弐――こおろぎさん

 山草和樹殿


 コノ五日ノ内ニ於テ貴殿ノ命、頂戴セン

 準備サレタシ


 死神


 * * *


「やばいね」

「やばいな」

「遂に来たなって感じだね」

 明治街の特に賑わう繁華街を歩きながら柱に穴を開けた矢文を三人で読む。今はこの頗る危険すぎるお手紙を「怪異課」の皆さんの所まで持って行く途中だ。

 八月の序盤。いつも通るこの通りがいつにも増して賑やかだ。


 さて、まずは恒例の自己紹介。

 俺の名前は山草和(中略)そういうわけで、常は河童のトッカと座敷童の黒耀・ナナシと一緒にはらい者の活動をしているんだ。

 これで大体は分かったかな? うーん、自己紹介が話数を重ねる毎にどんどん増えていってる気がしてならない。気を付けなくちゃ。

「ほら。いつまでもに向かって喋ってないでいい加減にこっちに戻ってきて。作戦立てなくちゃいけないんだから」

「うん、分かった。ごめんごめん」

 

 簡潔に言おう。果たし状が届いた。

 しかも真逆の矢文で。――この時代そんな方法わざわざ取る? とか思ったけどまあそう言うもんなんだろう。果たし状っていうのは。

 最初に気付いたのはじいちゃん。

 ドカッ――って物凄い強烈な音がして飛び起き、慌てて外に出たら庭に面している柱に突き立っていたらしい。

 直ぐに射た人を探そうとしたけどその時には姿はどこにも無かったという。

『死神か……それにしても厄介な所に目ェ付けられたなぁ』

 じいちゃんは果たし状の文面見ながらぽつりと言った。

『果たし状送り付けられるような事したのか?』

『いッ、いやいや、覚えが全く御座いません!!』

 あるとしたらあっちが何か勝手に目を付けてきたんです、と付け足す。

 こちらから何もしていない事だけは確かだった。

『フウン? そしたらおかしいな』


『奴らは理由もなしに勝負を仕掛けて来るような奴ではないんだが……』


「フウの言い分によれば前襲ってきた奴は死神だって話なんだろう?」

「うん」

「凄い、早速だ」

「困っちゃうなぁ」

 周りの人は平和な夏休みを満喫しているというのに。

 気分が全く晴れない。もっと言うと宿題へのやる気も起きない。

「一回目はナナシを騙して通り魔事件を起こさせた」

「その次は金花をいじめて彼女を黄泉の国に連れて行こうとした」

「……次は何で来るのだろう」

 正直予想出来ない。

 変化へんげも出来て、言葉巧みに妖を惑わし、おまけにそういう強いのが二体もいるという。そんなに要らない、おなかいっぱい。

「取り敢えず怪異課まで急ごう。どこで狙われているか分からないんだから」

 黒耀の言葉に二人、頷く。

 ちょっとだけ急ぎ足。

 駅前に差し掛かった。


 * * *


 ――「明治街」。

 この街の魅力は何と言っても都会と田舎の融合――だと勝手に思っている。

 都会なのは確か。商店街に加えて大きめのショッピングセンターが近くに二つもあるとかそうそうないでしょ。

 でもそれに負けず劣らず個人商店とか居酒屋も多い。本屋も沢山。

 チェーン店の隣には個人経営の店、なんてざら。

 だから俺はこの街好きだ。名前も変だしね。

 そんな中でも特に好きなのは地元のおっちゃん達の威勢の良さとかおばちゃんの面倒見の良さ。じいちゃんばあちゃん達のそれも然り。

 居酒屋とかでわいわい、真っ赤な顔でご機嫌に飲んでいるのとかそういうの見るとこっちもわくわくした楽しい気分になれる。

 早く大人になってあの中に混ざりたいとか思うけど……。


「お姉ちゃーんッ!! おしゃけのおかわりぃ!」

「もう、飲み過ぎですよ!」

「良ぃんだよ、おいさん、金だけはあるから。ひっく」


 ああいう大人にだけは絶対になりたくない。


 居酒屋、「シルバー明治」。

 道に出された外の席でそのおっさんは上機嫌だった。

 白い中折れ帽に白いスーツ、そしてサングラス。身なりは決まってるんだからもっとそれらしくワインとか飲んでればいいのに、机の上には幾つものとっくりとか一升瓶とか散らかっていた。

 ちらっと腕時計を見た。――ってまだ朝の十時じゃないか!

 何てダメにんげ――おっと。

「ねえ黒耀、どうしよう」

「わあっ! スゴイね! 腹パンしてみる? してみちゃう??」

 してみちゃう?? じゃない。

「ここでナナシは登場しちゃ駄目。早く黒耀に体を戻してあげなさい、今だけで良いから」

「はらぱん……」

「好きな物買ってもらえなくて悲しい子どもの振りしたって駄目なんだからね。三百歳なんだろ、あーた!」

「ちゃんちゃいでちゅ!」

「引っ込んでなさい!!」

 ほらぁ、話が早速逸れたー!

「トッカ、他に道ってありましたっけ」

「あったらもう提案してる」

 顔を隠すことなく思いっきり歪め、言った。普通の人に見えないとはいえ、露骨過ぎないか? その顔。

「仕方ない、出来るだけ、なるたけ離れながら前通過していくぞ」

「合点承知の助」

 出来るだけ目を合わせないようにして、なるべく早足で――。

「おやっ! 少年、アンタも飲むかい!?」

 ――早速!!

 気付けば首に腕を回されてる。

 酒臭い、酒臭い!

 吐息だけで吐きそう!

「和樹!」

 トッカと黒耀がわっと襲いかかったけど、タイミングが良すぎる足のぷらぷらで二人とも蹴散らされてしまった。

 いや、悪運が強過ぎる、この人。

「や、ちょ! 飲まないですって! これから行くとこあるんですって!!」

「えー、おじさんを一人にしないでぇ」

「さっきまでずっと一人だったでしょうが!! もう何時いつから飲んでるんですか!」

「んんー? 昨日からー」

「「アルコール依存症!!」」

 しまった、初対面の人に対してガチのツッコミ――というか健康の心配をしてしまった。

 くそう、同じ街の情報屋を見習えよ!! 正反対だぞ、アンタ!

「えへへへー、おいさん、金だけはあるんだよぉ」

 もうその時にはぬいぐるみみたいにしっかり抱きしめられてよしよしとか言われてる。

 ええい、俺は赤ん坊じゃないんだぞ!!

 ――と、その時。


「アンタもその果たし状貰ったのか」


 え。

 思わず目を見開いた。

 恐る恐る隣に目を移すと酔っ払いおじさんがサングラスの奥から鋭い眼光を光らせていた。その様子に黒耀も気付いたらしく、ハッと表情を変えていた。

「案ずるな、俺はとっくに素面シラフだ」

「……誰」

「ここでは余り大きな声で話が出来ん。絡まれてる振りしてちょっと付いて来い。敵も真逆昼から複数人数を相手にはしまい」

 そう言いつつ周りを目だけできょろきょろ窺う。

 ごくりと唾を飲んで小さく頷いた。

 瞬間おじさんは元の酔っ払いに戻って、

「サ! 飲み直すべ! おっさんが奢ってやるからな、少年!!」

と一気に立ち上がる。

「な、何だ! おじさんじゃないですか! 俺、クリームソーダが良いー!」

 取り敢えず警察にお世話にならない程度に話を合わせておく。

 腕を引かれ、路地裏へとその身を溶かした。


「お姉さん! ワイン、ボトル一本とクリームソーダ」

「ご馳走様で――ちょっと待って下さい」

 お洒落な感じのお店のテラス席。入ってそうそう頼んだそれに驚愕する。

「え、もう飲むの!?」

「水は飲み飽きたんだな」

「え、でもまだお昼前……」

「俺はそう簡単には酔わないから良いんだよ。それに仕事は夜だし」

 運ばれてきたワインボトルを早速開けてぐびっとラッパ飲みしだす。

 えええええ!?

「くぅーっ!! 生き返るー!!」

「お風呂上がりの牛乳みたいなノリで……!」

「少年も飲むかい? お酒」

 唾液の筋を少し引き伸ばして開けたばかりのはずなのにもう半分位減っているボトルの口をこちらに向けてきた。

 とろんとした目、赤らんだ頬、開いた胸元、誰かさんを思わせるちょびちょびとした顎髭、目元を不安定に隠す茶髪のロングパーマにその続きを一纏めにした髪の束、しまい忘れた舌。

 そういうのは……ちょっと、えろい。

 って、えええええええい! 今はそう言う事じゃない!

「お断りします! 俺はクリームソーダがあるので!」

 ストローを慌てて噛んで、メロンソーダをこくりと飲んだ。

 溶けたアイスが良い仕事してる。

「それより、さっきの話――」

「その前に自己紹介と行こうじゃないか! な? 

「……! ど、どうして」

 驚く俺を楽しそうに見つめながら彼は親指をじり、と噛んだ。

 ――鬼道。

 その仕草は岳さんを思い起こさせた。

「俺は長良大輔だいすけ。周りからはこおろぎさんって呼ばれてる。酒と女がだぁーい好き」

 可愛く言ってみせるけどぜんっぜん可愛くないぞ。申し訳ないけども。

「何でこおろぎさん?」

「米喰い虫、ってな! ガハハ! 差し詰め、䘀螽フシュウとでも言う所かねぇ」

「ふ、しゅう……?」

「バッタやイナゴの総称だよ」

 普段から中国文学を読みふける黒耀がすぐさま教えてくれる。

 流石宝石館店主! ――って待てよ。

「こおろぎさん、本当に働いているんですか」

「やっだなぁ、働いてるってば」

「え、いつ」

「夜々」

「……因みにどんなお仕事なんですか」

「お酒飲むおちごとー」

「……因みにお休みは」

「ふふー、年中無休なんだな、これが」

「……、……」

 やばい、本当に大丈夫なのかな、この人!

「それ。次はお前の番ぞよ」

「あ、山草和樹です。どうぞよろしく……」

「ん」

 ぶらっと差し出された大きな手を軽く握る。

 酒による力かどうかは知らないけれどとても温かかった。

「それで、こおろぎ……さん」

「何故一瞬敬称を付けるかどうか迷ったんだよ」

「そっちにはどんな果たし状が届いたの」

 そこでにやりと一笑。


「見たい?」


「ここで見ちゃったらもう怪異課の方へは行けないけど」


 ――へ?


(つづく)

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