第5話 コンビニ店員

吟遊詩人、良い声だったな。

無性に歌いたい、マイクを握りしめたい。

バンドマンの魂に火が付いたのか?

腹の中に力を込め、思いっきり歌う。


俺の歌を聴く者はない、いや、聴けないよね。

この広い空間だと、歌声はエコーがかかったように響き渡る。

カラオケボックスの様だ。一人カラオケだ!

気持ちが良いぞ。


「うるさいぞ!勇人」

「あっ、神様。すみません、うるさかったですか」


「隣人の迷惑を考えるのじゃ!」

「隣人?誰も居ないですよ、神様」


「沢山の魂が、この空間で漂っているよ」

「そうなんですか、でも気配もないし、話し声も聞こえませんね」


「この空間に来た魂は、死後やって来て、眠ったような状態になるからの」

「俺は、眠ってませんよ」


「だから、彷徨さまよっているのじゃよ」

「なんか、無理矢理、納得させられたような」


「ところで、神様。俺の体、無事でしたか?」

「おお、お主との約束じゃな。体は、病院にあったぞ」

良かった、帰る体が無事だと聞いて安心した。


「神様、いつも吸い込まれる時に、入る体の情報が出てくるのですが」

「あれか、便利だろ。わしのアイデアじゃよ」


神様は、得意げに声を弾ませるな。

かなり満足しているようだ。

実際、役に立っているからありがたいけど。


「あの情報、助かるのですが、入った後、状況を理解するのに時間が掛かって。何とか、なりませんか」

「それなら、記憶を見れば良いのじゃ」

「記憶を見るのですか?」

「魂は違っても、その体の持つ記憶は、そのままじゃ」

「どうやるのですか?」

「普通に頭の中で考えれば、良いのじゃよ」

「そうですか、次の機会に試して見ますね」


大声で歌うのを止めた。

見えないけど、周りには、同じように浮遊している魂がいっぱいある。

言い換えれば、大勢の人が居るのか?


そろそろ、吸い込まれそうな気がする。

やっぱり、引っ張られる感じがして来たよ。

自分の体では、無いと思うけど、どこに行くのだろう?


高橋進 18歳

男 LV15

学生、コンビニ店員

趣味 車

健康状態 お疲れ気味


頭を叩かれた。

「高橋、そろそろ交代してくれよ」

「痛え!」


でかい手で上から叩かれたので、衝撃が強かった。

クソー、こいつ誰だよ!

そうそう、神様が言ってたように、今の体で記憶を見ると。


「店長、手加減してくださいよ」

「悪いな、俺も仮眠がしたいから店番、交代な」


店長の永井さんだ。

24時間営業のコンビニを家族で、やり繰りしている。

30代でもさすがに、365日無休の店を持つと、体力の限界だよな。


高橋君の情報では、おっかない人になってるな。

でも、高橋君がどんくさいから、怒られてるみたい。

しっかりしろよ、高橋!


ああ、やっと、俺の住む世界に戻ってこれた。

バックヤードを出て、レジカウンターで客を待たないと。


「高橋、そろそろ新聞配達が来るから準備しとけよ」

「分かりました」

「それと、今日は月曜日、ジャン〇が入ってくるから来たら起こしてくれ」

「それくらい、俺がやっときますよ」

「無理だよ、120冊は頼んだから。じゃあ、寝るな」


何!ジャン〇120冊?

どれだけ売れるんだよ。

今、何時なの?令和じゃないの?

もしかして、平成の一桁?


「ちわー、新聞です」

「すいません、直ぐ行きます」


そうそう、昨日の新聞を渡して、今日の分を貰う。

検収印を押すと、配達員はスーパーカブに乗って店を後にした。


新聞の日付は?

嫌だー、昭和だよ。昭和62年て書いてあるよ。

今気が付いたけど、俺が着ている服は、青いストライプじゃないか。


昭和の時代は、コンビニでジャン〇が一体何冊売れたんだよ。

大量の雑誌を売るだけだから、高橋君はレベル15なのか?

戦う相手も居ないから、しょうがないか。


趣味が車?

この時代、車は男のステータスだったと父親から聞いたことがあるな。

高橋君は、どんな車に乗っているのかな?


レジ前で、店内を見ても誰も居ない。

ふと、レジを見ると、大切な何かが無い。

バーコードを読み取る機械が無いぞ、どうやってレジを打つんだ?


「店長、大変です」

「どうした、変な客でも来たか?」

「バーコードを読む機械がありません」

「はあ?お前、何言ってんの」

「レジを見てください」


椅子に座り、仮眠を取っていた店長を起こして、レジの前に二人で立つ。

「何も、おかしな所は、無いけど」

「いやいや、レジにつながっているはずの機械が無いです。バーコード読み取り機と言うやつだと思うけど」

「聞いたこと無いな。初めからレジは、コレだよ」

「なら、どうやって打つんですか?」

「レジに商品の金額を打ち込んで、部門キーを打ってから、小計、現金を貰ったら、金額を数字で打ち込んで現計を押すんだよ!」

「全て、手で打つんだ」

「初めて来た時に教えただろ。いい加減、覚えろよ」

「すみません、気を付けます」


ふと、人の気配がしたので店の入り口を見ると、白い服を着た女の人?

長い髪に顔が覆われて、表情は見えない。

まだ、日も登らない午前4時頃に何を買いに来るの?

どう見ても、夜の仕事帰りのお姉さんじゃあないよ。


「て、て、店長。お客さんですかね?」

店長も入り口を見た。

「た、た、高橋。あれは、お客さまでは無いな」

「じゃあ、何ですか?」

「あ、あ、あれは、最近、噂の幽霊だよ」

「そんな事、あるわけないじゃないですか!」


店長は、一体、どこで幽霊の噂を聞いたのだ?

動揺してるよ、俺と一緒でこの人も。


「お前、声かけろ」

「無理ですよ、店長が声かけてくださいよ」


女の人が、足を引きずる様に店内に入ってきた。

手に何か持っている?

強盗しに来たの?

何しに来たの、俺、何も悪い事してないよ。


えー、包丁を持っているよ?

この人、危ない人だよ。

あああああ、・・・・・店長が邪魔で逃げられない。

どうして、人を盾にするような体勢で出入り口塞ぐの!


「店長、店長、あの人危ない人ですよ。逃げましょうよ」

「高橋、悪いな。足が動かないんだよ」

「マジすか、ここに来ますよ」


レジの前で硬直する俺と店長の前に女が向き合って立ち止まる。

俺の額から汗が流れている。


「い、いらっしゃいませ」

「すいません、私・・・」


うわー、止めてよ。

夜明け前に包丁片手にコンビニ来る人は、普通じゃないから。

ごめんなさい、本当にお帰りくださいと言いそうになる。


「私、・・・     自殺、・・・    しようとして・・・」

「・・・・・自殺?」


うわぁぁぁぁぁぁぁ、生々しく中途半端な傷跡の手首を俺達に見せてくる。


深くも無く、浅くも無い、無数の切り傷。

何回、自分の腕を切ったの?

血が固まっている傷、今も血が滴る傷、もう、見たくないよー。


わざわざ、こんな傷跡を見せにコンビニへ来るんじゃない!

獲物を捕まえた飼い猫じゃないんだから。


「病院行きましょうか?」

「う、う、う、・・・」

「泣いてますよ・・・店長、警察と救急に電話してください」

「分かった」


早朝からパトカーと救急車が、コンビニを占拠した。

女性は、近所に住んでいるらしく、最近恋人に振られたらしい。

そのせいで、精神が不安定になり、自殺を図った。

でも、死にきれないまま、コンビニ来るか?

助けて欲しかったのかな?

かなり、怖かったけど。


「店長」

「何だ、高橋」


なんか、人助けをして満足そうにしているけど、大丈夫なのかこの人。


「このまま、だと、ジャン〇どうします?業者の人、店内に入れませんよ」

「そうだった!急いで準備しないと」


表の駐車場に入れなかったトラックが、道路脇に止まっていた。

急いで、店長と荷物を受け取り、店内に運ぶ。

朝からハードだな、眠気が一気に吹っ飛んだ。


「きつかったすよ」

「ありがとな、高橋。後でコーヒー奢ってやるから」

店長、ビビってたくせに、親指立ててるよ。


ああ、幽霊じゃなくて、・・・人で良かったのか?

気が抜けると、魂も抜けるのかな、体から離れていく。

高橋君、君の代わりに、言葉にならない体験をしたよ。

こんな体験、二度としたく無いけど。










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