陸――不思議な事

「それじゃあ、情報の出し合いっこね」

「ま、基本だな」


 俺とトッカ、そして黒耀の三人(三人……?)で明治街をてくてく。昨日のカフェーまで行き、そこでこおろぎさんと合流する予定だ。

 俺らはこのまま何もしないで挑むのはまずい、という事でちょっとした作戦を立てた。

 今はその準備段階。こおろぎさんは昨日みたいになるのは御免だと湯羽目の御本家まで出向くことになった。

 秘術みたいなのを纏めた本を読みに行くらしい。

 ……。

 ……、……。

 勘当されてるって言ってたけど、盗みとかしないよね?


「じゃあまずは僕からね」

「ほい、どうぞ」

 トッカからの許しを得てすっと目の前に掲げたのは黒い革の表紙の分厚い本。

「探してみたら案の定ありまして。その当時の情報に留まってしまうけれど、死神の一族の事について書かれた本。死神の総大将のとこに小さなお姫様が生まれた時に記念として出されたんだ。お父さん、よっぽど嬉しかったんだね」

「――ん。ちょ、それってさ、限られた所にしか送られなかったやつじゃねえか! おい、お前んちすげぇな!」

 新しいゲームを買ってもらえた友人を羨ましがるような台詞は止めなさい、トッカくん。

「とはいってもあそこの本は全部運命神たる先生の私物だから……」

「じゃあ凄いのは先生か」

「まあ、そうだね」

 そこは見栄張っても別に良いんじゃないかな。

「で、まず昨日の異空間だけど……元々はアレが彼らの戦闘の基本スタイルみたい。要は無駄な命の刈り取りをしない様にターゲットを別の次元、空間に飛ばして、そこで確実にそいつだけを仕留めるって寸法。神隠しと呼ばれた現象の内の一つだろうって。本にそう書いてあった」

「ほへぇ」

「確かに、死神が絡んだ今までの戦闘は殆ど全部異空間繋がりだったな」

「まあ例外もあるけどね」

「あ、そっか。トッカの所に行った奴は異空間を使ってなかったんだよね」

 黒耀がこくんと頷く。

「それで異空間の維持をする役ともう一方の戦闘をする役とでペアー、ないしはグループを作る事が多いらしくて……そこから推察するに可能性は二つ。一つ、昨日の少女と糸目眼鏡のタッグの可能性。一つ、糸目眼鏡と茶髪の髭のタッグの可能性」

「ふむふむ、なるほどな」

「はい! 黒耀先生、質問です!」

「何?」

ってどういう事ですか!」

「ん、よく気付いたね」

「えへへ、ありがとうございます」

 照れ笑いした俺と相対して黒耀は少し曇ったような顔をした。

「実はね、数十年前から死神の戦闘様式がちょっとずつ変わっていってるんだ」

「……?」

 どういう事?

「さっきも言ったようにさ、わざわざ命を奪わなければならないような相手は異空間に放り込んでそこで仕留めていた――それ程彼らは『出来るだけ無駄な命を奪わない様に』って慎重な態度を保ち続けていたんだ」

「それが? どうしたの?」

「それが、ねえ……なんというか、簡単に言うと命に対するそういった慎重さが無くなってきているんだよ」

「……え?」

「本来、彼らはこんなに好戦的な性格じゃない――その強さは昔から相変わらずらしいんだけど――。だから彼らの強さは計り知れず、それ故その威厳、神秘性を保っていたんだよ」

「確かに……言われてみれば彼らへの印象が知らない内に変わっていた気がする」

 トッカもうーんと言って目を瞑った。

「それにこんなに僕らに執着的に挑み続けるのも過去に前例のない事だ」

「んん? そうなのか?」

「――まあ本当にここに書かれている限りは、だけどね」

 そう言ってぽんと本を叩いた。

「まあ、大体は一発で殆どが魂持ってかれてるからっていうのもあるけど……この本によればと解釈するように徹底されてるって」

「……!?」

「おいおい真逆じゃねえか」

「彼らは運命の守り人。本当に最低限の干渉しかしないはずなんだよ、元々は」


「この一連の襲撃……若しかしたら相当根っこの深い問題なのかもしれない」


「……」

 暫く言葉が出てこなかった。

「それって、要するに、だ。大本の総大将に問題があるって事なのか?」

「分からない。もしかしたら幹部の暴走かもしれないし、どこかで革命が起こったって事かもしれないし」

「ふむ……難儀だな、この問題」

 俺らの間を風が吹き抜けていった。

 冷酷で、狡猾、加えて好戦的な二人組。

 彼らのその姿って――。

 考えれば考える程何だか変な感じがした。

「あ、ああ、変な空気にしてごめん。次はトッカだよ」

「ん? あ、ああ。そうだな」

 黒耀が困り笑いをしながら下がる。

 それをトッカが次いだ。

「まずなんだが……和樹、お前フウと何か約束事してたか?」

「へ?」

「ほら、あの、しなりおがなんちゃらみたいな」

「あー……」


『シナリオブレイカー』


『取り敢えず伝手はある、そいつに今度ちょっと聞いてみる事にするよ』


「……あ、『シナリオブレイカー』?」

「そう! それだ!」

「聞いてきた本人が忘れるんじゃないよ」

 同感。

「フウがさ、『あの時聞いてくるって約束したからてっきり和樹が来るんだと思ってたのに』って言っててさ」

「キレた?」

「キレた――って何の話だよ!」

 ほらキレた。沸点低いんだから。

「で? 彼女は何て?」

「運命神にコンタクト取って、その『シナリオブレイカー』とやらについて聞いたらしい」

「そのシナリオブレイカーって?」

「待て待て、今話す。――シナリオブレイカーっていうのは……そうだなぁ。ちょっと説明し辛いんだけど、要は運命通りに生きない人の事をいうらしい」

「運命通りに、生きない?」

「運命の書を逸脱しているって事?」

「恐らくは」

「へえ、そんな人いるんだ」

 凄いね、と直後付け加える黒耀。

「それってそんなに凄い事なの?」

「時と場合によっては大変な事になる。小説でいえば、主人公を序盤で脇役が殺しちゃうとかさ、そんなレベルの大ごと」

「……んー、ちょっと分かりにくい」

「だーかーらー! シナリオブレイカーが関わる事によって、本来ならば死ぬはずのない人が死んでしまう可能性もあるって事!」

「しえ!?」

「しかもそれを無自覚でやってのける」

「そ、それは、やばいね」

「ああ、やばい。それ故に、基本抹殺対象らしい。それを死神が担当しているんだってさ」

「へえー」

「……」

「……」

 ――ん。待てよ。

「それって……俺とこおろぎさんがシナリオブレイカーとかなんとかだって言いたい感じ?」

「ごめん、悪いけど僕もそれ一瞬考えちゃった」

「えええ、勘弁してよお!」

「いや、それがな」

 そこで意味ありげな制止。

「お前達に関しては分からないっていうのが運命神の見解らしいんだ」

「……?」

 二人で首を傾げた。

 どういう事?

「シナリオブレイカーはこの世に現在二名確認されているとの事。それが『千年を生きた機械人形』、そして『境界を穿つ者』なんだという」

「へえ、名称格好良いんだね」

「厨二くさいよな」

 こらこら。

「で、その内前者は運命神も突き止める事が出来たらしいんだが……後者が見つからないらしいんだ」

「前者は見つかったのに?」

 言葉を受けてかたんと首を捻った。トッカも不思議に思っているらしい。

「というのもシナリオブレイカーが誕生するまでに踏まなければならない要素というのが幾つかあって、それをクリアーした者だけがそれになれる可能性を持つ、らしい」

「結構ハードル高いんだね」

「そりゃ運命を逸脱するなんて大ごとだからな」

「で? その条件って言うのは?」

「まずは運命の書が弾き出した名称の通りの人物であるという事」

「って事は……『千年を生きた機械人形』っていうのは本当に千年生きたロボットとか、からくり人形とかって事?」

「……らしい」

 ずこ。

「ええ? そこは頷くところじゃないの?」

「だって本当かどうか分からねえだろ? 千年前なんてお侍さんが馬乗って斬り合いしてたんだぜ? ――もうこの時点でちょっと怪しいんだよな」

「ま、まあそこは置いておいて……で、残りが『境界を穿つ者』なんだね?」

「ん、そうなるんだが……和樹もこおろぎも何かの境界に穴開けた事なんて無いだろ、多分」

「俺は絶対に無い! ダムカレーのご飯に穴開けた事しかない!」

 あ、カフェーに着いたらカレーにしよう。

「そんな境界線は誰でも開けられるからパス」

「っつうかシナリオブレイカーがそんなちゃちい事で簡単に指名されるとは思えんしな」

「じゃあ和樹の線は無いな」

 うーん、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。

「それで? 他に条件って言うのは?」

「運命上に二名以上同一人物が確認出来る事」

「……それ、物理的に無理じゃない?」

「や、意外と無理じゃない。偽名も一人にカウントされるから」

「へー。で、和樹。偽名は使ったことある?」

「『森のリス・B』って名前なら」

「お遊戯大会してるんじゃねえぞ」

「ハイ次」

「後は……ここがちょっと凄いんだけど」

「何」

「勿体ぶらずに教えてよ」

「合計百年以上生きている事」

 暫し沈黙が走った。

 また風が吹いた。

「え、それ、和樹どころかこおろぎさんも駄目じゃん」

「だがここもまたちょっとややこしくって」

「何」

っていうのがポイント」

「ああ、さっきの偽名的な?」

「そうそう。その偽名を使っていた時間と、本名を使っていた時間が併せて百年を越えたら――おめでとう、晴れて貴方はシナリオブレイカー予備軍に任命されました! ってなる」

「んー……よぼよぼのお爺ちゃんじゃなくちゃなれないとか、まず人間には無理な話だね」

「そう。だから分かんないんだってさ」

「ふうん」

 また話がここで止まった。

 しかし直ぐにトッカがでもさ、とくちばしを開いた。

「何?」

 直ぐに気付いた黒耀に問われ、トッカはうーんと唸り迷った果てにこんな事を言い出した。


「こおろぎって、本当に


「――え?」

 その場の空気が固まる。

「だって、アイツ……

「あれは返り血じゃないの?」

「でも死神に傷一つ付ける事が出来なかったって本人が言ってたじゃないか」

「い、いや、それは本当かどうか分からなくない?」

「でも確かに……爆発を多用したから、その時の相手は傷が出来るんじゃなくて肉が爆ぜなくちゃいけないはずなんだ」

「うひゃあ!」

 いきなり大変残酷なワードが……!

「もしそれに耐えられるような屈強な体を持っていたとしてもあんな爆発の応酬……流血位してもおかしくないんだよな」

「それが全くなかった」

「ででっ、でもでも――」

「極めつけはアイツの術だ」

「え?」

「長良の術は血液を媒介とした鬼道だっていうのはもう既に話したよな?」

「う、うん」

「だからその術は本人の血液の色と対応していなくちゃいけないんだ」

「……!」

 黒耀が何かに気が付いたように目を見開いた。

「青、かったね、確か」

「だろ?」

「俺は覚えてない」

 思わずそっぽを向いた。

「でも、事実だよ」

「……」

「あ、それとさ。ちょっとこれは大事な話。僕、折角だからって思ってさ。こおろぎの記憶、覗こうと思ったんだよね。そしたらさ」


「もう止めて!!」


 自分でもびっくりするような大声に二人の肩が大きく跳ねた。

 瞬間はっとなって、途端に申し訳なさが心の壁にぺたりと張り付いた。

「――あ、ああ、ごめん」

「あ、いや……こっちこそ、ごめん」

 ちょっと気まずい沈黙。

「って、ていうかさ。あの寛次が青塗れの切り傷見ても全く動じなかった訳だし、妖との合いの子って可能性もあるだろ?」

「そ、そうだね! ――あ、そうすると彼は人間より長い寿命持ってるかも! ね、和樹。そしたらシナリオブレイカーの可能性もそしたら出て来るかもね」

「……う、うん」

 どう見ても気を使っている様子の二人にちょっと胸が重たくなった。

 ごめん、ごめん。


 ごめん。


「あ、で、それとフウが茶髪の髭が出てこないのが気になるなっつっててさ」

 ――茶髪の髭。

 トッカからしてみれば話題を無理矢理変えたんだと思う。でも何やら登場回数が多いその特徴にちょっと肝が冷える、頭が冷える。

「何やら運命神が『漁夫の利』とか言ったらしい」

「漁夫の利? シギとハマグリが喧嘩してる最中に漁師が両方とも捕まえちゃったっていう、あの?」

「それしか無いだろ」

「んまあ、ね」

「だから……あの糸目眼鏡と俺らが戦ってる所に茶髪の髭が来るんじゃないかって」

「なる、ほど?」

「そういう訳だからって名刺大量に渡された」

「……え、何故なにゆえ?」

「ソイツが現れたらどんな状況だろうが直ぐに電話しろって。何か大事な物を丸ごとかっさらう為に現れていない可能性があるってさ」

「ほーん、なるほど。取り敢えず、承知」

「ほら、和樹も――って、持ってるか」

「うん、持ってるよ」

「……」

「……」

 また気まずい雰囲気。

 暫くしてからそれに黒耀が耐え兼ね

「あああああ、もおおおお!」

とばしっと背中を思いっきり叩いてきた。

「いっっった!! 何すんの!」

「和樹らしくない! そういうの! くよくよ止めて!」

「あ、ああ」

「言ったよね! 僕、シャキッとしてる奴だけ守ってやるって。今の和樹のままだと守ってやらないぞぉ」

 わざとらしくお化けみたいな手の形を作って迫り、直後脇の下にこちょこちょしてきた――ってやめれ!

「きゃはは! やめ、やめ!! ひゃひゃひゃ!」

「あー、ずるっ! 俺もやってやるぞ、こいつめ!」

「ちょ! 二人がかりはギブギブ!! ギャハハハ!!」

「更には僕が姿を消すことで一人で笑ってる変な人に――」

「ちょ、それは本気で駄目、や、やめ! あひゃひゃひゃ!」

 そうして暫く脇の下と腹辺りを集中攻撃されて道路に突っ伏した。

「よし。笑顔の充電完了!」

「ら、乱暴な充電方法」

 笑い過ぎで腹筋が既に逝ってしまった俺に黒耀が真剣な面持ちで目線を合わせてきた。

「良い? 和樹。どんなに辛い事があっても、それにくじけるな」

「……」

「きっと、打開できるから。ね?」

「出来るかな」

「出来るよ! 何たって、先生は頑張ってる人にはトコトン優しいんだから!」

 大真面目な顔でとんでもない事言いだす黒耀。

 思わず笑ってしまった。

「ぷ、何それ」

「メタいメタい」


 そう言って皆で笑いあった瞬間。

 聞き馴染みのある声が背後で聞こえた。

 低い声じゃなくて、高い声。


「あんたがたどこさ、ひごさ、ひごどこさ……」


「あ……」

 ゆっくり振り返るとそこには鞠つきをしている

 え、こおろぎさんまだ来てないのに!


「逃げよう、和樹!」

「う、うん!」

「およしなさい」

 状況を瞬時に察した黒耀が俺の手を取ったが――直後目の前に立ちはだかった男に進路を遮られる。

 エメラルドグリーンの長髪、糸目に中折れ帽。


のお歌なんて滅多に聞けませんよ。最期までお聞きなされば良い」


 ごくりと喉を鳴らす。

 間違いない、来てしまった。


「それをこのはで」


「ちょいとかーくーせ」


 わらべ歌が終わった時にはそこにその子は

 あるのは大きな三日月、木々。


 そして星空ばかり。


(つづく)

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