第23話 スラビア艦隊皇国侵入、会戦


 皇国領有星系のうちもっともスラビアとの境界領域に近いSS-31星系、稲葉星系。その稲葉星系は無人の星系だったが、星系内広域探知システムだけは稼働している。


 稲葉星系の隣りの星系にはSS-032、大戸星系があり、大戸星系には人口1億を超えいずれも軌道エレベーター設備を有する有人惑星が2つ存在していた。SS-032-a岩戸(人口2億)とSS-032-b石戸(人口1億2千万)の二惑星である。その人口の多い方の惑星、岩戸惑星の第2ラグランジュ点L2宙域を航宙軍は艦隊泊地に指定しており、現在泊地には第7艦隊(打撃艦隊)および第1艦隊(高速艦隊)の艦船が停泊していた。また同地には第7艦隊が司令部を置く人工惑星AMANOIWATOがあり、増援として中央から派遣された第1艦隊もAMANOIWATOに臨時司令部を置いていた。



 その稲葉星系の広域探知システムから、大戸星系の人工惑星AMANOIWATO内の第7艦隊司令部に稲葉星系内に複数の大質量の出現を知らせる一報が届いた。光学観測による精密データの取得はまだ時間がかかるが、状況から考え、スラビア艦隊が稲葉星系に侵入して来たものと考えられ、安定領域の擾乱じょうらんが収まり艦隊が再ジャンプ可能となる数時間後には、ここSS-032、大戸星系のいずれかの安定宙域にジャンプアウトしてくるであろうと推測された。



 この緊急事態に際し、航宙軍第7艦隊及び第1艦隊は迎撃配置につくことになるのだが、間の悪いことに、岩戸と石戸の位置はこのときほぼしょうの位置(お互い恒星大戸を挟み180度逆側の位置)にあった。また、皇国航宙軍の一大拠点である大戸星系が敵に狙われることなど想定していなかったため、ホーミング機雷などの無人迎撃態勢が未整備だったことも残念なところだった。もっとも、定数確保されているはずのホーミング機雷の実数は記録と大きく異なっていたのだが、敵艦隊の出現が数時間後であることが想定される現状、それが戦局に影響を与えるわけではない。


 竜宮星系での失態が尾を引き、皇国民が居住する惑星を決して敵に蹂躙じゅうりんさせてはならないとの航宙軍本部からの厳命を受けていた、第7、第1艦隊は、艦隊戦力を二つの惑星を防衛するため二分せざるを得ず、苦しい戦いとなることが予想されている。


 航宙軍本部指示により第7艦隊(打撃艦隊)は人口の多い惑星岩戸を、第1艦隊(高速艦隊)は惑星石戸を防衛することとし、どちらかの惑星に襲来した敵艦隊を艦隊で食い止めている間に、もう一方が駆け付けて挟撃する作戦だったが、両艦隊司令部でもその作戦の成否にはほとんどの者が否定的だった。しかし、両惑星の防衛が絶対条件である以上、現地司令部が本部に代案を示すことも出来ず、そのまま作戦は本部より航宙軍命令(航宙令)として発令された。


 第7艦隊、第1艦隊を構成する艦はどれも艦齢12年以下で、クラス毎に同一艦種の新鋭艦で固められており、同クラス同数の他の列強国の艦隊と比較しても、その戦闘力は2割~3割増しであると皇国航宙軍は評価している。従って苦しい戦いになるとしても勝算は十分であると航宙軍本部は考えていた。


第7艦隊(打撃艦隊)

 戦艦×6

 重巡洋艦×6

 軽巡洋艦×6

 駆逐艦×36

 +各種補給艦など


第1艦隊(高速艦隊)

 巡洋戦艦×4

 重巡洋艦×8

 軽巡洋艦×8

 駆逐艦×48

 +各種補給艦など



 そして2時間後、予想通り大戸星系の広域探知システムが安定領域への質量出現を確認した。大戸星系の安定領域、SS01および隣接するSS02に出現したのは、艦隊ではなくスラビア宇宙軍の常套戦術である機雷原の啓開けいかい目的の廃棄寸前の大型輸送船群だった。機雷など敷設されていなかったため、この啓開けいかい作戦は空振りしたものの、二群の輸送船団は、どちらも第1艦隊が防衛する惑星石戸に向けて加速を続けた。


 安定領域から輸送船群が石戸に向け加速しながら移動したあと、先の大華連邦との戦闘で損傷の修理のなったスラビア第二方面第1艦隊と第二方面第2艦隊がそれぞれSS01とSS02に出現し、並走する形で、皇国第1艦隊(高速艦隊)が守る惑星石戸に向けて進撃を開始した。この時点で、皇国航宙軍は光学観測により大戸星系に侵入した艦隊の素性を確認しており、情報は逐一皇都の航宙軍本部にもたらされている。


 皇都の内閣は直ちに閣議を開き、このスラビアによる侵攻を事変にとどめるため、あえて、宣戦の布告は控える決定をし、総理が皇王に内奏し許可を得ている。



 スラビアの2艦隊を迎撃するには巡洋戦艦を主体とする第1艦隊では不可能なため、第7艦隊は全速力で、石戸へ向け移動を開始した。第1艦隊が3時間持ちこたえることが出来れば、合流できるが、極めて厳しい状況だった。言い方を変えると各個撃破される可能性が高まっていた。


スラビア共和国第二方面第1艦隊

 戦艦×6

 重巡洋艦×12

 軽巡洋艦×8

 駆逐艦×48

 +各種補給艦など


スラビア共和国第二方面第2艦隊

 巡洋戦艦×4

 重巡洋艦×8

 軽巡洋艦×8

 大型駆逐艦×16

 +各種補給艦など


 戦端を開いたのは、加速を続け、石戸に迫る十数隻の大型輸送船群に向けての第1艦隊の巡洋戦艦による主砲の斉射だった。


 残念だったのは、艦隊戦を想定していた第1艦隊の巡洋戦艦の主砲弾として搭載されていた弾種は徹甲弾のみだったことで、第1斉射は、回避行動のない大型輸送船群に全弾命中するも、装甲も何もない輸送船の船体を徹甲弾が貫通してしまい、機関部に砲弾が直撃した数隻を除き、ほとんど健在のままだった。第1艦隊では輸送船群の対処は巡洋艦以下に任せることとし、巡洋戦艦の主砲の第二射を敵巡洋戦艦に照準しなおし発射した。その直後スラビアの第1艦隊の戦艦群が放った徹甲弾が飛来し、第1艦隊旗艦金剛に2発命中した。不幸なことに1弾は第1艦隊司令部の入っていた中央指令室を破壊し、艦隊司令官を含め司令部要員は全滅した。もう一弾は金剛の機関部に命中し、主推進機関が停止してしまった。


 主力艦同士の砲撃戦に前後して、軽巡を先頭に皇国側の8個の雷撃戦隊が、スラビアの6隻の戦艦に向け突撃を開始している。


 スラビヤ側の雷撃戦隊も自艦隊の戦艦群への皇国の雷撃隊の接近を阻止するため、突撃を開始した。



 主力艦同士の殴りあいはお互いに命中弾を出すものの、スラビヤ側と比べ砲門数が圧倒的に少ない皇国側の巡戦は当然撃ち負けていき、結局4隻の巡洋戦艦全てを喪失してしまう。


 その間に、スラビヤ側の雷撃戦隊をかわした皇国側雷撃戦隊が大損害を被りながらも敵主力艦の隊列の至近で放った大口径軸線砲がスラビア戦艦2隻に命中し、これを撃破することに成功した。しかし皇国側雷撃戦隊の活躍はそこまでで、敵艦隊至近から離脱することができず重巡洋艦などから滅多打ちにされ全艦喪失してしまった。


 皇国第1艦隊に残るのは重巡洋艦のみとなり、全滅も見えて来たが、何とか第7艦隊が横合いから、スラビアの連合艦隊に対して超遠距離砲撃を開始した。このとき、敵の近接防御による、主砲弾の迎撃を困難にするため、皇国側の主砲弾には通常の2倍、2割ほどおとり弾が含まれていた。




 横合いからの砲撃に対し、回頭して軸線砲の照準を合わせる間、皇国第7艦隊の戦艦群からの第2射が飛来して、6隻のスラビヤ戦艦のうち実に3隻に命中した。しかもそのうちの二艦は被弾により主砲である軸線砲の照準が狂ってしまった。戦闘中の照準修正は困難なため、この二艦はもはや戦艦としての攻撃力を失ったも同然である。以降、味方の盾になるだけではあるが、それでも戦艦を完全撃破するためにはそれなりの手数は必要になるので、戦線に居続けることには意味がある。


 そのころには、スラビア第2艦隊の巡洋戦艦も皇国第7艦隊との砲撃戦に参加し、戦いは互角の撃ち合いとなったが、スラビア艦隊は損害が一定量を超えた段階で撤退を開始した。同程度の損害を被っていた皇国第7艦隊にはこれを追撃する余力はなく、大戸星系での皇国航宙軍とスラビア第二方面軍との会戦はお互いに大損害を出しての痛み分けで終了した。






【補足説明】

航宙令:

航宙軍の正式命令。航宙令に反した行動をとった場合、理由のいかんを問わず軍法により、処断から謹慎までの処分が行われる。最も軽い謹慎でも、航宙軍でのキャリアはそこで終了する。


おとり弾:

敵の近接防御範囲に突入する寸前に、口径にもよるが数十個から数百個の砲弾径と同径の円形金属薄膜が展開し、迎撃側の光学観測上、本物の主砲弾と区別を困難にさせる砲弾である。展開時の薄膜はひらいた傘のように見え、その傘の一群が徐々に散開しながら敵艦に向け飛翔する。迎撃側の迎撃密度を下げることで、砲撃時の砲弾の被撃破率が低下する。




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