伍――あの日の話―Ⅱ

「あの日。世界の全てが狂った」


 ひたすらのどかな景色。その遠くを寂寞を込めた瞳で眺める。


「何十年か位前。あの頃はとても平和だった。何たって世界を守る二つの宝玉があったからな」

 ――

「それって、さ。水晶みたいな感じ?」

「お、良く分かったじゃねえか。――そう、二つで一つ。あの世とこの世の仕切りの役目を果たす、千吉最期の人類への贈り物だ」

 愉快そうに揺れる三つ編みを思い出して頭がぐわぐわした。

 確か割っていたのは……。

 ……、……。

 真逆な。

「そ、それってさ。どこにあるの?」

「一つは立石神社の奥に広がる森の中、あの世の入り口の前だ」

「へえ、なんとなく聞いたことはあったけど、門田町が『あの世の入り口がある町』だっていうのは本当だったんだね」

「お盆最終日は渋滞が起こる」

 リアルだなー。

「その時扉を開けてあげるのはお前の仕事だからな」

「マジか」

「頑張れ和樹ー」

「そんな事言うなら夢丸も手伝ってよ」

「あああ僕はか弱いご神体……」

「……」

「話戻すぞー」

 本当に都合の良い奴。

「その一つは山草と長良で管理していて、もう一つは別の場所にある。さてどこだと思う?」

 クイズ?

「長良のお家の向こうの森とか?」

「残念。正解はあの世だ」

「エ!!」

 分かるわけないじゃんって言葉をすっと胸の奥にしまう。

「元々何か大事があった時困るってな? 千吉が『運命の守り人』達にそのもう一つを託したのさ。その為、一つが仮に敵の手に渡ったり壊されたりしてもこのように世界は無事でいられる」

 ん?

「何か含みのある言い方だね」

「そりゃ勿論。

「あ、そうか。なーるほどね」

「そうそう」

「……」

「……」

 ――ハァァア!?

「今なんつった!?」

「す、既に一個壊れてる……」

 急に胸倉掴まれた夢丸が目をばつにしながら苦しそうに答える。

 え、え、え? え??

 え??

「どういう事!? そんなの危険じゃん!!」

「俺達だって真逆安寧をひっくり返されるとは思ってもみなかったんだよ」

「――え?」

 いち、に、ち?

「真逆それが?」

「教えてやろう」


「行動開始から一日足らずで世界の安寧をひっくり返しやがった厄災の話」


「俺達はそいつの事を『奴』と呼んでいる。名称も容姿も一切不明の黒魔術師だ」


 * * *


「あの日もいつもと変わらぬ日々になるはずだった。そこに客が来た。胸に五芒星を掲げた白いゆったりとしている服を着、黒いパンツ、黒いブーツを履いた男だ」

「顔は。顔は綺麗だった?」

「何を聞いてるんだ」

「ア、いや……」

 そうだよな。

 思いつつ引き下がる。

 偶に至近距離で見た夢の中のあの男の顔は悪人には見えない程綺麗だった気がする。

 その笑顔だけは何よりも善人的で素敵だった。

 今でも何故だかそれを忘れられない。

 ただそれだけだけどさ。――何となく心の中にしまっておく。

「まあ、それに答えるとするなら厳密には『分からない』が正しいかな」

「何で?」

「フードを目深に被ってたんだよ。顔の殆どを隠して髪型どころかその素顔すら明かさなかった」


『未来を変えに来ました』


「奴はそれだけにこやかに言って自分が来た理由を事細かに話した」

「理由って?」

「未来は悪霊達に飲み込まれそうになっているという事、その未来を覆す為には過去を変える必要がある事、その他云々。あれだけのハッタリをよくもまあぺらぺらと喋れたものだよ」

 夢丸が顔を歪めつつ言った。

 ――その言い方はまるで……。

「それを信じちゃったの? 本当かどうか分からないのに?」

「数多の根拠を引っ提げてきてたからね」

「……どういう事?」

「大勢で来たんだよ」

「……?」

「奴はを引き連れてきた」

「……!」

 途端にフラッシュバック。


『やめろ! 和樹!!』


 息が、苦しい。

「占いを行ってもそれに間違いはなさそうだという判断が下され、彼らはそのまま客間に通された」


「そしてその夜。はらい者が管理している宝玉が奴らの手によって壊された」


 事実だけが冷たく鋭く、縁側の内と外とを分けた。

 外に出している足だけが温かく、縁側の内だけが冷たく、暗い。

 蝉の煩い声も、聞こえない。

 それだけでも異様な雰囲気だったに違いない。

「……で、でも、そういう事になっても大丈夫なようにって、千吉さんが宝玉のもう一つをその運命の守り人とやらに預けたんでしょう?」

「運命の守り人……」

 俺の言葉に夢丸が虚ろに呼応した。

「運命の守り人――別名『死神』。運命神の書く『運命の書』に従って生き物の命を刈り取る集団だ。その命は天国へも地獄へも行かず、六道に異なる命となって輪廻に還る。彼らは運命が歪められる事を嫌い、時には無慈悲に彼ら自身で手を下す」

「おっそろしく強い集団だから大丈夫だろうって千吉は預けたはずなんだがな。そこにも手を回されていたんだよ」

「嘘だ……そんなの。嘘だよね?」

「悪いがな、嘘じゃない。何らかの方法で死神達の宝玉に手を回し、傀儡化していた名のある神を陰どもと共にこちらに引きずり出した」


「百鬼夜行の完成だ」


『アハ、アハハハハハ!! 嗚呼、これで未来の完成です、新世界だ。新世界が来る!! 来る!! アハハハ、ハハハ!! ヒャヒャヒャ……』


『平和な世の中を創ると誓います! ヘーリオス様!!』


『ヘーリオス様!!』


「何が平和な世の中だ!!」

 苦虫を嚙み潰したような顔でトッカが畳を勢いよく叩いた。憤懣やるかたなき思いがその一発に込められていた。

 ――その夜。

 あの陰と呼ばれる者達が次々と破られた仕切りから這い出し、巨大な黒い影名のある神を筆頭にこの町を襲おうとしたと言う。

 その光景を思うとゾッとした。

 守り神である夢丸はよっぽど怖かったに違いない。

「傀儡っていわば『操り人形』って事だよね」

「そうだな」

「何の神が傀儡にされていたの」

「そこはよく分からん。名のある神は大抵その身体が大きい、故に顔がよく見えないんだよ。――ダイダラボッチみたいなものと思えばまあ合ってるだろう」

「ふうん……、死神の総大将とかっていうのは? 可能性はある?」

「あるだろうが、さっきも言った通り奴らはすこぶる強い。幹部レベルの実力者ならば一人で千人弱相手に出来るとかの噂だ。総大将はその上を行く。よって、あっても数パーセントの世界だろうな」

「それに名の知れている神様は強い弱い関係なくまだまだ他にもいらっしゃるしね、考えるだけ時間の無駄だと思うよ」

 その台詞二つだけで「死神より強いなんて考えたくない」って心情がじわじわ滲み出ている。

 何者なんだ、本当に。

「要はさ、アイツが言っていた『変えなければいけない未来』というのはアイツがまさに作りたかった未来だった。善い未来の為に変えたかったんじゃなくて自分の理想の世界の為に変えたかったってオチだよ」

「そ、それでどうなったの」

「勿論、山草家が駆けつける事になる」

「長良は」

「彼らの本家は湯羽目村、即ちお隣明治街の更にお隣だ、無理がある」

 明治街は本当に大きな都市だ。端から端まで車で余裕で一、二時間かかったりする。つまり最短距離を車でかっ飛ばしても間に合わない。

「更に長良が一家総出で戦いを挑んでも暴力的なあの数は対処しきれない。奴らを倒しきる前に自身の血を使い果たしちまう」

「どういう事?」

「血を媒介してるって言っただろ? 山草千吉が一人で強大な封印の力と鬼道とを使いこなしていたように、長良のチカラも山草の霊感と同じものなんだよ」

「ほうほう」

「で、そのままだと相手に当たらないだろ? だから指とか噛み切ってさ、血を出し、そこに霊感を込めて鬼道にして――それで初めて相手に届くんだよ」

「ナルホドね」

「だから封印の力で無理矢理押し戻すしかなかったっつう訳」

「それで一家のチカラが殆ど失われた、と……」

「そういう事だ。継承するチカラも使い果たしてしまう位には」

「そんなになるって一体何がそこで起きたの」

「話は意外と簡単、千吉が作った物と同じものを生成したんだ」

「世界を保つ宝玉を?」

「ああ。それで最後のチカラを振り絞り、宝玉に霊感を溜めて『百鬼夜行』を残らずその宝玉に押し込め、あの世に送り返した。それがあの日起きた最大の災厄にしてはらい者負の歴史だ」

「じゃあそれで解決したんだ?」

「――いや」

 黙っていた夢丸が話に再度入って来る。

「解決してない」

「何で?」

「肝心の首謀者には逃げられた。その神の傀儡化も解けていない」

「エエッ!? 全然解決してないじゃん!」

「そう言ったでしょ?」

「う……」

 返す言葉もございません。

「更にはあの世の方にある宝玉の修復が出来ていない。よって仕切りは未だ不完全なままだ。だから昨日みたいにああやって陰達が出てきたりする」

「最近ニュースになってる『通り魔』の九割はそれだよ、和樹」

 昨日の朝「物騒だ」とか言い飛ばしたラジオニュースをふと思い出す。

 その裏で何が起きているかを考えると眩暈がする。

「極めつけはその『奴』が通り魔事件に関わっているであろう事が最近になって分かってきた。特徴は黒地に細い縦の白い瞳――いわば「黒い蛇の瞳」に黒毛の長い三つ編みを垂らしている、この二点」

 息を呑む。

「『奴』が動き出してる」

「……」

「世界が危ない」

 その恐ろしさとか脅威とかが改めて眼前に迫って来た。

 こんなヤバい奴に俺は対抗できるの……?

「そういう訳で俺はこの十三年、次郎吉と別れてからずっと調査を続けてきた」

「え、トッカ、そいつの事調査とかしてるの?」

「さっきからそう言ってるだろ。この数十年間はらい者は次郎吉残して出てなかったんだからよ!」

「すっ、数十年!? え!? 長くない!?」

「大変だったんだからな! 感謝しろよ」

 だから俺に三つ編みの男の行方を聞いてたのか。

 改めて納得。

「それで、これからの予定なんだがな、調査の本拠地である『記憶の宝石館』にお前を連れて行こうと思ってさ。そこで調査チームの仲間に加わって欲しい」

 チームとはいえたった三人だけどな、と苦笑。

「最終目標は?」

「『奴』の撃破」

「ムリムリムリムリ……」

「――と、言いたいところだが正直通り魔の主犯であること以外よく分かっていない。よって、現状ではアイツの討伐は無理だ」

「ほっ……」

「という訳だから、それまでの小目標としてこの通り魔事件が起きないように対策を練りたい。その為にはお前が生まれながら持つ家のチカラが必要なんだ。あいつらを封印したりする必要が少なからず出て来るだろう」

「なるほど。――よし分かった、すぐ行こう」

「頼もしい返事、恩に着るぜ」

 トッカが嬉しそうに笑う。そしてがっしり握手。

 この霊感が何かの役に立つのなら、俺だって嬉しい!

「さ、トッカ。案内は任せても良い?」

「その前に札の量産は出来たか? 十枚だが」

「……」

「……」

「……」


 パシーン!!!

「ええい、キビキビ書けぃ!!」

「トホホ……」

 それから一時間の時が経過する。


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る