第22話 結成-1

 ティミイは遠くから行く末を見守り、ルウが消滅するとみるや枝を拾って恐る恐る戻ってきた。病が残っていれば枝も朽ちるはずと炭鉱のカナリアの代わりだ。当初はシモンへ行かせようとしたが断固拒否で返された。病で変化したからといって耐性が生まれるわけではないらしい。

 血にまみれた拳を握るガインの傍へ慎重に慎重を重ねて近づき、ようやく危険なしと判断してからティミイはさりげなく彼の肩を叩いた。

「さすが我が弟子です!」

「逃げただろマスター」

 ガインの声は恐ろしく冷たい。

「“立つための二対”を倒すとは……でも慢心は禁物です」

「逃げただろマスター」

「パン食べますか?」

「逃げただろマスター」

 怖くなってシモンはティミイの頭から飛び降りた。同じ言葉しかしゃべらず目がすわっているガインはかつて見たことがないほど恐ろしい。しかしティミイはと言えばまったく揺らぐことはなかった。

「『プラウ・ジャ』が意味するは揺らぎなき決意。しかしそれがいつしか頑迷へと変わったのです。悪しき旧態は革命神『ホワン・カオ』によって破られる。これ鉄則でしょう」

「逃げただろマスター」

 ティミイはガインの頭に飛び乗った。

「危機とは日ごろの備えの欠如なんです。強力な『ホワン』も理由をつけては出し惜しみをしては宝の持ち腐れ。これからは考えないといけませんよ」

 シモンはティミイが逃げたことをおくびにも出さずに済ませようとする強引な態度に感服した。ひたすらに押し切るつもりなのだ。

「逃げただろマスター」

「カイサは残念でした。冥福を祈りましょう」

「生きてるわよ」

 ガイン、ティミイ、シモンが全く同じ動きと叫び声で飛び上がった。刺殺されたはずのカイサが立ち上がっていたのだ。そればかりではなく明らかに以前のままの彼女の姿ではない。ドレスだったはずの赤い衣服が身体に刻まれた紋様となっていて素っ裸の状態だった。肌は病的に白いうえに“大ぐらいめが”が背中と腕に同化していた。噴射口が右手へ蛇のように巻き付いて一体化している。ルウの突きを受けた傷はドレスと同じく赤い紋様となって残りそういう化粧のようにも見えた。

「ま、まさか……」

「僕と同じ?」

 ガインとシモンの疑念は当たっていた。カイサの周囲は草むらが完全に消滅して茶色い地肌が露わになっていた。に冒されたのだ。すなわち彼女もシモンと同じく“忌まわしき赤の撫でつけ”を逃れガインの子として生まれ変わったのだ。赤いあざが頬に浮き上がっていた。

「しかし……なんなのこれ?」

「『ホワン』は使えます?」

 ティミイの質問をいぶかしがりつつもカイサは射出口とつながる手を明後日の方向へ向けた。状況は今一つわからないが肉体の状態は把握しておく必要がある。

 射出された黒球はルウの場合と同じく周囲を飲み込みながら現れた。異なるのは活発に黒球が動き回っていることである。カイサ自身も驚くことながら念じるだけで自由自在に黒球は操れた。ほどなく自身を飲み込んで消滅したものの進化は明らかだった。軽く走り飛んでみてもそれまでとは比べ物にならない身体能力を得ている。

「すごいです! あのカイサでもこれだけの力を!」

「いちいち腹立つわねあんた」

 危険を含んだカイサの声の調子にも気づかずティミイははしゃぎながら再びガインの頭へとあがった。カイサの変化にガインも怒りを忘れてただただ戸惑っている。

「さあ弟子よ! もっともっと仲間を増やすのです!」

「はあ? 誰が仲間よ? ……っていいいだいけどなぜだろうかそこのばい菌には逆らえそうにないわね」

 ティミイへの怒りがカイサへ向き直った。一応の支配下にはあるようだがここに至っても彼女はガインを貶めている。今しがた己を”赤手の厄災神”と認めたばかりであるが、他者からみなされる覚悟はまだ備わっていなかった。

「俺はばい菌じゃない!」

「あーはいはい」

「僕の妹かあ」

「はあ? 虫が気持ち悪いこといわないで」

「な、なんだとお⁉」

 一挙に一行は賑やかになった。その場でしばし言い争いを繰り広げた後、カイサがここにこのままいると『プラウ・ジャ』なりに発見されるのでは言い出して森へと隠れることとなった。

 ティミイがガインへの言い訳を兼ねてパンを焼き皆の腹を満たした。そしてガインへ一応の手当てをしてやったところで再び仲間を増やすために彼へ病を使うべきだと主張した。今度はカイサも賛同し蟻を食べながらシモンも便乗した。あくまでも人相手でないことと激戦を経たこともあってしぶしぶながらガインは応じた。

 だが決意に結果が必ず伴うならだれも苦労はしない。一帯の草木を枯らし尽くし生き物を殺し尽くしてもシモンやカイサのは現れなかった。

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