拾玖――晨が来る前に

「わあああああああっ!!」

「和樹!」


 何者かの術に吹っ飛ばされ、ぶっ飛んできたその少年の腕をすれ違いざまにフウは掴んだ。が、そこで引き留めることが出来ず自身の体も持っていかれる。

「グ!」

 何て凄まじい力!

 こんなの……唯吹っ飛ばされるだけでこんなに飛ぶものか!

 ちらりと見れば彼の影に不穏な術がかけられている。


 影を媒介にした支配魔術……!


 背筋にぞっと怖気がはしる。しかも最悪なことにこの状況下で解くのは難しい、高度なやつだ。

 一体誰が……。

 そう思った瞬間、自分が養い育てている二人の天使の子ども達のことがふと頭をよぎった。

 一人――トルメリアスの両親はベゼッセンハイトに戦争で殺され、もう一人――コリアールはベゼッセンハイトの呪いをその身に受け、今も呪いに苦しめられている。自分の加護の下にいなければ今頃とっくにアイツの玩具にされていた筈。

 真逆と思えばギリ、と歯を擦り合わせる。

 これ以上させるものか……!

 無理に彼の体を引き寄せ、これから自分達がぶつかるのであろう木の幹に向かって思いきり風を吹かせた。

 突風が木を破壊し彼女らの激突は免れたがその先に斧繡鬼が受けたのと同じ鋭い突起物が待ち受けている。

 吹っ飛ばしの威力も速度も収まる気配が一向にない!

「影じゃない、闇か!」

 突起物は木にべったりと張り付く夜闇から無数に現出している。これでは旋風を吹かせたところで意味がない!

 ――と。


【鬼道展開! 灼爍炎精しゃくしゃくたるえんせい!】


「ウワ!」

 思わず目を覆う程の明るい光。それは自分の抱きかかえる少年の手から発せられたものだ。

 その中に母の面影がある。――既にその勢いは微弱であるが術の威力は申し分ない。目の前の闇が払われ突起物の悉くがぼろぼろ崩れていく。


「アンタ……」

「あと、お願い……」

「あとお願いって、お前――ウワ!」


 そこで少年はふっと気を失った。支配魔術も突然解かれ、勢いよく吹っ飛ばされるだけになった二人は地に転がりつつ衝撃を受け流していく。

「グ……!」

 何メートルか転がり、二人とも土埃で汚くなった所でようやく停止。腕の中の少年が無事であることを確認、取り敢えずは安堵した。

 ふわふわの茶髪をそっと撫でてやる。

 寝ている犬のようにふわふわで、あったかい。


 ……。

 ……、……。


 気付けばこの空間内の空気が明らかに良くなっている。

「邪気が、ようやく……」

 やっと肩の荷が下りた。

 息を整えながら少年の顔をそっと覗き込む。少し前まで殺されそうになっていたとは思えない程の安らかな寝顔に苦笑。

「お前だけ先に休むとか反則じゃないのか?」

 ……。

「まあ一番頑張ってたし、良いのかな」

 よっこいしょと抱き上げ、ようやく落ち着いてきたらしい向こうの仲間の方へとゆっくり歩を進め始めた。




「お前のご母堂、立派なお方だ」




 * * *


「シュウー! シュウー!!」

「お嬢ー!!」


 走り回るハムスターみたいなてちてち具合で斧繡鬼の胸に突っ込むお姫様。彼は後ろにごろんと転がりながらも彼女をしっかり受け止め、堪能するかのようにぎゅうと抱き締めた。

「シュウー、姫ね、姫ね! とってもとーっても頑張ったよ!」

「ああ、とっても頑張ってたな!」

「お父様の術も上手に使えたの!」

「見てたよ。全部見てた。……ちょっと前までこんなちっちゃなひよこだったのに、たっくさん成長したな」

「うん!!」

 と、その時。ぶるりと悪寒。

 きゃっきゃ喜んでべたべた甘える姫を血涙流れる眼でしっかり見つめているのは剣俠鬼だった。何となく命の危機を感じる。

「な、なぁお嬢」

「なぁに?」

「いつも先生やってくれてるへ……じゃなかった、キョウの所にもご報告に行ってあげたらどうだ?」

「え? 何で?」

「え、何でって……ほ、ほら。心配してるかもしれないだろ?」

 正しくは俺が殺されそうだからだよ、お嬢。

「……?? でもキョウとはさっきまで一緒にいたよ?」

 闇のオーラが見え始めてきたんだ、お嬢。

「――じゃなくって。ほら、キョウへのご報告はまだだっただろ? ほら、たっぷり頑張ったからたっぷり褒めてもらえるぞぉ」

「ほんとぉ!?」

「おうともさ! キョウが褒めるなんて滅多にないことじゃねぇか!」

「確かにー!」

 そうだ、行け! 行くんだお嬢!

 蛇に殺しをさせるんじゃない、お嬢!!

「じゃあ姫、言いに行ってこよっかなー。どっしよっかなー」

「ああ、その方が良いぞぉ! マジの大マジでそっちの方がお得だぞ!!」

 迷うな躊躇うな頼む!

 早く!!

「だよねー! よしっ、じゃあ言ってこよっと! キョウー、聞いてー! 姫ねー、めっちゃ頑張ったー!!」

「姫ざばぁぁぁぁああああ!!」

 ほっと息を吐く。

 鬼が一命を取り留めた。


 ――同時刻。


「和樹!」

 彼の使い魔達がわーっとフウのもとへと集まる。

「よ」

「よ、じゃないよ和樹は無事!?」

「誰に聞いてるんだ、無事に決まってるだろ」

 返ってきた言葉に全員の顔がふにゃっとなった。

「「良かったぁー」」

「あのなー。お前達、ちょっとは私の心配をしろ」

 げんこつくれようとしたフウの拳をすいっと避けてナナシがフウの腕で眠る少年の傍まで飛翔。安らかな寝顔を見て思わず頬ずりした。

 それに自由な飛翔はできない人魚の金花がそわそわしだす。

「あの、あの、風神様」

「フウで良い」

「じゃ、じゃあフウ……様。あのね、私、手当がしたいの。だから、その」

「おろして欲しいってことか?」

 遠慮気味にこくこく頷く金花。それにフウがほっと微笑む。

「勿論だとも、私は治癒はできんからな。ほら座敷童、離れろ。邪魔だ」

「わぁ、ありがとう! ……和樹、頑張ったんだね」

 見るに堪えない傷の数々を作った彼の手を優しく撫で、歌を静かに歌う。微かなハミングで曲名は分からなかったが子守歌のように優しい歌だった。

 彼が自分の犬歯で抉った親指、薄い線が入ってしまった右腕。そういった全てが、少しずつ癒えていく。

 少年の顔も少し緩んだ気がした。




 ――それはきっと叶歌が幼い彼に歌っていたかもしれない歌――








「ん……かあ、さん……?」




「わ! 和樹が目覚めたわ!!」

「「「何だって!?」」」


 金花のぱっとほころぶような声に神含め、全員がばっと彼の方を向く。


「母さ、ん……母さんは?」

「まずはこっち見ろボケなすび!」

「心配させやがって、こんにゃろめーっ!!」

「うわあ痛い痛い! やめやめ、ちょ、ぎゃあああああああっ! 怪我人、怪我人!!」




 * * *




「……あっちは騒がしいこったな」

「能天気でよい事ですねぇ」

「お嬢、ちょっと待っとれな」

「すぐ終わりますからね。そしたら安全なお宮まで共に帰りましょう」

「……そしたら黄泉様に報告しなくちゃだな」

「ふー。厄介なことになりました」

 剣俠鬼に肩を抱かれ、そのまま抱き寄せられたが姫の視線は側からずっと離れないままだった。彼女を守る鬼共は突如として現れ、姫を攫おうとした魔術師の話に夢中で全然気づいていない。


 あのわちゃわちゃしている集団は本当に楽しそうで嬉しそうで幸せそうで。

 皆、自分のご主人が無事なことにあんなに喜んで。あんなに笑って。


 その中心にいるのはあのひとだ。

 飛び掛かられては困ったように笑ってる。

 人魚の女の子が胸にぴょんと飛び込み、幸せそうに抱き締められていたのを見たら胸がちょっとガーンっていった。


 ……はらい者。


 私のことを守ってくれたひと。

 手を取ってくれたひと。

 笑顔がきれいなひと。

 横顔が格好良かったひと。


 まだ彼の体温が残る手をもう一方の手でぎゅっと、胸の前で握りしめた。

 私も、私のこともああやってぎゅってして欲しい。

 私の名前を呼んで、お姫様みたいに抱っこして、お馬に乗せて。さっきみたいに私だけを守っていて欲しい。

 絵本で読んだお姫様と王子様みたいになって、お城で一緒に住みたいの。


 だって、だって。


 彼は




 私の――




 * * *


 たかたかっと姫、走り出した。

 向かうは一直線、和樹達の元。

「姫様?」

「……なーんか嫌な予感」

「同感です」

 慌てて鬼共も付いてゆく。


「はらい者ーっ、はらい者ーっ!」


 遠くから何やら死神御一行がやって来る。先頭は彼らの主たる死神の姫。

 ――和樹が潰れてる所を狙ってきた!?

 瞬時にそう考えたナナシとトッカ。同時に瓢箪と術を構えたが、向こうからぶっ飛んできた用心棒によって喉元に短剣をキッと突き付けられ、そろそろと手を上げるほかはなかった。

 そんな鬼気迫る命のやり取りは気にせず、するっとスルーした姫。和樹の一番近くにちょこんと座って開口一番。




「はらい者――いえ、っ!」


「姫は、姫は――」

「「ちょっと待ったアアアアアアア!!!」」




 当然ひょいっと持ち上げられ、告白強制中断に処された。




「ブーッ!! アーハハハハハ!! 傑作だ、傑作コントだ!! ヒーッヒーッ」

「ヒヒッ、ヒヒヒ姫様ッ!!」

「ななッ、なんてことを言ってんだ!!」

 余りにもな内容にナナシが吹き出し思いっきり笑ってる横で二人の鬼がぽかんとしている姫を懸命に諭している。

「良いですか? 姫様には生まれた時から許嫁がいらっしゃるんですよ!?」

「そだぞそだぞ」

「いーなずけ?」

「将来のお嬢のお婿さんのことだ」

「それが和樹様なのねっ!」

「そ、そうじゃなくってなぁ」

「龍の王子様ですっ、姫様!」

「和樹様、龍なの?」

「うーん。そうじゃなくってさぁ」

「アイツではございませぬっ! 良いですか。姫様の未来の王子様は、神様のご子息にあらせられます!」

「……ちがうひとなの?」

「勿論でございます。それなのに、下劣で卑俗なホモサピエンスとつつつ付きあうなぞ! 以ての外でございます! 姫様は王子と同じく、神様のご令嬢なんですよ? しかも名のある神の!」

「うんうん、そーゆーことなんだ。アイツは龍じゃなくってホモサピエンスなんだ」

「猿ですよ!? サ・ル!! まず身分から違います。つきましてはあんな奴と結婚できるワケはないのです!」

「……うー」

「そう。更に言えばあ奴めは所詮ヒトの子なのです、野蛮人なのでございます」

「そだぞそだぞ。汚いんだ」

「和樹様、葉っぱの良いにおいがするんだよ!」

「綺麗だよって言いたい?」

「きれい。絶対きれい!」

「そっれっなっのっにっ、高貴な姫たる天津藤上命紫姫神あまつふじのかみめいじひめ様が野蛮人と付き合うなんて……! 私が許せませんッ!!」

「ん?」

「姫様はっ! この私めがっ! 結婚適齢期のその時までっ! お守りしゅるって! 決めてんですよ!!」

 気付けば顔中の穴という穴から液体が駄々洩れている。

「……それ、私利私欲混ざってないか?」

「五月蠅いっ! そんなこと、ある訳ないじゃないで――」


「あああもう、二人とも煩いっ! 嫌い!! どっか行っちゃえーっ!!」


 と、突如お姫様の手から光が溢れたかと思えば紫の時計盤が空間に現出。二人の鬼が総大将の秘術によって強制的に時を遡り始めた。

 ぴゅーんと何処かへ飛んでいくなっさけねぇ鬼二人。

「わひゃぁーっ、飛んでっちゃったぁー!! 傑作ゥー! ギャハハハ」

「和樹様っ、和樹様ーっ! 私の王子様っ!」

 ナナシが転げまわってる横からてててと可愛らしく走ってきて、しっかと抱き付いてくるお姫様。

 わわーっ!

「ああ、会いとうございましたっ! 葉っぱの香りふんわり良い匂いですーっ」

「わわわ」

 こっちの鼻にはお花みたいな芳しい良い香りがふんわり。――って、それどころではないのでは。

「アチャー。でれでれだな」

 苦笑したトッカが頭をかきつつぽつり。

「と、トッカ。これ、ヤバいかなぁ?」

「まあ……俺達は死にゃあせんとは思うが」

「思うが?」

「まあいって、龍と死神の戦争かな」

「やっぱヤバイやつなんじゃん!!」

 本当に俺達死なないやつ!

「良いじゃん良いじゃん! 国際関係に政治問題っ! ぐるぐるかき回しちゃおうよっ!」

「ナナシはいい加減黒耀と交代してあげて。話がややこしくなるだけだから!」

 ついでに言いますとね。この話題になってから君、なんか目の色がおかしいんだよ! なんか、闇属性感丸出しの目になったっていうか、黒真珠の目から真っ黒インクの目になったというか。

「ええー? やっだっぷー! そんな理由でボクの自由を妨げようったってそうはいかないんだから!」

「あ、こら!! 今回のお前のソレ自由は迷惑極まりない方だろーが!」

「やぁっ! 和樹様、行かないでくださいましっ! 姫と一緒に居てくださいましーっ!!」

「あ、ちょ」

「だっこ、だっこ、だっこ」

 放っておくとかなりマズそうな座敷童を追おうとしたところでお姫様のイヤイヤが俺を阻む。彼女自身は軽いからいくらでもだっこ出来るんだけど(いやだっこしたら駄目なのかもしれないけど)身軽な彼を追うにはちょっと大変。

 ふらふらよたよた追いかけてる内に彼はぐんぐん時を遡っている鬼二人の所へすいっと移動し

「よっ」

景気よくスパン! と手を叩いてお姫様の術を解除した。


 そして――。




「剣俠鬼さぁん。お姫様の結婚の申し込みをはらい者が受諾したよォ」




「はあああああああああああっ!?」

「誤解だよぉぉぉぉぉぉおおっ!!」




 何て気持ちの良すぎる悪い笑みなんだ!

 ゲラゲラ笑ってんじゃないよ、お前のご主人が命の危機なんだが!

 たっ! 助けてっ! 太刀をぶん回してる危ないひとが! ななっ、何とかして誰かっ!!

 誰か!!


 俺、怪我人!!


「仏罰、神罰、灼熱地獄!」

「ひゃああっ!」

「八つ裂き、細切れ、サイコロステーキ!」

「あ、そのネタはどっかで聞いたことある気がす――」

 ザクッ! ドッ!

 地面に大太刀ぶっすー!


「ひっひぇぇえええ!」


「和樹様、この遊びはなぁに? これとっても面白いわぁ!!」

「こっ、殺され、かけてるんだよ!」

「まあ何で?」

「それはね、お姫様。和樹がお姫様のプロポーズにO.K.出したからだよーっ!」

「えっ、本当ー!? とっても嬉しいです和樹様ぁ!」

「ちょっ、ま……」

「姫、幸せ」

「ナナシィィィィイイ!!」

「あぁーははは! 愉快愉快!」

 助けに来たかと思ったのに悪化の一途を辿っている! ――や、そりゃそーか!

「テメェこの野郎ー! サルの分際で姫様と結婚だなんだ言いやがって! 生かしておくものかぁぁぁあああ!」

「だぁから誤解だってばぁ!」

「姫は和樹様のお宮で暮らしますーっ! きゃあ!」

「え、暮らす!? 暮らすの!?」

「はいー! ご本の中のお姫様は白馬の王子様に連れて帰ってもらうんですー! 長年の夢でしたー!」

 そう言って肩に甘えるように頬をすりすりすれば後ろの鬼が大発狂する。

「キィェェェェェェェエエエエエ!!」

 ほーらややこしい事になったぁ!

 ――と。

 笑いすぎてひっくり返った拍子に頭をごちん! と打ってしまったナナシ。その瞬間なんと意識が黒耀と交代!


「な、何が起こっているんだ」

「……!!」


 一番のしっかり者のご降臨だぁ!


「た! たしゅけてコクヨー!! ころっ、されっ、かけっ、ぎゃああああああ!」

「ま、まずは情報を頂戴!? どうしてこんな愉快なことになってんの?」


 そんなこんなで約6000字突破にしてようやく一番頼りになる子が登場。

 遅いよー!


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る