拾弐――私の王子様

 金花を抱きしめて藁にも縋るような思いで居た所、頭上で金属質の音が何回か聞こえた。

 直後体勢を崩したアイツの元へ駆け、怜さんがその額に拳銃を当てたのを見た時はもう何も言えなかった。


「ゲームオーバーだ。諦めろ」

「……」


 彼が青い人魂となって去った後には何の音も聞こえなかった。

 ただ、頬の傷をちょっと痛そうに拭うれいれいさんの後ろ姿があるばかり。


「……ッ、れいれいさん!!」

 黒耀を引っ張り出しながら能天気に手をゆるりと振ったその人の腰に思い切り飛びついた。

 その後から水神に改めて術をかけてもらった金花が続く。

「れいれいさんー……」

「れいさんー」

「何だ何だおめぇら、寂しんぼか?」

「んー」

「んんー」

「困ったなぁ、ばぶちゃんでちゅかー」

 冗談交じりにほっぺた突っついてくるけどそれでも何か離す気にだけはなれない。

 困り笑いしながら肩に張った息をふっと抜いた。

「よしよし、おいで」

 しゃがみ込んだれいれいさんの胸元に改めて飛び込む。ぐへぇとか言ってた気がするけど聞こえない。

「頑張った、頑張った。よく頑張ったよお前達。今の所はこれでもう大丈夫だからな」

 ぐしゃぐしゃとかき回すように撫でるその手の持ち主の体に顔をぐりぐりと擦りつける。

 何だかあったかい匂いがした。

「俺、れいれいさん大好き、大好きだから!」

「ふふ、ありがとな。墓場まで大事に持ってくよ」

 温かい。力の強い抱擁もここでは本当に心地良い。

「れいさん、れいさん」

「ん?」

 ふと身を起こした金花の顔を正面からおどけた様子で見つめる。

 その頬は今まで以上にほんのりと赤らんでいる気がした。必死な感じの様子にちょっとどきりとする。

「あ、あのね、私、私――」

 しかしれいれいさんは何か言おうとした金花の唇にそっと人差し指を添えて、その続きを聞こうとはしなかった。

「それは君を大事に想って待っててくれてる奴の為に取っておきな。こんな薄汚れた奴にはちょっと勿体なさすぎるよ」

 そう言って寂しく笑んだ。

「な。ここに来れたのもこの結末もきっとそいつのおかげだぜ」

 ほんのちょっぴり戸惑った様子の彼女はきょろきょろと目を泳がせたが、じきにその真意を汲み取りその頬を比べ物にならない位赤く染め、その顔を胸に埋めた。

「可愛い奴だ」

 そう言ってまるで子どもにするみたいにその頭を優しく撫でた。

 その時沢山の座敷童達を連れた岳さんがぱたぱたと近づいてきた。

「皆さん、ご無事で何よりです」

「岳さん!」

 何か分かんないけど取り敢えず岳さんの所にも飛びついてみる。

 こんなの他のクラスの男子にはちょっと見せられないけれど、やっぱりやらずにはいられなかった。

 俺を真似して座敷童達も岳さんに飛びついてえらい騒ぎになる。

 ぎゃああとか聞こえた気がするけど良いや、気のせい気のせい。

「おいおい甘えんぼちゃんかよ」

「良いもん、良いもん!」

 あんなの十三歳には少し荷が重いんだよ。

「それにしても困りました」

 岳さんが座敷童達の群れの中から頭を出して言う。

「埋もれてるのが?」

「違いますよ、庭です。あの男、派手にやってくれて……」

 そう言って指された先を見ると――確かに滅茶苦茶だ。(多分その内三割位はナナシのせいでもあるだろうけど)

 怪獣映画の東京って毎回どうやって復興してるんだろうって、こういう時思う。

「これでは暫く妖怪さん達を迎えることが出来ません。修復するにも座敷童達に手伝わせる訳にはいきませんし……」

「あ、そ、それなら私が!」

 その時ふと手を上げて名乗りを上げたのは金花。

「金花?」

「どうしたの?」

「わっ、私、皆に助けてもらってばっかりだから。こういう時位皆の力になりたいの!」

 胸に手を当てそう言う金花。

「あんま無理しなくても良いよ。俺、好きで助けただけだし」

「でッ、でもでも!!」

 今度はぶんぶん腕を振り回したり、顔を手で覆ったり。可愛い。


「わっ、私の歌は! 癒しの歌になるので……!!」


「……!」

 ちょっとした驚きが広まる。――が、岳さんは元から知ってたらしくあんまり驚いてない。

「え?」

「え、あ、そなの?」

「初耳……」

「い、言ったら誰かに食べられちゃうかと思って……」

「まあ、可愛いからな」

「怜が言うと犯罪のにおいしかしない」

「ええっ? 褒めたつもりだったんだが……」

「こらこら、金花が困ってる」

 伴侶のいないもう一つの理由ってこれなのかもしれない。

「えっと、えっと。ここに来る時に歌ったけど、その時金色の靄が出てなかった?」

「あぁ、出てた出てた」

「それには治癒能力があるの。それを出す為に歌を歌う……これが私のチカラなの」

「歌は何でもいいの?」

「思いを込める事が大事だから」

 こくんと頷いた。

 ――そうか。れいれいさんのあのガチのアスリート走法は金花の歌のチカラに因るものも大きいのかもしれない。

 知らないけど。

「だから、私に歌わせて欲しい……! これで皆に恩返しがしたいの……!」

 あの時みたいに胸の前で祈るように手を組んでそう言う金花。

 それを止める人はもうどこにも居なかった。

 岳さんがにこりと笑む。

「それじゃあ伴奏でもかけてあげましょう。何を歌いますか?」

 少し考えて、その後ぱっと笑顔を花開かせ、言ったのは――


「『ひとりぼっちはやめた』!」






 その後愛らしい彼女の歌は辺り一帯を包んだ。

 この時彼女は一人池の底で泣いていた日々から卒業したに違いない。

 活き活きとした彼女の笑顔は自然とそう思わせるものだった。


 庭が受けたダメージが見る見るうちに元に戻っていく。


 * * *


「ありがとう、良い調べでした。矢張り君はこうでないと」


 曲が終わった後、拍手に迎えられ照れたように笑む金花。

「アレ、俺の傷も治ってる!」

「い、癒しの歌だから!」

「そうかぁ、凄いなあ。ありがとう」

 無邪気に笑ったれいれいさんから隠れるように金花が俺の背中にその身をくっつけた。

 ――何だろう?

「どうしたの?」

「なッ、何でもない!」

 そうやってそっぽを向いた彼女に対して首を傾げていたら向こうからぽんと手を叩く音が聞こえた。岳さんだ。

「あ、そうだ。皆さん、良い報せです。ちょっとこちらへ」

「良い報せって?」

「それはその時に。本当はあのかくれんぼの後、直ぐにお教えするはずだったんですが……とんだ邪魔が入りました」

 そのまま屋敷に再び案内された。

 何だろう。

 通された広い部屋の真ん中、様々な資料の置かれた大きな机の周りに皆を集め、一つのファイルを取り出した。


「実はあの一連の騒動ですが……全部仕組まれていた事が分かったんです」


「何?」

「どういう事……?」

「要するに金花は写真には写っていなかったんです――というか正確には写真を撮られたかどうかも定かではないんです」

 急に凄い真相が語られて皆ちんぷんかんぷんという顔をしている。

「でも金花の事を狙って人々が押し寄せたんでしょ?」

「時系列を追ってご説明致しましょう」


「まず金花が歌っている所を彼の男が撮影。わざと強引にやってみせて君に恐怖を植え付けましたね」

 その時の事を思い出したのかきゅっとれいれいさんの腕を掴む。気付いた彼がその肩を抱いてやった。

「で、その翌日から『不老不死を得られる人魚の肉を得る機会』とかいう世迷言につられた人間が池にやって来るようになったと。――しかしそのきっかけになった写真……ちょっとおかしいんですよね」

「「おかしい?」」

 全員で聞き返す。

「これです」

 そうして提示された写真に写っていたのは……。

「……誰これ?」

 金花とは思えないような何か不気味な人影。ムンクのナントカみたい。

「妖怪は無論写真には写りません。だからこう表現するしかないのでしょうが……どうですか。彼女のような可憐な見た目ではなくちょっと不気味なこの姿。好奇心を刺激される見た目とは思いませんか」

「ふむ……? 確かにこんな可愛い子をそのまま写せばこの時代だ、どんな問題になるかも分からん。ならば加工するなり捏造するなりして罪悪感からかけ離れた見た目を、かつ好奇心を刺激するような見た目にすれば良い。――要は良いように利用された訳だ」

 可愛い可愛いと連呼されて恥ずかしそうな金花。手で覆った真っ赤な顔から湯気が出ている。

 そう言う所が可愛いんだぞ、金花。

「更にこの写真、傍受する際にちょっとした術にかけられるように仕掛けが施されてますね」

「そうなのか? 俺にはさっぱり分からんが」

「どれどれ?」

 ナナシがふいっと身を乗り出して写真をじっと見つめる。

 そのまま数秒経過。

「――ホントだ。凄い巧妙だけどここに罠が張ってある」

「どんな罠なの?」

「んー……説明し辛いけど、簡単に言えば、そうだなぁ。ちょっとお馬鹿になるって感じ? 本当に微弱過ぎて分からない位のものだけど、こういうのに興味がある人は直ぐに信じ込んじゃうようなそんな罠が張ってある」

「要はこのフェイクニュースの効果を意図的に上げた感じか?」

「うん、きっとそんな感じー」

 ナナシが投げやりに言って元に戻る。それを岳さんが次いだ。

「怪談話、都市伝説の大半は偶然が重なって起きた、たった一つの出来事が人々の都合の良いように解釈され、語り継がれていった……そんなケースが殆どですが、それらは『昔話』とか『御伽噺おとぎばなし』と違って若者の肝試しの餌食になりやすいです。実際そういうのの対象になった地域はそこを訪れたルールを守らない一部の若者が跋扈ばっこした為に『彼ら自身』ではなく『その土地の人々』が被害者となる事も多いのだそうです」

「ネットの普及もそれを助けてたりするんだってな。浪漫なんだかはた迷惑なんだか……何だかなぁ、俺はそういうの巡るの好きなのに」

「聖地巡礼とかっていうやつ?」

「いや、美味しいネタ集め」

「もしもし警察ですか、こいつも一味です」

「やめろっ!! 冗談キツイって!」

 岳さんがこほんと咳払いして話を元に戻す。

「そういう訳ですから、今回起こった事案はこういった自分勝手な思いの交錯の元、金花が被害者になってしまったという物である事が分かりました。因って君が歌を我慢する必要は無い。我慢すべきはそこを面白半分で誰かさんの言われるがまま訪れ君を捕まえようとした人達だ。――これは正されねばならない」

「そいつの術が解ければ少しは被害が減るんじゃないの?」

「んん、それはそうでしょうが……しかし一度話題に持ち上がってしまった都市伝説を徹底的に抑え込むためにはもう一工夫必要な気もします。じゃないといつ再浮上してまた金花が怖い目に遭うか分からない」

「それに関しては安心しろ。スペシャリストを知ってる」

 ――この時天才ハッカー、古川修平がくしゃみしたという。

「それに地元の人達は金花の歌をまた聞きたがっているみたいですよ」

「え、本当!」

「本当ですとも。何たって音葉池で夜に流れる歌は彼ら御自慢の隠れスポットなんですから。若者達が来ていないときに音葉池の掃除をしようってボランティアも最近組んでいたようです」

 知らなかった情報が届けられる度金花の顔がどんどんほころんでいく。

「嬉しい……! また歌いたい!」

「そうともそうとも、そうした方が良い。――早く帰ってあげなさい。皆が待っていますよ」


 岳さんの穏やかな笑みに金花は力強く、大きくその頭を縦に振った。


 夕焼けの朱が山の向こうに溶けてゆく。


 * * *


 別れの時が近付いてきた。

 座敷童達の盛大な見送りに手を振って応じる。

 門の外まで岳さんと水神が送ってくれた。

 ここに来る時は金花の歌で来た。

 ――帰る時も金花の歌で帰る。

「皆さん、どうもありがとうございました」

 丁寧にぺこりとお辞儀をする。

「いえいえ。これが私達の仕事ですから」

 それに岳さんはにこりと返した。

「また来てね、私も遊びに行くから」

「はい! 水神さん! 待ってます」

 ひしと抱き合う二人。

 美しい友情だなぁ。

「それにしても凄いですね、来る前から事前に全部調べてくれてたなんて!」

「んふふ、実は金花だけ特別なんですよ」

「え?」

 俺の言葉にちょっとおかしそうな笑顔を見せてそう答える岳さん。

 どういう事?

「あはは、実は事前に調査依頼がありましてね。本当はもうちょっと皆に長く滞在してもらって頑張って調べたりするんですが――その妖は君が救われることこそを最大の喜びとしていたものですから。君のことを頼むだけ頼んでさっさと帰ってしまったんですよ。君に早く会いに行かなくちゃって」

「……!」

「かなり疲弊しているようで、ここで休んでいってはどうかとも提案しましたし、時間をくれればここで調べてあげられるとも言ったんですが……それでも彼の第一義は変わらなかったんです。またいつかはらい者を連れてくるからその時によろしくって言って、彼は君に会いに行きました。――こうなったら君のことを全力で調べてあげて、その時に備えなくてはって思いました。本当に素敵なを持ったものです。――ばれたら恥ずかしいから言うなって言われましたけど、もう仕方ないですよね。言ったもの勝ちです」

 そう言ってころころ笑う。

 その切実さ、金花への熱烈な思い入れ。

 どこかで聞き覚えがある。

 ちらりと彼女を見ると――また顔を押さえて真っ赤になっていた。

 本当に愛されている、この子は。


 守ってあげたくなる。


「大事にしてあげなさいね、その妖の事を」

 覆ったままこくこくと頷いた。


「サ、行きなさい。また会えたらその時は」


「笑顔でいられるように」


 ふと顔を上げたその笑み。

 少し目線を下にやって、また持ち上げて。


 静かな声がふと口から垂れるように漏れた。

 ――『時の歌』。

 曲が進むにつれて、またあの時みたいに靄が立ち込め始め、彼らの姿が見えなくなっていく。

 遠い向こうに佇む一人を想う歌。

「君」を想う、歌。


 ――「君」。

 自分の事を想ってくれた君?

 自分の為に戦ってくれた君?

 自分の為に行動を起こしてくれた別れんとする君?


 誰でも当て嵌まる気がする。


 ふと、曲の盛り上がりの時に、感極まって歌を止めそうになる。

 でも、彼女は止めなかった。

 帰る場所があったからだ、きっと。

 早くに会わなくちゃいけない相手が居るからだ。


 きっと。


 ふと靄が晴れると、そこに先程のお屋敷も黄金の稲穂も無く、元の質素な田んぼ道が一本伸びていた。


「終わったな」

「そうだね」

 もう日はとうに暮れていて、星が向こうの方にちらちら見え始めていた。

 金花はまだ向こうの方をぼんやり見つめたままだ。

「大丈夫?」

「ん? うん。何か、濃い一日だったなぁって」

「ふふ、そうだね。いっぱい騒いでいっぱい笑った。濃かった」

 顔を見合わせて笑いあう。

 でも、なんかあっという間だった気がする。

 二十四時間なんて、意外とあっという間。

「それで、これからどうする? 今から池に帰るにはちと暗いような気もするが……」

「あ、あ! えっと! 今すぐ池に帰るのは、駄目?」

「んやあ? 駄目じゃないけど」

「そ、それじゃあ、帰りたい」

 余り目を合わせずに俯いたまま彼女は消え入りそうな声でぽつと言った。


「トッカに、会いたくなっちゃった……」


「……、そうだな」

 淡く笑んでれいれいさんもそう返した。

「よーし、そうとなったら今から競争だ!! バス停一等賞には今川焼を奢ってやるぞ!! ――因みに俺は手加減を致しませんので、俺が一位になったらお前達が俺に奢ってください」

「最後まで格好つけてなよ、がめついなぁ」

「よーいドン!!」

「あ、ちょ! ずるい!! ずるいずるいずるい!!」

 またガチのアスリート走法で走り出したれいれいさんの背中を皆で追いかける。


 一番星がちらっと煌めいた。


(つづく)

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