第四章 師と弟子

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 ……頬が、冷たい。身体が、痛い。


 節々の疼痛に呻きながらジークが重い瞼を持ち上げると、狭い視界の中に、いるはずのない人物の姿が映った。何度か緩慢に瞬きを繰り返し、そうかこれは夢だ、という結論に至ったジークが、再び目を閉じようとした瞬間。



「――やっと起きたか、この馬鹿弟子がっ!!!」



 側頭部に強烈な一撃を食らい、ジークの意識は完全に覚醒した。


「……痛っ、てぇ!! 何すんだよくそじじい!!」


 反射で怒鳴り返したジークは、自分の口から飛び出た言葉に、かっと見開いた眼に映るその人の姿に、はたと動きを止める。

 無造作に飛び跳ねる、くすんだ灰銀の髪。飄々とした佇まい。深く鋭い、青の双眸。


「誰がくそじじいじゃ、このたわけっ!」


 ――何より、目から火が出そうなほど痛い、この鉄拳の威力。

 間違いなく本物だ、と頭を押さえて悶絶するジークを見下ろし、ムジカは――ジークが探し求めていた師は、にっと凄みのある笑みを浮かべた。


「久方振りだな、ジーク。……よくものこのこと、捕まりおって」

「あんな警告を残す方が悪いだろ。追って来いって言ってるようなもんじゃねえか!」


 心配して損した、と頭蓋をさすりつつ起き上がると、冷たい石床の上に転がされていた全身が、ずきりと鈍い痛みを訴えてきた。


「誰がそんな書き置きを残したか、このあまのじゃくめが。……まあいい、捕まっちまったものは仕方がない。――ジーク、これから何をさせられるか、おおよその見当はついとるじゃろうな?」

「――ああ」


 拘束されていない手足を一瞥し、気を失う前の記憶を思い返す。――胸の裡に鋭い痛みが走ったが、それにはいったん蓋をして。


「俺たちに、何かの兵器を修繕させようとしてるんだろ?」


 ロウニの残した書き付けの内容から導かれる推論を口にすると、ムジカは重々しい表情で頷いた。


「それも、並大抵の代物じゃないぞ。奴らが蘇らせようとしているのは――一体の、混成種だ」


 ムジカが告げたにわかには信じがたい内容に、束の間固まったジークは、気を取り直して疑問を口にした。


「……は? いや待てよ、何で政府がそんなことのために、おれたちを攫うんだ? そもそも修繕師にとっては、専門外の分野だろ?」

「本来はな。――だが、わしらにとっては違う」


 おもむろに衣の袖に手をかけたムジカが、右手を見せつけるように、ぐいと生地をたくし上げる。――ジークにとっては馴染み深い、精密無比に動く義手が姿を覗かせた。


「お前に話したことはなかったが、わしが義手になったきっかけは、その混成種の修繕にある。……政府は三十年前にも秘密裏に修繕師を集め、そいつの復活を目論んだが、あえなく失敗に終わった」

「……なぜだ?」

「簡単さ、蘇らせてはならない代物だったからだ。我らはそれを知っていた。ゆえに命を賭して、罠を仕掛けたのさ。無論混成種が目覚めることはなく、失敗を咎められた修繕師たちは、当時最年少だったわしを残して、全員が殺された。――利き手を失ったわしだけは、命からがら逃げきることができたがな」


 左手でそっと義手を撫でるムジカの眼をまっすぐに見返し、ひとつ息を吸ったジークは、核心に迫る問いを投げ掛けた。


「……その、修繕の対象は、いったい何者だったんだ?」


 とてつもなく不吉な予感を抱きつつ問うたジークに、口角を皮肉げに吊り上げたムジカは、明確な怒りを青の瞳に燃やして吐き捨てた。



「かつて、たった一体で、『大災厄ナ・ラ・ディス』を引き起こした――最凶の混成種さ」



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