弐拾――晨が来た時に

「姫ね、姫ね。ご本で読んだの」

「本で?」

「しろゆきひめとか、しっでれらとか、らぷっつぇるとか、そふぃあとか! 悪い魔法使いにつかまったお姫様をね、王子様が助けに来てくれるんだよ!」

「だから和樹が王子様ってことなのか?」

「そーなのー!」

「「まぁーっ! ロマンチックー!」」

「良かったな! 運命の王子様が見つかって」

「うん!」

「格好良かったですものね!」

「うん!」

 ……それで本当に良いのか? 女子の皆さん。


 一旦お姫様を引き剥がしてフウさん、水神、金花に預けつつ今後どうするかの緊急会議。with死神幹部。ガールズトークに花が咲いて、向こうはもう俺の家に住む気マンマンみたいなんだけど、それを目の前の剣俠鬼が許す筈がない。

 ああ。普通なら今頃、事後談的なのも終わってエンディングに向かってるところなんだけど。

 何で予定より一話増えてんだよ。感動のエンディングだろ、あの後待ってるのは!

「作者も五回書き直してるんだが、一向に文字数もお姫様のテンションもおさまんないらしいぞ」

「メタ情報どうもありがとう、トッカ」

「寧ろ増えてるらしい」

「聞いても元気になれない情報をどうもありがとう、トッカ」

 とんとんとんとん……。

「で、どうしてくれるんですか?」

 組んだ腕の先、人差し指を二の腕の上でとんとんしている剣俠鬼が顔に皺寄せながら言う。

「ど、どうしろと言われましても……そりゃあ、お姫様には残念だけど結婚とかは諦めてもらうしか方法は……」

「はぁ!? !」


 ……。

 ……、……。


「……え?」


 思考、停止。

 ……ん?


「だーかーらー! 姫様のご意志を無下にするなと言っているのだ!」

「……」

 どゆことですか?

「ここまで言っても分からぬか! 貴様!」

 多分読んでる人十人中十人が分かってないと思います。

「やっぱサルは馬鹿だな!!」

 多分読んでる人十人中十人が分かってないと思います!


「つまりはだな」


 斧繡鬼が激おこぷんぷん丸な剣俠鬼をなだめながら言葉を継ぐ。


「結婚したいお嬢の意志は尊重しつつなんかこう上手い具合に結婚しない方法をオマエタチで考えろこのサルが! ――って言いたいんだよな? へーび」

「流石は私の相棒。分かってらっしゃる」

「わーん! 黒耀ーっ! このヒト達面倒臭いよぉ!」

「おーよしよし。十三歳には余りに荷が重いね! ここは三百歳に任せなっ」


「じゃあ、こうしない?」


 黒耀がそう言ってすっと差し出してきたのは――三枚のお札。

 何だ? いきなり坊主の逃走中with鬼ババァでも始まるか? (元ネタ分かる?)

「そうじゃなくって……待って。ちょっと和樹。それただ言いたいだけでしょ」

「うん」

「じゃなくって! 契約! け・い・や・く。使い魔の」

「あぁ!」

 そこでようやくはたっと納得。

「ってかこれ、君んとこのお札でしょう!? それだけでちょっとは察してよ!」

「ごめんごめん」

 もう疲れすぎて頭回ってないの。

「どういうことですか? これ」

「覚えてない? これ」

 そうやって四角四面な鬼の額に札を運ぶ座敷童。

 本人にその自覚はないんだけど一挙一動が何だか艶めかしく、剣俠鬼がガタッと顔を赤くしながら後ろに退いた。

「ぶっ、無礼者っ!」

「……? どゆこと?」

「ぶ、あ、ふぁ、え! その! ふっ、札でヒッ、姫様を封印しようなぞ!」

「ん? ああ、違う違う。そうじゃなくってさ、魂の誓いをね」

「命を吸い取る気か!」

「そろそろ股間蹴飛ばして良い?」

 一瞬ナナシの影が見えた気がする。

「だから。和樹の傍に居たいっていうお姫様の願いを叶えたいんでしょ? 要はさ」

「……」

「でもお姫様を嫁がせるのは政治的にも適齢期的にも諸々まずいと」

「そうです」

「じゃあ、和樹が必要な時は直ぐ呼び出せるし、魂レベルの契約もできるけどお姫様が色々勝手はできないこの『契約』しかないかなって感じ。分かる?」

「あぁ、なるほど!」

「それに心配だったら君達二人も契約しといてさ。呼び出さないとまずいかなって時に一気に呼び出せば良いじゃんって思った訳! おけ?」

「ほう……」

 剣俠鬼が目から鱗みたいな顔してほわほわしてる間に黒耀がこっちをちらっと見てぱちっとウィンクしてきた。

 その瞬間耀が分かってきた。

 要は、要はあれだ。

 その、あれだ。

 あの。強いひとを仲間にしよう的な。(もう駄目だ。頭がご臨終なう)

「これなら安心でしょ?」

「はいっ、確かに!」

「ちょちょちょっ! 待て待て待て! 良いのか!? そんな簡単に事を運んで!」

 ここで横から斧繡鬼乱入。姫様関連になると急に単純おバ――ゲフンゲフン! な剣俠鬼の肩を掴む。

「え? 良いのかとは?」

「よく考えてみろや、このバカヘビ! お前、シナリオブレイカーを倒さにゃならんのにそのシナリオブレイカーの配下になっちまうんだぞ!? お嬢の契約、それ即ち人質みたいなモンだろうが! ――考え直せ。お前、利用されかけてんだぞ!? あの性悪座敷童共に!」

 あ、そうそう! 俺が言いたかったの、そういうの!

「でも姫様に最もご満足頂くためにはこうするしかないじゃないですか」

「とはいえもっとやり方があるだろうが!」

 必死な顔で訴える彼に対し、のんびりうーんと考える剣俠鬼。

「……そうかもしれませんねぇ」

 やがて呟かれた彼の言葉に斧繡鬼は一瞬安堵の表情を見せた。


 ――が。


「でも、このやり方なら」

「……このやり方なら?」


「姫様の中での私の評価を上げられるうえに私のお傍から姫様はいなくならないんですよねーっ」

「……」


 ご想像ください。

 このにぱーっと明るく笑った剣俠鬼に対する斧繡鬼の青ざめた顔。サーッて血の気の引く音がよく聞こえます。

 あっ。頽れました!

「それではご契約でよろしいでしょうか」

「はいっ良いです!」

「蛇」

「それではご契約者様全員こちらに」

「姫様ーっ」

「蛇」

「お名前と魂ひとかけだけで充分でございますので」

「わあ! 簡単!」

「蛇!」

「なぁにー? キョウー」

「ご結婚はやっぱりまだまだ早いので――それにちょっと似た方法とりますか」

「どゆこと?」

「王子様と魂の誓いをするんです!」

「えーっ! 何か分かんないけど凄そうー!!」

「蛇ぃぃぃいぃぃいいいぃぃい!!」

 あ、頭を抱えたぞ。

「おい蛇あのなぁ!」

「はい。何でしょう」

 わざと怒ってみせてもきょとん顔。

「……」

 あ、耐えてる耐えてる。

「よーし。よーし。もう何言っても無駄なことは分かった。ならここは俺が強制的に連れ帰るしか……」

「はいっ、お名前書けましたよ姫様!」

「キョウも書くのー?」

「書きますよー、ってかもう書き終わって御座いますよー」

「事後だった!!」

 面白いなぁ。

「い、いや、まだだ。まだ魂を塗り込めてはいな――」

「これで良いのー?」

「完璧に御座います!」

「うぁぁぁぁあああぁぁぁぁああああ!!」

 カーンカーンカーンカーンカーン!

 斧繡鬼完敗!

「……もうお前喋んなよ」

「綺麗にフラグ立てて全部綺麗に回収してったね」

 哀れなことに黒耀とトッカによしよしされてる白い灰(斧繡鬼)。

 そんな可哀想な彼は置いておいて真逆真逆の契約である。

「和樹様っ! これからよろしくお願いいたしますっ!」

「こちらこそよろしくね」

 にこにこ笑顔のお姫様から重みが物凄い札が手渡される。

 天津藤上命紫姫神……この名前見ると本当に神様なんだなって思う。黒耀は違うだろうけど、俺は少なくとも一発では絶対に読めない。きっとトッカも読めない。

「和樹様。姫のことはー、命紫めいじって呼んでください!」

「うぇ!? そんな風に呼んじゃって大丈夫なの!?」

「はいー! 和樹様には……お名前で呼ばれとうございますっ」

「じゃ、じゃあ……め」


 その瞬間ドギツイ殺気!!


「……やっぱやめとくね」

「えー」

 ごめん、お姫様!

 でもこれ以上このひとに殺しをさせてはいけないと思うんだ。

「それではそろそろ私のも良いですか」

 次いで剣俠鬼の札。こっちは重みと共に威圧感が物凄い。

 殺気もヤバい。さっきから殺気がヤバい。……「さっき」だけに(今日は何だか調子が良い)

「姫様だけ呼び出した日にはお前の心臓抉り抜いて差し上げますからね」

「しっ、しないよ。絶対しないから信じて」

 笑ってるんだけど目が笑ってない。

 間違えないように二人の札をファイルの同じポケットにしまった。

「あ、そーだ。シュウにもやって貰おうよ! 姫は皆と同じがいいー!」

「そうですね! 姫様の命とあらばあの者も喜んで契約に応じるでありましょう。――ね? ふ・しゅ・う・き?」

「はぁ!?」

 さっきまで俺の方に向いていた殺気立った目が今度は斧繡鬼の方を向く。

「姫様のお願いですもんね? 出来ない筈はありませんよね?」

「お、お前、初登場から結構キャラ変わってね? こんなある意味怖い奴じゃなかったよね!?」

「次話で戻すから良いんですよ」

「ああーっ、物語の都合上長くなった二話分をもたせるためにメタネタ突っ込むしかないなーっ!」

 斧繡鬼が色んな重圧に押されて泣いてる。

 可哀想に。

「……で? どうするんですか」

「ぐ」

「契約するのかしないのか」

「……っ、そんな憎い敵の配下になるなんて、俺ぁ御免だね! やるわけねぇだろ」

 バシッと彼の手から札を払いのけ、二、三歩退く。

「姫のお願いでもー?」

「やらないよ。悪いけどな」

 甘えるように腰の辺りにくっついてきたお姫様の頭をぽすぽすと撫でながらごめんを言う斧繡鬼。

「は?」

 直後、黒い影を顔に這わせた剣俠鬼の太刀が首筋を撫でた。

「ちょ、ちょい! 脅したって意地でもやんねぇからな!」

 短剣で刃を弾いて先程よりも大きく後退した斧繡鬼。ぺっと唾を吐いて苦々しい顔になる。

「んだよ二人して。なあ、良いか? 死んでも俺は絶対にやんねぇ」


「……もう、あんな思いするのは二度と御免だからな!」


「覚えてろ! 汚れた人殺しの家系めが!」


 こちらを憎々し気にぴっと指した指がふるふる悔しそうに震える。そしてふいっと振り返ってさっさと黄泉の国まで帰って行ってしまった。

 後に残されたのはぽかんと佇む二人の仲間達。

「あれー。行っちゃったねー」

「良いんですよ、機嫌悪くしたらいつもああですから。後で叱っておきます」

「喧嘩はしないでね」

「はい、かしこまりました。殺さないように努力はします」

 やれやれと言いたげな彼と心配そうなお姫様。彼のいつもの様子らしいあの態度を不思議には思っていないようだったが――。


 黒耀の桃色の耳飾りはぴん、と揺れていた。


「……イーグルアイ」


 口先で小さな声が滑る。


「……? どうしたの? 黒耀」

「アイツの宝石。イーグルアイ」

「いーぐる……」

「鷲目石のこと。昔はなんでも『神の目』とか呼ばれていたらしくって、石言葉は『知識』とか『黙想』とか。あとは――『未来を知る』」

「未来?」

「そう。……いや、ね? なんかって発言が気になったからさ」

「……? そう?」

 俺にはそこら辺の相関関係さっぱり。だから思わずそうやって聞き返してしまった。それに「そうだよ」なんて最初は言いたげだった顔。

 でもすぐに、はにかんだように笑って

「んー。ふふ。やっぱ忘れて。何か、気になっただけだから」

と呟いた。

「そう?」

「うん」


「でも、あとで記憶は覗いてみようかなとは思った」


 月光にもかもか照らされた美しい横顔。

 その黒耀石の瞳は何を見つめているの。

「そうだね。そうしよう」

 思いながら返した。

「その時は一緒に見る?」

「うん、勿論。いつもの三人で見よう」

「じゃあトッカのためのキュウリの浅漬け用意しとかなきゃ!」

「へへへ、よろしく頼むよ!」

「姫もー! 姫も行く! 和樹様のとこへはどこへでも付いてゆくー!」

「おわっ」

「駄目ですよ! 姫様! この数日間分のお勉強をしなくてはなりませぬ!」

「えー!? お勉強ー!?」

「そうですよ! 計画から遅れた分、取り返さねば!」

「ぷー! お勉強嫌だ!!」

「なりませぬ!」


 そこで誰かが吹き出して、皆で大笑い。

 お姫様だけはずっと不満そうだった。


 * * *


 そしてさよならした後のこと。


 異空間から帰ると眩しい陽光と夜闇に冷えた空気とこれ以上ない綺麗な空と。

 清々しく洗われた門田町が迎えてくれた。


 早朝五時。

 夜明けは間もなく。


「和樹ーっ! 無事で何よりだよー!」

「夢丸!」

 心配していたらしい夢丸のハグを体いっぱいに受け止めて、ふわふわの白髪にすりすり頬ずり。

「ただいま、夢丸!」

「おかえり和樹。案外傷が少なくって安心した」

「治してもらったんだよ。本当はもっと酷かったんだから!」

「ふふふ、だろうねー」

「あ、それどういう意味!?」

「それぐらい察してよー!」

「なんだとー!? このーっ、こちょこちょ攻撃だ!」

「ふーんだ! 霊体にはっ、効きまっ――ぷふふ!」

「あ、効いてる効いてる」

「もー! やーめーてーよー! あははははは!」

「おいおいお前ら体力無尽蔵お化けか? 俺、もう眠いし皿乾きそうなんだけど」

「僕はまだまだ元気だよ」

「はぁ? お前も体力無尽蔵かよ」

「……一徹ぐらい、運命管理局局員にとってはどうってことないから」

「お前は寝ろ」

 頭をぱかんとやられてた。











「和樹ー? 和樹! 朝だよ! もう六時!」


 二階に上がった和樹の祖母、紀子がぴしゃんと戸を開けると誰もいない。

 きょとんとして方々を探し回ると一階大広間で祖父、寛次に見守られながらすよすよ寝ている少年がいる。

「あっ、そこ踏むな」

「……また、妖怪ですか?」

「昨晩は大変だったらしいからな」

「……そうですか」

 この家に嫁いでからというもの、夜中じゅう走り回ってはこうやって無造作に寝る人をしばしば見てきた。

 例えば隣のこの人とか。

 もう仕方のない事と割り切っている。きっと遺伝子なのだ。

「風邪ひいたら困るから、布団敷くか」

「私は朝ごはん作ってますからね」

「頼んだ」


 雨戸を閉め切った暗い大広間で祖父に抱えられた少年。


「かあ、さ、ん」


 そんな小さな寝言には誰も気付かない。


(つづく)

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