03


 金属の音で、つぐみは目を覚ました。


「おはよう」


「……おはよ」


 沙惠はどこからか拝借したハサミで、洋服の値札を切っていた。値札に書いてあるブランド名で、ここが駅から少し離れた商業施設だと気がつく。管理する大人もいなくなった施設の店の棚には、去年の流行のデザインの服が置いてあった。


「私にも見せて」


「あんたは寝ときな。覚えてないの? ゴム弾で撃たれた」


 沙惠がとんとん、と自分のこめかみを叩く。つぐみは自身の側頭部に手をやった。熱を持って腫れている。これで済んでよかったという安堵と、自分の確認ミスだという後悔が同時に胸に広がった。


「ごめん」


「いーよ」


 そう言いながら、沙惠は服を何着か彼女のバックパックの中に詰め込んだ。沙惠の「今日はここから出られないかも」という言葉で、もう陽が落ちてしまったのだと理解する。それに伴い、二人で別荘のように使っていた日本家屋が恋しくなった。疎開した誰かさんたちが放棄した家屋を、二人で悠々と使うのは、つぐみに久々の平穏を感じさせた。


 大人達が攻めてきたことで、その平穏も終わってしまったが。


「ねえ」


「ん?」


「なんであの家に私が居るの、ばれたんだと思う?」


 そう問うつぐみに、沙惠は渋面で返した。彼女はわかりきったことを問われるのを嫌う。


「言わせたいの? 分かってるでしょ」


「……誰かが私たちのこと売ったんだ」


「そ」


 大人達に疫病が蔓延し、大雑把に数えてその半数が死に絶えてから、抗体を持つ人間の価値は跳ね上がった。昨日仲間だと思っていた人間が、翌日にユダになる。そんなことが世の中で珍しくなくなっていた。そうして、つぐみもそんな大多数と同じように仲間と思っていた誰かに売られたのだろう。


「よくあることだね」


「よくあることだよ」


 沙惠がそう返してくれたことにつぐみは安心した。


 そして祈った。


 せめて六日間、つぐみが沙惠から離れるまで沙惠だけは裏切ってくれるなと。

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