拾壱――野辺の戦闘
「甘言に溺れる前に正々堂々と向かって来い! 鬼!!」
「――そして戦え、和樹!」
「俺はお前を信じてる!」
歯ぎしりを鳴らした鬼が斧をぐんぐん振り回し、こちらに再度攻めてきた。
「やり直しだ、黒耀。いけるか!」
「あ、うん!」
「和樹は金花をよろしく頼む」
「……」
真っ直ぐ見つめたエメラルドに力強く頷いた。
もう怖いものなど何もない。
彼を信じると決めた。それは揺るがない。
主戦力はここでは黒耀となる。
怜はナイフよりも戦える自身の得意、射撃で応戦することにした。
こちらの弱点を――経緯上仕方ないとはいえ――削いだ以上、
自身としては先程から何度か見られる「彼の嫌がる過去」と、どう戦ってもその姿を見せる事のない「隠された右目」が気になっていた。
だが前者は何だか避けたかった。――自身がそれで先程飲まれそうになったのにそれで殴り返すのはちょっと気が引ける。
やり返すよりも少し違う、しかも決定打になる何かが欲しかった。これは何でもない彼自身の美学によるものである。戦闘に美学もくそも無いだろうが。
黒耀は相も変わらず守護に重きを置かなければならない。彼の身を縛る呪いはご健在である。その為死角からの攻撃や遠距離への攻撃は怜が応対した。和樹は飛んできた破片を札で回収することに専念する。彼の仕事もないことは無い。
それでも相手は流石鮮やかだ。千人をも一度に相手に出来ると言われるだけあって全ての攻撃を難なく躱してゆく。
大振りに一、二度振って座敷童に詰め寄り、それに対して後方に躱しながら黒耀は魔術を張って相手の致命的な攻撃を弾く。しかしそれが相手の体に直に当たる事は一度として無い。跳躍を繰り返してはその途中で座敷童の首筋、即ち頸動脈を狙う。そこに銃撃を放ち刃の軌道をずらし、次に繋げた。
それを暫くは繰り返した――が、これはまずい。相手の思う壺である。何故ならこのままでは座敷童の体力が持たない。自身の銃弾にだって限界はある。ここはゲームではない。
しかしてその身に撃ち込むことは叶うまい。そう判断した怜は目標を斧でも心臓でもなくその鉄仮面にシフトしてみた。
子ども達の目の前でその眼球をぶち抜く訳にはいかない。鉄仮面を弾く程度に角度と距離とを調節する。それこそ僅か一瞬。これが彼御自慢の、そして呪われた過去を作り上げた射撃技術であった。
ズドン――。一発、一発で充分だ。
相手は急な路線変更に驚きを露にしつつ、今までの調子を保ちながら弾いた。
ここだ。動揺を露にしたのが運の尽き。
予想の敵中に思わず舌なめずりをした。
通常仮面を剥がされる位は――時と場合によりけりではあろうが――普通何とも思わない。無論命が最優先事項だからである。
ならば今あの仮面は先程の射撃で剥がれその下の素顔が露になっているはずである。それが叶っていないという事は今剥がされると困るものがあるという事。それだけ仮面の死守に執着せねばならぬ物があるという事――それがあの髪の毛に隠された右目だ。
あのバケモノ戦斧にこのちっぽけな「人間」でも一泡吹かせてやれるかもしれない。確証の無い予想ではあったが今はこれに賭けるしかない。
急なる自信が
彼にこちらの目的は今の一発で充分に伝わったはずだ。そこから調子が少しずつ崩れていくに違いない。ここから今までより援護の頻度を落としつつ牽制にまわせれば核心を突くことが出来る。
早速行動に移した。射撃の八割を彼の鉄仮面にゆっくりシフトさせてゆく。
六発をせわしなく動く彼らに向けて放ち全てを的確に当ててゆく。全弾撃ち込んだら間を置かずにリロード。そのまま変わらず彼の顔面、核を覆う鉄仮面目掛けて撃ち込んでいった。
影響は次第に訪れる事となる。それは銃撃と黒耀の守護魔法のタイミングが重なった時である。一瞬バランスが崩れた。
――もう一押しだ!
誰もが思い、その好機逃すまいと拳銃を構え直した。
一発目は斧に遮られ、
二発目は躱された。――とそこに爆発的威力の魔術が割り込んでくる。
「ナイス!」
着物を焦がした鬼が斧を座敷童に向けて振るった所に三発一気に撃ち込む。
と、そこで彼の鬼は何と跳躍をし、そのままこちら目掛けて駆けてきた。
「――!」
相手の作戦変更、先に潰しに来た!
外回りに傾斜を付けながら一切スピードを落とすことなく怜に向かって斧を振るって来る。
弾切れを狙ってきたのだ。
リロードの暇を与えずその首掻っ切ろうとしてくる。堪らなくなって距離を取るように逃げ出した。
今使っている弾丸は.38スペシャル弾、リボルバーに使われることを想定して作られた弾丸である。――とすると相手は日本の警察官が主に使用している拳銃の38口径か何かを想定しているか。アレは装填弾数が五発。だから今来たのだ。
これはまずい、相手は意外と武器にも精通しているらしい。とすればリロードにかかる時間等も考えてこちらに向かってきているだろう。逃げながらでは弾丸は上手く入らない。――入る事には入るかもしれないが、ちょっとした弾丸の無駄が命取りになりかねない。
勝負をつける気だ。
そこまで考えて初めて相手の意図を汲み取り、彼の戦法の広さに思わず舌を巻く。着流しを着ているからといって決してアナログ人間――いや、アナログ妖怪では無かった。
少しでも距離を離すべく、敷地外周を囲む茂みに飛び込む。よく整備されたその茂みの合間から生えた木々の葉が頭上に青々と茂る。こんな所にあんな巨大な武器を持ち込めるはずがない。そう踏んだのだ。
しかし、彼も伊達に妖怪を名乗る者では無かった。
怜が茂みに入った途端急停止した鬼が振り上げた片足を地面に叩きつける――と直後怜に向かって火柱が三本、順番に地面から噴き上がり迫ってきた。
「ヤベッ!」
四本目が自身の底を突き上げるように噴き上げるのを恐れて左に避けた正にその時。向こうの方で鬼が手を青白く発光させてこちらを睨んでいるのを見た。
瞬間何か悪寒がして、更に向こうの地面を無理矢理捉えて体を向こう側に飛ばす。
その直ぐ後ろで第四の火柱が噴き上がった。
これ以上は――!
一か八か、飛び出したその無理な姿勢で彼の鉄仮面を狙った。
彼の持つナガン改の装填弾数は六発。
ギリギリあと一発残っている。
ガキン!
鈍い音がして仮面に傷がついた。装填弾数に関してはきっと油断をしていたに違いない。――彼の教養の広さの裏付けにもなってしまったが。
掠めただけだが十分な脅威となったらしく、更に拳銃を構えた所、身を翻して先程怜が飛び込んだ茂みの丁度上側にある豊かな葉の中にその身を突っ込んだ。
その僅かな解放の間に急いで六発リロードをする。
装填完了後、鬼の挙動を見ると……葉の中をそこに障害など全く無いかのような勢いで駆け回っている。
「牽制してやがる!」
慌てて三人の元へ戻った。
「れいれいさん!」
「無事?」
「ああ、だがまだ終わっちゃいない。奴め、牽制してる」
「牽制……?」
「相手の注意を引いて自由にさせないことだよ」
「それって……」
「目的は様々だろうがな、今はこちらの注意が逸れる一瞬を狙っているんだろう」
「早くに決着を付けたいんだね」
「……とすれば奴の弱点の確信が取れた」
「え――!」
そう言って和樹が怜の方に注意を向けた瞬間その後方から跳躍する大きな男の影が降ってきた。
「後方!!」
「ウッワァ!?」
【
爆――!
空を蹴って跳躍。
間一髪を免れた。
そのまま怜と黒耀が追ってゆく。
ナイフと魔法を構えて向かい、二の舞踏まぬように慎重に相手の攻撃を弾いていく。
「弱点!? 本当にあるの、あんなのに!」
「あんなのだがな、あったぞ、弱点! アイツはあの髪の毛が隠している右目の露見を異常に恐れていやがる」
「って事は……」
「鉄仮面を無理矢理引っぺがしてやれば嫌でも退散していく」
そこで会話をしている二人の間に斧の斬撃が飛び、すぐさま怜の元へと向かっていく。
横から飛び込んできた黒耀がすぐさま青白い爆炎を展開して怜を守護。
情報の寸断を華麗に避けていく。
「でもどうやって剥がすって言うんだ、取り押さえて剥がすなんて無理だろ!」
「そこは任せろ、拳銃一発で充分いける。――が」
刃が鼻先を掠める。
慌てて身を後ろに傾けて、右足を踏み込み耐え、瞬間、腹に肘鉄をぶち込む。
それに対して見事な躱し。寸分の無駄さえなく後方に滑り、直後こちらに戻って来る。
本当に、何故敵なのか。
「が、何!」
「弾切れすると対抗の術がなくなるのに、奴めそこを狙ってきやがる。それに出来れば切り札として活用するならば全弾撃ち込みたい」
「……その心は」
「……その前にお前は攻撃転化できんのか?」
「この姿じゃ無理だ、ナナシに交換してもらわないと!」
「呼び出せないのか!」
「あっちが自由に行き来するんだよ! こっちから呼び出すものじゃない!」
「――なるほどな」
その瞬間彼の頭の中でやりたい事が組みあがっていった。
これが成功すれば確実にいける。
人員配置も環境も完璧だ。
後はその背中をちょいと押してやるだけ。
「ナナシ、俺と勝負しないか」
こっそり囁いてみた。
果たして――。
「勝負! やるやる!!」
「やっと出てきたか、このバカちん!」
「だって面倒ごとは嫌い……」
そのまますぐに帰ろうとするナナシを待て待てと引き留める。
「目の前にサンドバックが居るだろ」
「よく出来た、よく動くサンドバックだねぇ」
本気か。
思いつつそこは口をつぐむ。
「アイツをどれだけ俺が今から行く所に行かせないかって勝負だ。黒耀は中々良いタイム叩きだしたぞ」
「嘘つき」
「アハハ、ばれた、か!」
そう言った瞬間地面から火柱が噴き出し、危機一髪だった。
――ふと。ナナシの目の色が変わる。
「アレ、アイツ、強い?」
「さっきから見てなかったか、お前! めえたくた強くて困ってる!!」
「エ! 強い奴!!」
大興奮だ。
少し予定外の食いつき方だったが結果オーライだ。
「戦いたいか」
「戦いたい! 魂欲シイ!!」
……ほんの少し「執着」の侵食が見られる。
もしくは戦闘狂の一面があるという事なのかもしれない。
彼の事はよく分からないが。
それでも今回は都合がいい。
「よし、なら存分に戦ってくれ。こっちには近付けるなよ!!」
「分かった! 分かっタよ!!」
直後黒い炎を自身の周りに円状に展開して、瞬間的に鬼の懐に飛び込んでいった。
作戦の核を握る怜の始末に気を取られていた鬼からしたら仰天ものである。――いきなり関係のない奴が物凄い笑顔で黒魔術叩き込んでくるなど、想定外も甚だしい。
「ギャ!!」
似合わない声を出して大きく吹っ飛ばされた。
直後眼前にあった「黒い蛇の瞳」にぞくりと悪寒が走った。
「魂チョウダぁイ」
――奴だ。
その瞳を見れば誰でも思う事。しかしそれに尻尾巻いて逃げ出すような男ではない。瞬間的に相手に適応して戦術を組み、応戦できるのがその鬼の強みであり、死神の臣下の中で最強の名を誇らせる所以でもあった。
直後彼の手の中で燃えた黒い炎を転がり避けて、超速で向かってきた相手の金属が如くの黒魔術を斧で受け止めた。
「和樹、俺が合図したら全力であっちに向かて走れ。何があっても躊躇うな、戸惑うな、止まるな。良いな」
「ん」
「金花、もう少しだ。絶対に助けてやるからな」
そう言って頭をポンポンと撫で、向こうに走っていく。
「頑張ろう」
「うん」
二人で手を握り合った。
――さて、こちらはもう少しである。
所定の位置に着き、いよいよその時を待つばかりだ。
あちらをみると空中で激戦が繰り広げられていた。
地中から陰を召喚し、自身は手に黒い炎をたぎらせ本当に活き活きと戦っている。しかしそれに苦戦の色も見せぬ鬼。矢張り最初から倒そうと考えてはいけない相手であった。
と、ナナシが地面に叩きつけられたかと思うとその地面に巨大な魔法陣が浮かぶ。
「やってみたかったの! やりたい、やりたい!! アヒャヒャヒャ!!」
見た目は本当に純粋無垢な少年――いや、その挙動は最早幼児である。
しかしそこから繰り出された攻撃がえげつない。
有象無象が如く、しかし集結すれば、数が多ければ途端に脅威となる「陰」。
その数、威力、量は暴力、そして弾幕である。
空に向けて発射されたその黒々としたねばねばは鬼に向かって、いや、空に向かって一直線であった。
しかしそれにも慌てず騒がず、着実に一本一本切りながら地上に向かっていく。
――と、一瞬右足に陰が絡んだ。
「グア!?」
「イノチ!!」
そこに攻撃が集中するが鬼も意地だ。火炎を円状に振るい、陰を蹴散らしていく。
その頬、首筋に汗と焦りとが見えた。
今だ!
「和樹!」
合図を示して、走行を促す。
直ぐにこちらに向かってきてくれた。
それに瞬間気付く。――そう、本来の目的は金花の抹殺であって黒魔術師に魂が侵食されかけた気狂い座敷童の相手ではない。
先程怜にもやってみせたように地面に思い切り足を叩きつけ、直後彼の直線上の地面を豪快に割った。
急に立ち位置を失ったナナシの体が揺らぐ。
そこに間髪入れず魔術によって取り出した岩石を彼に向かって浴びせかける。
「ワアア――【
瞬間的に黒耀と交換してナナシ撤退。
岩石による致命的な攻撃は防げたものの、いくつかの下敷きにされ身動きが取れない。
「和樹――!!」
走りに走る和樹の後ろから猛スピードで走り、やがて飛翔に転換した鬼が迫りくる。
恐怖に耐えながら一心不乱に走り続けた。
と。
「ア!!」
すいと追い抜かした鬼が一迅。
台車の車輪の部分をやられた!
「うわあ!!」
つんのめって転倒。金花が放り出された。
「まずい!!」
勢いよく彼女の元に飛び込み、その震える体を力いっぱい抱きしめた。
その頭上から勢いに任せて斧を一振り。
冷酷な鷲の瞳が二人の小さな体を捉えた。
「れいれいさん!!」
「助けて!!」
屋敷の中で岳が一瞬動いた――が。
そいつはそれも全て読んでいた。
シナリオを読み取った上でその斜め上から転換点を見出し、運命の変化の糸口を無理矢理見つけ出す。
彼が長く生きる上で身につけた技法。
シナリオブレイク。
鷲の瞳が向こうから聞こえた音に一瞬気を取られる。
一発、二発!
――刃が押され、手から斧がずり落ちた。
三発!
――それを取ろうとした彼から遠ざけるように斧を更に弾き彼の顔を横に向かせる。
四発――仮面の僅かな側面に弾丸を当てて弾き、
五発――駄目押しで仮面を更に押し出し。
直後飛び出した情報屋が鬼の額に、仮面の付いていないむき出しの額に硝煙がまだ立ち昇る銃口を押し付けた。
大きく見開かれた鷲の瞳が悔しそうにこちらを見つめた。
こいつの戦法は知れている。故にこちらの残り弾数を知らない訳がない。
ガチャリ。これ見よがしに撃鉄を目の前で起こしてやった。
「ゲームオーバーだ。諦めろ」
「……」
何も言わずに青白い人魂となって去っていった。
――後に残ったのは静寂である。
(つづく)
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