陽キャの彼女を寝取ってしまった。下

 カラオケなる場所に来るのはおおよそ何年ぶりなのだろうか。そう思える程にはブサメンはボッチであり、友達と来たことがない程度には濁りきった灰色の青春を謳歌していた。


 海端さんが流行の曲を慣れた手つきでぴっぴっとリモコンを操作し送信していく。


 どれもこれも聞いたことのある選曲だ。CMソングだとかテレビで鬱陶しい位に流れ続ける曲だとか。


 ブサメンは彼女の歌声の邪魔にならない程度の手拍子をぺちぺち鳴らして場を盛り上げる。


「いぇ~い!」

「ふ、ふ~!」

「何その盛り上げ方。変わってるね」

「そ、そうかな。ごめん」

「いや、別に攻めてるんじゃなくて……」


 海端さんは一度言葉を区切ると、ブサメンに向き直る。


「お昼は本当にありがとう」


 しゃらんとピアスを鳴らしながら、海端さんは頭を下げる。


「いや、だからそんな、べつにたいしたことないよ」

「ううん、そんなことない。ありがとう」


 顔を上げた海端さんとブサメンの視線が交差する。


「そ、そうかな……そこまで言うなら、うん、どういたしまして」


 照れ隠しに口元を手で覆い隠しながらブサメンは彼女の謝辞を受け止めた。


「……私さ、こんな見た目だからさ、よく言われるんだ」

「言われる?」

「一発やらしてくれだとか、手で抜いてくれとか、口でしてくれとか」

「そ、そうなんだ」


 意外そうに呟いてみるが、実際海端さんのことをヤリマンと考えていたブサメンである。


 けれどそれも仕方がない。校則違反のピアスは、耳だけでなくヘソにもついているとの噂だ。


 これに夜の繁華街の件も付け加えたのなら彼女をビッチと呼ばずして誰をビッチと呼ぶ。

 AV女優か? いや、あれは仕事であり、彼女らは女優である。


 閑話休題。


 兎にも角にも、ブサメンとて彼女のことはヤリマンビッチの腐れま~ん(笑)だと信じて疑わなかったわけだ。

 そんな彼女はゆっくりと、そして悲し気に語る。


「私はさ、可愛いのが好きなだけなんだよね」

「可愛いの?」

「そう。ほらこのピアス。かわいくない?」


 もみあげをかき上げて耳を見せて来る海端さん。

 甘い香りが鼻腔を擽る。


「確かに、こうしてみると可愛いかも」


 小さい物ではなく耳と同等の大きさのピアスだ。どこかに引っ掻けてしまいそうな大きさであるが、確かに『可愛い』物ではあった。


「そう思う!? ほら、ヘソに着けてる奴も可愛いでしょ?」


 今度は制服の裾を持ち上げてお腹を見せて来る海端さん。これでビッチではないというのだから驚きだ。

 しかし、それはともかくとして、へそのピアスもとても可愛かった。エロ可愛かった。


「エロ可愛いね」

「わかる!? このちょっとエッチな感じがちょーかわいいよね!」


 素直にポロリと零れた本音であるが、よほどのこと嬉しかったらしい。海端さんはウキウキ笑顔でピアスやら染髪、タトゥーなど、世間一般では不徳とされる行為について語りだした。


 一部理解を示せない部分も存在したが、ブサメンは彼女と会話をしていて、好きな物とか、何を可愛いと思うかとか、人によってすごく変わるんだな、と至極当然なことを思っていた。


 声には出さないけれど。


「——と、いう訳で。ピアスじゃらじゃらつけているからってビッチって訳じゃあないんだよ」

「なるほど」

「見た目で中身を決めつけるなって話だね」

「凄く同意を示したい」

「同意?」


 グラスコップになみなみと注がれたメロンソーダに口を付けながら、海端は小首を傾げる。

 景麻は僅かに躊躇しつつも、大きく息を吸い込み決意を固めて口を開く。


「まぁ、何だ。俺はこの見た目だからな。中身もそれほど優れているとは言えないが、外見のせいで日常生活に明確な支障が出ていることに関しては紛れもない事実なんだ」


 だからこそ、とブサメンは続ける。


「見た目で中身を決めつけるな、という言葉には強い賛同の意を示したく思う」


 ブサメンは自身がそれほど優れた存在でないことは理解している。


 勉強だって中の下で、趣味と呼べる物はアニメやラノベ、漫画に没頭すること。容姿の優れた者を見ては運が良かったな、などと何処か俯瞰した態度で睥睨するのみ。


 これらが全て自身の歪んだ性格が滲み出たものだということは正確に理解しているつもりであったし、変えることのできない現実だということも、確証していた。


 でも、それでも時に夢想し、妄想してしまう。


「俺は、俺がこの顔じゃなかったら、ということを考えて考えて仕方がない。もう少し目が大きければ、二重だったら、豚鼻じゃなかったら、たらこ唇でなかったら、そばかすが無かったら、頬骨が張り出ていなかったら、とそんなことを考えてしまう。そうであったのならば、人並みの交友関係を気付き、便所飯の香りなど海馬に記憶するまでもなく、友人知人との談笑と共に味覚情報を記憶に残せたのではないか、と」


 気が付くと、ブサメンは自身の身の上話をぽろぽろと零していた。

 聞かれても居ないことで、聞いていても一切面白みのない、不幸自慢。


 ……嫌われる、口を止めなければ。


 しかしそんな思いとは裏腹にブサメンの口は動く。

 喉を空気が通過する。感情の防波堤が大破し、激流が流れ出す。


 ……コミュ障だから、聞いてください。


 そんな身勝手な言い分を胸中で抱きながら、愚痴をこぼす。


「人の容姿は平等ではない。俺はそれが堪らなく……恨めしい」


 恥も外聞も捨てた本音であった。


 ブサメンはブサメンであるがゆえに、自身がブサイクであるということを誰よりも忌避し、嫌悪していたのだ。それすなわち、究極の自己否定。

 ブサメンは全てを語り終え、そして何を言いたかったのだと正気に戻る。


 自己嫌悪。自己否定。


 今日初めてしゃべったクラスのギャルに、何を真剣に告げているのだろう。ドン引きもいいところではないか。自己嫌悪が加速する。自己否定が増幅する。


「……ごめん、気分悪いから帰る」


 鞄を引っ掴み、財布から二千円取り出してテーブルに置くと、そのままカラオケルームを後にする。——寸前であった。


 グッと制服の裾を掴まれる。


 恐る恐る振り返ると、海端さんは真剣な瞳でブサメンを見つめて、見つめて、見つめてから、言った。


「セックスしようか」


「は?」


 ◆


 ラブホテルという所についてブサメンは詳しかった。


 童貞だから、詳しかった。AVや薄いエッチな本で幾度となく目にしてきたからだ。


 しかし訪れた場所はザ・ラブホテルというよりかはビジネスホテルに近い形状であった。


 シャワー音を耳にしながらブサメンはドギマギと胸を高鳴らせる。

 部屋に備え付けのテーブルの上にはコンドーム。だけどこれは使わない。ラブホのゴムには穴をあけられているというのはあまりにも有名な話だ。


 加えてラブホテルに赴くにあたり近場のコンビニエンスストアで岡本さんが作った0.02mmを購入済みである。抜かりはない。いや、これから抜くのだが。


 そうこうしている内にバスローブ姿の海端さんがご登場。しっとりと濡れた髪に、火照って赤くなった頬。本当に同じ年の少女なのかと困惑してしまいそうな色気に頭がくらくらする。


「ピアス付けてほしい?」

「あ、あぁ」


 首肯すると彼女は外していたピアスを耳に取り付け、ベッドの淵に腰掛けた。

 二人して並ぶ形である。


「あ、その、えっと……俺、こういうの初めてで……」

「そう、私も」

「えっ? な、何で俺なんかと……」

「さぁ。気分かな」


 気分ってそんな適当な、という思いは言葉にならなかった。その前に、彼女の柔らかな唇が景麻の唇を覆ったからだ。


 直後、理解不能な状況にもかかわらず人生で一番の興奮を覚える。


 粘膜と粘膜の接触行為。ただそれだけの行為だというのに、安らぎを覚え、生きている意味すらを与えられているような心地よさが思考をゼロにした。


「じゃあ、ヤろっか」


 そして、景麻は童貞を卒業し、彼女は処女を喪失した。



 ◆



 運が良かった。

 一夜の夢だ。


 言ってしまえばただそれだけの話だ。


 人は生まれながらに平等ではない。

 ブサメンとして生まれた瞬間、その人は不幸な人間である。運のない人間である。負け組の下に生まれた、生まれながらの低カーストの生き物である。


 景麻は朝帰りした翌日、鏡の前で自身の顔を呪う。

 呪いつつ、髪を梳いて、ワックスで軽く整える。

 でも似合ってなくて、ぐしゃぐしゃにして水で流した。


 髪の水気をふき取り、鞄を持って家を出る。

 朝の陽ざしが最高に眩しい。今日は快晴になりそうだ何だと思いつつ、欠伸を噛み殺す。


 しばらく歩いていると学校が見えてきて、前方に海端さんの姿を発見した。今日も今日とてピアスをじゃらじゃら。その隣には安城くんの姿もある。


 セックスを終えた時、海端さんから聞いて知ったのだが、どうやら二人は付き合っているらしい。


 しかし安城くんにはヤリチンの噂があったため、直ぐに体を許すことに拒否感が生じてあの時は断ったのだとか。


 昇降口に辿り着いたところで、安城くんが景麻の存在に気が付く。

 彼は一瞬眉をひそめて「けっ」と不機嫌そうに吐き捨てて教室へと向かう。


 その隣を海端さんも歩いていて——一瞬、視線が交差した。同時に、微笑。


 何だろう。お金でも要求されるのだろうか。


 そんなことを内心で思いつつ、景麻は下駄箱を開ける。

 すると中にはメモ用紙が一枚入っていた。

 ラブレターというにはいささか簡素が過ぎるそれを手に取り、内容を確認。


 するとそこには、お昼休みに非常階段まで来てね、との旨が記されていた。


 どういうことだろう。レイプされました、などと訴え出てリンチでも行うのだろうか。嫌だなぁ、行きたくないな。生きにくい世の中だなぁ。


 ため息を溢しながらも上履きに履き替えて、教室へ向かおうとしたまさにその時。

 下駄箱の影から海端さんが姿を現し、彼女の唇と景麻の唇が微かに触れ合う。

 すぐに距離を取ると、彼女は口元を三日月に歪めて、告げた。


「浮気って、エロいよね」

「そ、そうだな」

「じゃあお昼休みに」


 そう告げると、海端さんはぱたぱたと走り去ってしまった。


 状況が全く読めずに、思考を停止させる景麻。

 やがて再開した脳は、いつもの言葉を繰り返していた。


 人は生まれながらに平等ではない。

 全ては運の良し悪しで決定される。


 つまるところ、ブサメンは運のいいことに海端さんのセックスフレンドに選ばれたというわけだ。


 人は生まれながらに平等ではない。

 決して、平等ではない。

 生まれた瞬間に運よくイケメンに生まれたとしても、それ以降の人生は、平等ではないのだ。


 自身に追い風が吹いているのを感じて、ブサメンは教室へと足を向ける。

 昼休みの情事に胸を躍らせながら。



—————


 昔書いた作品の供養。

 一話完結で投稿したかったけど長くなったので分けました。

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陽キャの彼女を寝取ってしまった件。 赤月ヤモリ @kuropen

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