第29話 開戦

魔王の封印はガレーン王国北部、穢れの森の中にある。

いや、正確には森だったが正解だろうか。

木々は枯れ果て、全て朽ちしまって見る影もない。


「うわっ、うじゃうじゃいるわね」


その跡地ともいうべき場所は無数の魔物達に埋め尽くされ、まるで膨らんだ風船の様だった。

少しでもつつけば、弾けて魔物達が襲い掛かって来るのは容易に想像できる。


「数ではこっちの方が上だけど、戦力的には……」


現在、魔物を囲う様に兵力を3分して包囲している最中だ。

その総数約5万。

正直。この兵力で魔物を殲滅するのは難しいだろう


本来、この場にはこの数倍からの兵力が集う予定であった。

だが魔王の完全復活の影響は思ったよりも大きく。

此方の予想を大きく上回る規模の魔物達が、各地で暴れまわっていた。


各国はそれらの対応に兵力を裂く必要があり。

その結果、この決戦の場には本来予定されていた物の半数以下しか兵力が集まっていない。


「一点突破する事になるね」


各指揮官に指令を終えたガラハッド王子と、それに付き合っていたアーニュが戻って来た。

王子が作戦内容を口にする。


先ずは両サイドの部隊が攻撃を仕掛け、一旦引く。

そしてそれを追って敵が両サイドに分かれた所で、この本群で手薄な場所に突撃して祠への道を開くという物だった。


「待たせちまったな」


右翼に向かっていたハイネが返って来た。

右翼はギラーム共和国の軍が――ハイネの恋人であるブレックスさんが配備されている。

最後の別れという訳ではないが――縁起でもないので考えたくもないが――大きな戦いの前という事で、会いに行くよう私が彼女に勧めたのだ。


「そのまま右翼に残っても良かったのよ?」


「冗談だろ?アリアの花道をあたしが切り開かないで誰がやるってんだよ?」


「ありがとう、ハイネ」


この戦い、本体が最も厳しい戦いを強いられる事になる。

何故なら、私を送り込んだ後は魔物を近づかせない様祠を死守する必要もあるからだ。

四方を魔物に囲まれる状態での戦いは熾烈を極めるだろう。


「もっといい作戦があればいいのだが、自分の無能さが恨めしい」


ガラハッド王子は悔しそうに唇を噛む。


「シンプルな戦いですから……王子のせいではないです」


「ありがとう、アーニュ」


本体は全てガレーン王国の兵だけで構成されている。

この国が魔王を復活させてしまっている以上、自国の兵を比較的安全な場所に配置し、他国からの兵を危険な場所に配備する様な真似は許されない。

ガレーン王国はその失態から、多くの民の血を流す事で周囲の国への謝意と誠意を示す必要があるのだ。


「「王子!我ら一同、この戦いに命をかける所存です」」


王子に従う騎士達や、周りの兵士達が声を揃えて剣を掲げる。

此処にいる者達は皆覚悟の決まった者達だ。


「この戦いに殉じてくれた勇敢な勇者達には感謝の言葉も無い。必ず君達の忠節に報いる事を此処に誓おう」


王子達のやり取りを見て、少々申し訳ない気持ちになる。

もしあの時、私が魔王の再封印の際に命を落としてさえいなければこんな事にはならなかったらと思うと……


まあその場合、あのガルザスと結婚させられて分だからあれだが。


うん、兎に角ガルザスが全部悪い。

この戦いが終わったら、あいつを必ず見つけ出して必ず処刑台に送る事を私は心に誓う。


「そろそろ時間だな」


周りに、王子とその取り巻きの親衛隊が集結する。

消耗を避ける為、私は祠に辿り着くまで一切の手出しを禁じられていた。

その間は周りの面子が私をカバーする事になっている。


「強化は一通り終わりました。どうか皆さんに神の御加護が有らん事を」


大神官様の額には玉のような汗が浮かんでいる。

その背後に控えている神官達もそうだ。

万単位の人間に強化魔法をかけたのだから、疲労は相当な物だろう。


銅鑼の音が鳴り響く。

同時に、左右に展開していた軍が雄叫びと共に魔物に突っ込んでいくのが見えた。

魔物達は弾かれたように別れ、左右の軍に向かって襲い掛かる。


戦況は明かに不利。

一瞬で多くの命が散って行くのが、この場からでもはっきりとわかる。

だが決して引く事無く、兵士達は雄々しく戦い続ける。

その命をかけて。


やがて銅鑼がもう一度大きく鳴り響いた。


「行きましょうか」


王子が剣を掲げ、その切っ先を下ろして敵陣へと向けた。

本隊の進軍が始まり、それに合わせ両翼の軍が後退を始める。

どれだけの敵が吊り上げられるかが、この作戦の肝だ。


幸い魔物は単純な物が多く、その大半が戦線を下げる両翼に喰らい付いていく。


だが勿論全ての魔物が喰らい付いた訳ではなく、5分の1程が本隊の動きに気づき此方へと向かって来る。

数としては少ないが、此方に向かって来ているのは知能の高い魔物達だ。

そういった者達は得てして戦闘能力も高い傾向にある。

そう容易く抜く事は出来ないだろう。


「王子!私がぶち抜きます!」


そう言うとアーニュは軽く駆けたまま、足を止める事無く魔法を詠唱し始める。

収束している魔力や、その詠唱の長さから広範囲に影響する強力な物を開幕に叩き込むつもりなのだろう。

やがて彼女の体は上空高く舞い上がり、掲げられたその両手のには巨大な火球が生まれる。


「メテオインフェルノ!」


打ち出されたその灼熱の火の玉は着弾と同時に炎の渦へと変わり、大量の魔物を飲み込んで瞬く間に炭へと変えていく。


「おおぉぉぉぉぉ!!」


進軍する兵たちの間から歓声が上がる。

それ位凄い威力だ。

散らした魔物の数は百では聞かないだろう。

軽く数百は消し炭へと変えた筈。


だが――


「大丈夫アーニュ」


「こ、これぐらい平気よ」


顔色が悪く。

明かに消耗の色が濃い。

乱戦になれば大きな魔法を使えない為、先行でブチかましたのだろうが少々張り切り過ぎだ。


「あんまり無茶しないでよ」


「ここで無茶しなくて、いつするってのよ」


彼女はにやりと笑う。


「ハハハ、そりゃそうだ。じゃあ次は俺の番だな」


そう言うと、ハイネが大きく飛んで最前線に飛び出る。

私の護衛だというのに……まあ誰かに守られて背後でこそこそなんてのは彼女の性に合わない。

流石にここで疲弊しきる程馬鹿ではないだろうから、好きにさせておくとしよう。


「いくぜぇ!!」


ハイネはそのまま矢の様に一人で飛び出す形で魔物達に突っ込む。

他の人間がやれば完全に自殺行為だが、今の彼女ならば全く問題ない。


群がる魔物達を彼女は手にした大剣で薙ぎ倒す。

正に無双状態。

そんな姿に鼓舞されたのか、前線の兵士達は高い士気で魔物達とぶつかり押し込んでいく。


これなら突破自体は問題なく行えそうだ。


「下がってください!」


前線の兵士達を薙ぎ倒し、魔物の一体が姿を現す。

かつて魔神器の封印の場に現れた不死の化け物、ナーガだ。


親衛隊がその突撃を剣で受け止めようとする。

普通の人間ならその巨体に軽く吹き飛ばされそうな物だが、以前かけた私の強化魔法で潜在能力が引き出され、身体能力を大きく伸ばした彼らはナーガの突進を見事受け止めて見せた。


次の瞬間ナーガの体がバラバラに吹き飛ぶ。

背後から突っ込んできたハイネが切り飛ばしたのだ。


「悪り、気づかなかった」


「まだよ!こいつは出鱈目な再生能力が……って、あれ?」


切り飛ばされたナーガの体はビクンビクンと少し跳ねた後、その動きを止める。

何故か再生しない。


「彼女には、我が国の至宝である断魔の大剣を渡しているのでその力でしょう」


「あ……」


王子に言われて気付く。

確かに、よく見ればハイネの手にしている大剣は何時もと違う物だった。

普段は武骨な分厚い鋼の剣だが、今手にしているのは柄に黒い意匠が施され、刀身からは薄っすらと青いオーラが立ち昇っていた。


そんな事にも気づかないなんて。

心静かに落ち着いていたつもりだったが、どうやら私も緊張してしまっていた様だ。

まだまだ修行が足りないと痛感させられる。


「さあ、この調子でガンガン行こうぜ!」


私達は勢いのまま突き進み、封印の祠を目指す。

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