第9話 道具屋の恋

タマル・イニシエ 30歳

男 LV21

道具屋

趣味 彫刻

健康状態 優良


俺は、道具屋を営む30歳男性の体の中に居た。

戦う能力は皆無だったが、手先の器用な人だった。

優しくて人当たりは良い、子供から老人まで城下町の人は誰もが知っている存在。

もちろん、このアルカディア国で活動する冒険者にも人気者だった。


だが、何故だ?・・・何故、彼の魂は抜けてしまったのだ?

何が、彼をそこまで追い詰めたのだろうか?

そんな事を考えながら、町を歩いていた。


「やあ、タマル。そろそろかな?」

隣の薬屋の親父だよな。


「お早う、タマル、ここは男らしく決めなさいよ!」

八百屋のおかみさん、何の話だろう?


「タマルさん、決まったら私も呼んで欲しいな」

お向かいの宿屋の娘さんは、どこに呼んで欲しいのだ?


どうして、町の人は、タマルである俺を応援しているの?


「タマル兄ちゃん、はい、これ。きっと成功するから」

花屋の小さな娘、クレアが、俺に花を一輪くれた。


この綺麗な花が、俺を成功に導くのか?

わらしべ長者なのか?


「クレア、俺、今日何かするのかな?」


「面白い、私でも知ってるよ。ローレンスに告白するんでしょう」


ローレンス?

ああ、この町に所属するA級の女騎士。

冒険者の中でも有名で強くて綺麗な女性だが、俺より10歳下の彼女。

お店の常連で、仲良くさせてもらっている見たいだが、・・・彼女に告白?


「おいおい、クレア、そんな冗談やめろよ」、笑いながら俺は、立ち去った。


早足で自分の店に戻ると、ドアを閉めた。

定位置のカウンターの椅子に座り、頭を抱えながら記憶を探る。


そう、タマルの記憶だ。


タマルさん、どうして、あなたは高嶺の花に勝てない戦いを挑むのですか?

あなたより、10歳も若い、綺麗な年下の女性。


―――無理でしょう!


彼の頭の中を覗いていると、先週、ここに来た彼女とのやり取りが見えた。


「タマルさん、私のこと嫌いですか?」、ローレンスが顔を赤らめながら話す。


「嫌いだなんて、とんでもない」、どうしたタマル、口ごもるな。


「私は、真剣です。タマルさんの本当の気持ちを聞かせてください」


そう言うと、ローレンスは、恥ずかしさのあまり店を飛び出して行った。


なんですと、彼女がこの、ごく普通のおじさんに恋をしている。

タマルさんは、良い人だけど道具作り以外、何の取柄もありませんよ。

そんな彼に訪れた春なのに、この人は、逃げ出したんだ!


ああ、もったいない。

こう、何と言うか、恋愛もの見たいに好きだー、がばーって抱きしめたらいいのに。

そんな事は、しちゃダメなのか?


俺の16年間の経験、物心と記憶のある小学生から数えると10年間の経験だと、

女の子に告白したことは・・・無い。

アドバイス出来ないよ!


どうしよう、町の人達の雰囲気だと、今日中にはローレンスさんが来そうだし。

彼のために何とか上手く行く方法を考えておかないと。

そんな事を朝は、考えていた。


しかし、昼から急に忙しくなり、すっかり忘れてしまったのだ。

忙しさから解放された時には、真っ赤な夕焼けが窓から見える時間になっていた。


ドアに取り付けていた、ベルが鳴った。

「いらっしゃい」、俺は革製のバッグを修理していたので下を向いていた。


「タマルさん、決心できましたか?」


決闘か? 女性の声で決心出来た?

顔を上げると、ローレンスさんがカウンター前に立っていた。


「ロ、ロ、ローレンスさん」


「タマルさんの気持ちを聞かせてください!」


しまった! 何も考えて無かった。

「あの、俺は・・・」


しょうがない、これは彼の人生だ。

失敗しても逃げ出した彼が悪い、俺のせいするなよ。

俺は、完全に開き直った。


「俺のどこが、良いのですか? なんの取柄もありませんよ。見た目も正直、カッコ良いとは言えないし」


「私は、そのー、あなたの・・・、あなたの見た目では無くて、私を包んでくれる優しさが好きなのです」と、彼女は下を向いてモジモジした。


「俺にとって、あなたは高嶺の花です。こんなつまらない男で後悔しませんか?」


「後悔なんて! 私は、絶対に後悔しません」

彼女は俺を、タマルを真っすぐ見ている。


「俺も男です、あなたと一緒に居たい。あなたを、あなた、あな、あ、あ、・・・」

クソー、恥ずかし過ぎて声にならない。


頑張れ俺、初めての告白は他人の中でするけど、この綺麗な女性が相手なら良い練習になるはずだ。俺なら出来る!


朝、花屋のクレアに貰った一輪の花を手にし、彼女に差し出した。

「あなたと、結婚したい!」

間違えた、結婚はまだ先だ、最初は『お付き合いしてください』だった。


彼女の顔を見ることが出来ない。

順番を間違ってしまったから、きっと困惑しているに違いないよ。


あー、沈黙が長い、何でも良いから話して!


「16歳から冒険者をして、料理なんて出来ない私ですが・・・」


料理できないの? 

でも、こんな綺麗な女性なら料理ぐらいどうてことないよな、タマルさん。


「私をタマルさんのお嫁さんにしてください」


やったー、やったぞ、タマルさん。

あなたの代わりにプロポーズを成功させたぞ!


えっ、間違って言ったのに、・・・成功したよ。


「ありがとう、ローレンス」


ここは、呼び捨てだ。

次は、カウンターの向こうに居る彼女を優しく抱き寄せて、熱烈なキスを。

そう、俺は彼女に接吻をするのだ。


そう考えて彼女の前に行こうとした時、タマルの魂が俺を押しのけた!

なにしやがるんだ、一番、良い所を横取りするのか?


嫌だよー、俺もキスしたいよー、バカヤロー邪魔するな。

タマルの体から追い出された俺は、元の空間へと戻るのであった。



 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る