第7話

 


 そして、中学を卒業すると、伯母の家から逃げました。

 繁華街で、歩きながら仕事を探していると、そば屋で求人募集の貼り紙がありました。

 住み込みで働くと、そこの亭主もまた、女房の目を盗んでは私にわいせつなことをしました。

 私はつくづく、男のおもちゃにされる自分の運命を呪いました。

 女房にバレると、亭主は私が誘ったとウソをつきました。

 女房からひどいことを言われ、結局、そこからも逃げました。

 そして、汽車に乗って、気づいたらあそこにいたんです。

 声をかけてくれる人は誰もいませんでした。

 篠塚さんが初めてでした。

 王子さまがやって来たと思いました。

 でも、あなたは一度しか私の体に触れなかった。

 一緒にお茶を飲んだり、部屋に遊びに来てくれたけど、二度と私の体に触れることはなかった。

 汚れてしまった私の体なんか、イヤだろうな。

 そう思いながらも、いつかきっと抱いてくれると信じてた。

 でも、そんな淡い望みは叶えられなかった。

 虚しかった。悲しかった。自分が哀れだった。

 でも、あなたの役に立っていることがうれしかった。

 お金でしかあなたをつなぎ止める方法はなかった。

 だから、あの仕事を辞めなかった。

 でも、疲れました。

 どんなに頑張っても報われないことを知って、死にたくなりました。

 だけど、上手に自殺することもできません。

 何をやっても上手にできない情けない女です。

 窓の外は雪です。

 温かいのが好きだけど、死んだら寒くても感じないよね。

 この雪に一晩降られたら死ねるでしょうか。

 誠さん、さようなら

   曽根深雪より〉



 誠は涙を溢していた。


 ……俺のせいか? な、みゆき。俺が殺したのか? 何か言ってくれよっ!


 誠は心の中で叫んだ。――




 みゆきのことがあってからは、誠は女を拾っていなかった。


 それは、雪がちらつく午後だった。見回りをしていると、久しぶりにおばちゃんとった。


「まぁ、若頭。ご無沙汰してます」


 百貨店の紙袋を提げていた。


「おう、元気そうだな。買い物か?」


「ええ。孫の服を」


「今は何を? 働いているのか」


「いえ、この歳ですから。家で孫の面倒を見てます」


「そりゃあ、何よりだ。幸せにな」


「はい、ありがとうございます。――あっ、みゆきちゃんの行方は分かりました?」


 思い出したように顔を上げた。


「……いや」


 みゆきのことには触れたくなかった。


「どうしてるかしらね。いい子だったのに。なかなかの勉強家で、時間があるといつも辞書を開いていました。勉強家だねって言うと、高校行ってないから勉強しないとって。篠塚さんに嫌われたくないからって。……あの子、若頭のことが本当に好きだったんですね」


 おばちゃんのその言葉に、誠は照れ隠しのように鼻で笑うと、コートのポケットに手を突っ込んだ格好で横を向いた。



 事務所に戻る途中、ミニスカートにブーツの高校生風の二人連れとすれ違った誠は、


「おっ! かわいいね」


 と声をかけて通り過ぎた。ケラケラと笑い合う二人の声が背後でしていた。






 降る雪を見上げると、そこには、みゆきの微笑む顔があった。


 ……今度は俺の見張りか? それとも見守ってくれてるのか? あ? どっちだ? みゆきーっ!






 完

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拾った女 紫 李鳥 @shiritori

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