たないだろう。

一刻も早く魔王を撃たなければ――魔王の影響で魔物が強くなている為、倒す事で弱体化する――ならない。


私は大きく飛んで、着地する。


目の前には広い空間が広がり、奥からは不快な血の匂いが漂って来る。

私は顔を顰めながらも奥へと進む。


「ようこそ、魔王様の居城へ」


真っ暗闇の中、一人の女性が佇んでいた。

勿論普通の人間ではない。

その三白眼の瞳は赤く輝き、頭部からは醜悪な蛇が生えている。


恐らくメデューサだ。

以前書物で読んだ事がある。

人を石に変える魔物。


「居城ね」


祠の下にある、只だだっ広いだけの空間を彼女は居城という。

突っ込みたい所だが、そんなくだらない問答に時間をかけるつもりはなかった。

私は地を蹴り、一気に間合いを詰めた。


「貴方にはここで死――」


メデューサの瞳が怪しく光る。

だが私はそれよりも早く時を止め、彼女の首を刎ね飛ばした。

力を手に入れる前ならば苦労したかもしれないが、聖剣をその身に宿して以降、私自身の能力も跳ね上がって来ている。

最早この程度の相手に聖剣は必要ない。


「隠れているのは分かっているのよ!出てきなさい!」


天上を見上げて叫ぶ。

姿を消している様だが、腐ったヘドロの様な不快な匂いと邪悪な気配でもろバレだ。

問答無用で魔法を打ち込み倒しても良かったのだが、その魔物からは何故か人の気配が感じられたので、まずは警告しておく。


しかし何だろうか……何だか凄く嫌な予感がする。

ちゃんと正体を見極めなければ。


ドシンと地響きを立てて、強大な肉痕が天井から剥がれるかの様に落ちて来た。

表面には太い血管が浮かび、どくどくと脈打っている。

まるで人間の心臓の様な魔物だ。


「っ!?」


魔物の上部から何かが生えて来る。

それは人の上半身で、私のよく知る顔だった。


「ガルザス……」


「ああん……魔女風情がぁ、様を付けろ。俺は魔王様に仕えるぅ……この世界の支配者となるお方の右腕だぞぉ」


「どう見ても化け物以外の何者でもない今のあんたに、魔女呼ばわりされたはくないわよ」


「へひゃひゃ、そうだったなぁ……救世主だったかぁ?丁度いいなぁ……生きたまま顔を食いちぎりぃ、腸を引きずり出してやるぅ。うひっ、うひひひひひひ」


上半身をくねくねと揺らし、焦点の定まらない瞳でガルザスは楽しげに笑う。

もはやこれは人間とは呼べないだろう。

気配も完全に魔物の物だった。

さっき感じた人の気配は、どうやら勘違いだった様だ。


「落ちるところまで落ちたわね」


ムカつく相手ではあったが、ここまでくるともはや哀れだ。

さっさとこの手で引導を渡してやるとしよう。


「落ちるぅ?ふひひひ、落ちるってのはこういう事を言うんだぞぉ?アリアぁ~」


王子の体――肉痕――が蠢く。

亀裂が走り、その隙間から二人の人間が姿を現した。


「シェキナ!レア!」


クローネ皇国で出会った贄姫レアと、その騎士シェキナの姿がそこにはあった。

醜い肉痕に半分埋もれる形で。


「ひへへへ、どうだぁ?お前の足跡を辿ってぇ、捕まえて来たんだよぉ。俺を攻撃すればぁ、この二人が死ぬ事になるぞぉ。お前にぃ、この二人が殺せるかぁ?ひゃあははははははははははは」


この糞王子。

本当に落ちる所まで落ちやがって。


腹立ちつつも、私は魔法を素早く唱えて二人の体の状態を確認する。

どうやら魔物に変えられている訳ではない様だ。

単純に体の中に取り込まているだけだった。


私はほっと胸を撫でおろす。


「ふへへぇ。助けようと思っても無駄だぞぉ……こいつらの心臓にはぁ、俺の触手を巻き付けてるからなぁ。お前が助けるよりも早くぅ、心臓をぶしゅっだぁ」


たいした問題ではない。

要はガルザスが触手を動かす間もなく触手を断ち切って、救出するばいいだけの事。

今の私にはその力がある。


「ブートデバイス!アガートラーム!」


私は変身する。

流石に変身無しでは安全にとは行かない。

こんな馬鹿の為に無駄な体力を使うのかと思うと泣けて来るが、まあ仕方が無いだろう。


「お……俺を攻撃したらぁ……」


「問題ないわ」


私は時を止める。

そして両手に光の刃を纏わせ飛びあがり、肉に埋もれている二人を周囲の肉ごと素早く削り出す。

繊細にすると時間がかかってしまうので、豪快にやる。

まあ多少肉がへばりつて来て気持ち悪いが、二人の命には代えられない。


そのまま二人を抱えて私は地面に着地した。


「ぎゅぇあああぁぁぁぁぁ!痛いぃ!いたいぃぃぃ!!」


時間を動かすと、腹を裂かれた痛みでガルザスがもだえ苦しむ。

大声で喚く声は五月蠅くて敵わない。


「さて、さよならよ」


私は馬鹿に手を向け、力を籠めた。

掌に聖なる光が凝縮される。

それを見てガルザスが顔色を変え、悲鳴に似た声で懇願を始めだした。


「待ってくれぇ。おれはぁ、魔王に騙されたんだぁ。被害者なんだぁ……だから助けてくれぇ」


「嫌よ」


ノリノリで人の顔を食いちぎるとか言っておいて、そんな言い訳が通る筈もない。

何より彼はもう完全に魔物と化している。

見逃すわけには行かない。


「俺はぁ、本当はお前が好きだったんだぁ……でもお前が冷たくするからぁ……ちょっと虐めてしまっただけなんだよぉ……」


冷たくするも何も、魔女呼ばわりされるまで私は王子と真面に会話した事も無かった訳けだが?

婚約が決まった後も私は聖女の修行で忙しかったし、ガルザスはガルザスで会いに来る事は一度も無かった。


一体何時何処で私に惚れて。

どうやって私に冷たくされたのやら。


「私はあんたとアホなやり取りしてられる程暇じゃないのよ。消えなさい」


魔法を唱える。

私の得意とする魔法だ。


「頼むよぉ……お前を愛しているんだよぉ……」


「寝言は寝てから言いなさい!ジャッジメント・ホーリー」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」


聖なる光が王子の醜い体を包み込み、跡形もなく消滅させる。

外に戻ったら、ガルザスは死んでいたとガラハッド王子には伝えるとしよう。

兄が魔物に変わっていたと伝えるのは、流石に躊躇われる物があるから。


「ピュリフィケーション」


二人を寝かし、神聖魔法で肉片や体内に入り込んでいる触手を浄化で消し去っておく。

大きな外傷はないが、ガルザスの触手に開けられた小さな穴があるのでそれを回復魔法で――


その時、ちくりと背中に痛みが走った。

其方に視線をやると、鎧の隙間に針の様な物が刺さっているのが見える。

そしてその針は――レアの手に握られていた。


「うっ……」


全身を不快感が襲い変身が解ける。

コロンと音が鳴り、私の足元に虹色の宝玉が転がった。


「これって、まさか……聖剣?」


「くくく……上手く行った様だな」


レアがゆっくりと起き上る。

その目は赤く輝いていた。


「魔物化して……いえ違うわ」


彼女の体は魔法で調べた時、間違いなく人間だった。

恐らくは精神が操られているのだろう。


「聖剣との繋がりは絶たせて貰った。もはや貴様は私の脅威ではない」


「くっ……」


二重トラップ。

初めっから人質として救出させた所を、こうするつもりだったのだろう。

あの状態でまさか精神操作までされているとは夢にも思わなかったので、完全に嵌められてしまった。


しかし本人は右腕等と豪語していたが、どうやらガルザスは只の捨て石だった様だ。

子悪党の成れの果てとしては、妥当と言えば妥当だが。

全く哀れな男だ。


「ああ、逃げたいなら逃げても構わんぞ?逃げられるのならな」


逃がしてくれる気は更々無さそうな口調だ。

しかしそれよりも――


「その体でムカつく顔しないでよね!さっさと出て行きなさい!スピリタル・ケア!」


神聖魔法でレアの精神を浄化する。

魔王の意識が半れ、レアは糸の切れた人形の様にその場に倒れ込んだ。

私は念の為、シェキナにも同じ魔法をかけておく。


「ここは……はっ!レア様!」


「大丈夫。彼女は気絶しているだけよ。それよりもシェキナ、此処は危ないからあの階段の付近で待っていて。事情は後で説明するから」


「は、はい」


私は降りて来た階段を指さした。

レアを連れて外に出るのは流石に危険なので、階段の当りで待っていて貰う。

祠の内部にはもう魔王以外の気配は感じないので、恐らく大丈夫だろう。


「上から魔物が入ってくるかもしれないから、気を付けて」


「アリア殿はどうされるのです?」


「ちょっくら魔王をぶっ飛ばしてくるわ」


私は虹色の宝玉を拾い上げ、奥の大扉へと向かう。

聖剣を纏えなくなってしまったのは痛いが、今なら魔王は盛大に油断している事だろう。


上手く行けば――私は手に握る宝玉に目をやる。


その力は失われていない。

あくまでも纏えなくされただけだ。

これならまだ何とかなる筈。


私は無駄に大きく分厚いミスリルの扉を蹴り開け、魔王の元へと向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る