最終話 問題児にはケモノ道を

「彩華さんに負担を掛けたのは悪いと思ってるけど」 


 僕は先日知ったことを話した。


「聞いたんだけどさ、彩華さんなら知ってると思うけど、俺ら、ひまわりさんって呼ばれてるじゃん」

 彩華さんはうなずく。


「ひまわりさんは全員、生活保護受けてるんだよ。俺を含めて、さ」

「……」

「時給は9ひゃくいくら。それでみんな笑顔でやってるんだよ。一体、どうなっちまってるんだろうな。もちろん、4年先輩の障害者雇用で入った人もそう。もうすぐ生保から抜け出せるかもしれないらしい」

「はい」


「でさ、見ちゃったんだよ」

「……何を?」

「事務所に求人に広告の原稿があるのを。それにはこう書いてあったんだよ。『パート、フルタイム募集。高校生でもできる簡単なお仕事。会議室の椅子、机並べなど。学校帰り、スキマ時間に! 時給1350円から』」


「一体どういうことなんだろうね?障害者ってだけで、時給300円下げられて、どうしてあいつら、笑顔で働いていけるんだろう……」

「……」

「うちの事務所、ボーナスは所長手渡しで貰うらしいんだけど、受け取ったボーナス、その足で、福祉事務所に持っていくらしいんだよ。生活保護受給者の収入申告ってやつでさ……。どういう神経で、どういう心持ちで、その金を福祉事務所に差し出すんだろう……」



「俺には、あいつらも信用ならないよ……。どの面下げて、生きてるんだろう……」


「……皆、折り合いを付けているのだと、想う」

「……うん」


「『折り合いを付ける』とは、『折れる』ということよ」

「……負ける、ということだ」


「そう。自分から折れるなんて、言わないで。そんな法律家なら、とても依頼する気にはなれません」

「……わかってる」


「佐々木さんから伝言が」

「なんて?」

「弁護士としてなら、依頼者の側に立つ。人としてなら、15年前から君の味方だ、と。センター長、弁護士だったのね」

「そっか……」


「15年前、何かあったの?」

 僕は「話せば長くなる、と言いつつ、母親に関する罪の話を打ち明けた。



「あなたは、きっとずっと、人から差別を受け続けてきたのね。だから、それを許すことも、見逃すこともできないのね」

「ああ……」


「忘れないで。あなたの弱さは、ほかの誰かにとっての強さになるということを」

「ずっとそう想っている。嬉しいよ。みすゞさんが同じことを言ってくれるなら」

 それも僕の強さになる。


「もうここに来ることはたぶん、ないかもしれないな」

「あの約束は?」


「法律家になってからの話さ。調べたけれど、殺人の前科があって弁護士になるのは、ちょっと前例が見当たらないんだ。とりあえず、司法書士と行政書士資格で事務所を開くよ。その時、きっと挨拶に来るさ」

「そう。……待っています」


 そして僕は秘密の話をした。

 いまも山奥の病院で、苦しんでいる人たちの話を。きっと僕が救わなければいけない人たちの話を。それをみすゞさんは聴いてくれていた。

 


「みすゞさんも……、あっ、いや、彩華さんも。さっきの言葉は、そのまま彩華さんに贈るよ。弱くて強く、在っていて」

「ありがとう」



 

 それからもいろいろあったけれど、長くその法律事務所に籍を置くことは、なかった。

 

 何をするにも、金がいる。僕はがむしゃらに金を貯めて、ぼろではあるが、事務所を開ける場所を探し、やっと見つけ、法律家の登録をすませることができるところまでやってきた。ちょうど平成が終わり、新しい時代が始まろうとしていた頃のことだった。


 俺の記憶が確かならば、その頃だ。あの、新しく始まろうとする人生の幸先に、戟叉の一撃を食らわしてくれるような一本の電話が鳴ったのは。


 それを記すのは、次の機会におくとしよう。




シリーズ(公開順)


ぼくとみすゞと就労支援

精神病院の中

わたしとアカキの障害就労


(公開予定)

ぼくの赤い原稿用紙物語〜民法95条使い

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わたしとアカキの障害就労 赤キトーカ @akaitohma

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