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 チセの下へ馳せ参じようとしていたジークは、かろうじて残っていた非常用の階段を駆け上がり、まずはとにかく視界が開けた場所に出よう、と屋上を目指した。

 誰に咎められることもなく、半ば倒壊した建物の、四階だった場所に辿り着き――眼下の光景に、思わず絶句する。


(……こりゃまた、派手なことになってんな)


 目覚めた時に、地下から蒼天が覗いていたことにも随分と度肝を抜かれたが、改めて上層階から破壊痕を見下ろすと、まざまざとその凄まじさが実感できた。


 地下から放射状に削り取られた部分は、熱線で断ち切られたかのごとく忽然と消失しており、白銀の少女が放った落雷のごとき光柱の威力を物語っている。あの地下実験施設の位置がよかったのか、施設全体はかろうじて倒壊を免れてはいるものの、もし少しでも場所が違っていれば、瞬く間に自分たちも全員生き埋めになっていたはずだ、と気付き、ぞっとする。


(……でも、あれだけとんでもない威力の攻撃だった割には、誰も死んでないよな?)


 ――猫どもはなぜか、全員目覚める気配がない。

 ムジカが告げてきた事実をはたと思い出し、ジークは首を傾げる。


 なぜ創造主を殺した、と絶叫したあの少女の嘆きと激昂が、偽りだったようには思えなかった。至近距離にいた自分たちが、まして逆鱗に触れた取締官たちが、生きていられる道理などないと、思っていたが。


 ――アーキェルは、どこだ?


 白銀の少女が、繰り返し問うた言葉。そして姿をくらました、チセたちの行方。


(……椅子に縛られて身動きが取れなかったチセが、自力で脱出できたとは考えがたい。仮に意識を取り戻した取締官がいたとしても、わざわざチセの縄を解いてやるわけがない。――じゃあやっぱり、じじいの推論が正解なのか?)


 白銀の少女が、チセたちを連れ去った理由。

 巡る、少女の言葉。

 そして、チセの、能力。……チセの、特性は、何だ?


「――――っ! まさか、創造主アーキェルの行方を、探しに行ったのか!?」


 稲妻に打たれたように閃いたジークは、まずいな、と顔を顰める。

 眼下には、施設の周囲に立ち並ぶ建物から次々に飛び出し、逃げ惑う群衆の姿と、それらを鎮めようとする警備隊の、暴動のごとき喧騒が飛び交っている。


(しばらくは、混乱が収まらないから追われないとは思うが……〝シェリエ〟が脱走したことが知れたら、間違いなくとんでもない規模の戦闘が起こる)


 そうなれば、身を守る術など持たぬチセは。

 ジークが体内から核結晶コアを取り出し、もはや炎を操ることが敵わぬ、チセの姉は――一体どうなる?


 その上、三十年前にムジカたちが仕掛けた〝罠〟の正体も、謎に包まれたまま、まだ何一つとして判明していないと来ている。


「何が、開けてのお楽しみ、だよくそじじい。……あの子を修繕しても問題ないって言ってたけど、結局大ありじゃねえか」


 舌打ちをしつつ、ジークは思考を切り替え、チセたちの行き先を予測する。


(アーキェルの行方、か。……つってももう、とうの昔に墓の下、だよな。二百年前の、それも処刑された人間の墓なんて、どこを探せば見つけられるんだ?)


 眺めるともなく、破壊された断面から室内が一望できるようになった、施設の各階層をぼんやりと、見渡していると。


 無意識にある一点で目が留まり、直後にジークは駆け出した。




 * * *


『シェリエさん、大丈夫ですか? わたし、もう一回探してくるので、少しだけ休んでてください』

『ああ。――頼む』


 再度の跳躍を経て、近辺で一番高い建物の頂上に移動したチセは、白銀の少女――シェリエの探し人を、今度こそ見つけんと意気込んでいた。


(どこにいるの? お願いだから、見つかって……!)


 懸命に目を凝らし、何一つ見逃さぬよう、細心の注意を払って墓場らしき場所を探す。


(……逢わせて、あげたい)


 たとえ、その人と言葉を交わすことが、叶わずとも。

 きっと彼女にとっては、とても大きな意義があることだと、想うから。


 ――その気持ちは、痛いほど、わかるから。


 焦りを堪え、ゆっくりと、視線を左に、動かしていく。――まだ、それらしき場所は、見当たらない。


『チセ。……お前の師とやらは、あの黒髪の少年か?』

『はい、本当は砂色の髪のはずなんですけどね。……え、どうしてわかったんですか?』


 不意に名を呼ばれたことと、ジークが師であることを言い当てられた驚きに、思わずチセが振り返ろうとすると、『そのままでいい』と押し留められる。


『わたしを修繕したのも、あの少年だろう? まだ若いが、随分と腕が立つようだ。――あの少年のまなざしは、アーキェルと、よく似ている』

『そうなんです、ジークは本当にすごいんですよ! ずっと嘘を吐いていたわたしのことも、お姉ちゃんのことも、助けてくれて。……眼が、似てるってこと、ですか?』


 屋上の鉄柵を握り締め、前方を注意深く見渡しながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。――いつの間にか、空が、ゆっくりと、色づき始めていた。


『そうだな……わたしたちに相対する時の、曇りのない、まっすぐな瞳が似ている。――揺るぎない信念を、持っている者の眼だ。あの少年は、なかなか頑固だろう?』

『そうなんですよ、わたしがいくら放っておいてって言っても、全然聞いてくれないんです。……だから、いつの間にかわたしにも、ジークのお節介が移っちゃったみたいで』


 日が沈み、白雲に彩られていた蒼天は、音もなく、橙色に塗り替えられてゆく。


『そうか。……アーキェルも、こうと決めたことは、絶対に譲らなかった。それで何度、大喧嘩をしたことか。今となっては、それすらも懐かしいな』


 暮れなずみ、翳りゆく街並みの中の一点に、その時ふと、目が留まる。

 どうして、そう想ったのかは、自分でもわからない。それでも、頭のてっぺんから爪先まで、電流が走り抜けたかのように、チセは確信していた。


『――シェリエさん! 移動しましょう!』

『……見つけたのか?』


 興奮した面持ちで振り返り、駆け寄ってきたチセに、シェリエは期待と困惑が入り混じった複雑なまなざしを向ける。チセはシェリエの華奢な手を握り、静かに首を、横に振った。


『いいえ。――でも、わたしのお師匠様が、わたしを呼んでるんです。きっと、シェリエさんの力になってくれるはずです。……信じて、くれますか?』


 チセの言葉に、鋭くまなじりを決した彼女は。

 ややあってから、はっきりと、応えを口にした。


『お前は、わたしが。――アーキェルを殺した人間どもに、この馬鹿げた世界に、復讐を望んでいるとは、思わないのか?』


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