ツインテールとボーイッシュ

リリィ有栖川

 海に行きたくて川に来た。

 待って違うの。何言ってんだお前ってなるの自分でもわかるのでも聞いて。


 大学が始まって二ヶ月が経って六月も半ばまで来たのに私未だに友達ゼロのぼっち学生生活を送っているわけ。そんな寂しさから少しでも目を背けるために広大な海を見て心を落ち着けようと思ったわけですよ。


 だけどこの町には海がない! なんてこった! 代わりに川はある。幅二十メートルはあるんじゃないかってくらいの川が。川ってのは海に続くもので、これだけ大きいってことは下流なわけで、つまりもうほとんど海。


 だから私は川に来たわけですよ。ね?


 この自慢のツインテールを優しく揺らす風の心地よさはもう海辺のそれ。いやもう私の中では海だから。異論は認めません。


「さっきから何してんの? パントマイム?」

「世間への説明、あ、弁明?」

「なにそれ」


 振り向かずともわかったけどあえて振り向けば、大学に入って色気づいて伸ばし始めた髪の下で、やっぱり呆れた顔してくれちゃってる。だったら何故ついてきたんだよう。失礼しちゃうぜ。


 本当は一人で来るつもりだったのに。


 勝手に私を見つけて勝手についてきて笑うとか、不届き。ほんと不届き。


 いつもいつもそうやって、絶妙に私を見つけやがって。ストーカーかよ。綺麗な顔してストーカーとか性質悪いぞ。


 まあ、かれこれ五年くらいそれに甘えてる自分を顧みることも必要かもしれないけれど。あ、魚跳ねた。いるんだ。いるか。川だしね。


「海に行きたいんじゃなかったの?」


 隣に立たれると私のチビが目立つ。見上げなきゃいけないから疲れるんだよ。だから顔は見ません省エネ省エネ。


「それさっき説明した」

「世間に?」

「そう」

「どうせ、海は遠いから自然の水ならどれも一緒、みたいなことでしょ?」

「お前私をバカだと思ってるな?」

「違うの?」

「違うよ! 海は遠いから海に続く川で代用しようって思ったの!」

「え、わりと近くない?」

「遠くはない」


 悔しい。でも嬉しい。複雑な乙女心。

 だけど今は悔しさが強い。なんだよ私のことほっぽってたくせに。


「なんで海、いや川に来ようと思ったの?」

「ふんだ! ぼっちの気持ちがお前にわかるまい!」

「ぼっちって。いるじゃんボクが」


 何をこのきょとんとした顔しやがって。結局見上げちゃったじゃんもう。


「黙れ小娘! 早々に私を切り捨てた裏切り者が!」

「いや距離取ったのユズコじゃん」

「だってショーコの周りの人苦手なんだもん! パリピ怖い!」

「パリピじゃないよ。フレンドリーなだけで」

「いきなり下の名前で呼ぶとか何なの!? 私がショーコのことショーコって呼ぶのにどれだけ時間かかったと思うの!?」

「二年と八ヶ月」

「正解! 当たって嬉しいけどちょっと怖い」


 なんでそう随所に怖さを内包させるのかな。


「わがままなんだから」

「ふんだ」


 困っちゃうのはこっちだよまったく。


 笑いたければ笑うがいいさ。だけど元来ぼっち気質の人見知りのパーソナルスペースなめないでほしいんだよね。慎重に距離を測ってるのに幅跳びしてくるなっての。


 私はそう簡単には変われないんだよ。努力はしてるつもりだけど、誰にも伝わらないし。やんなっちゃう。


「でさ、それってさ」

「なにさ」

「嫉妬?」

「し、しし、しっ嫉妬、で、す、け、ど、なにか!?」

「ううん。嬉しいなって」

「お前を喜ばそうと嫉妬してんじゃないわ! こっちの気も知らないで」

「ごめんごめん」

「思ってもいない謝罪は受け取り拒否でーす」


 にやけやがってくそ。見せもんじゃないぞ! あ、くそよけやがって!


「どうしたら機嫌直るのさ」

「私もわからん! 教えて!」

「うーん、とりあえず、アイスおごってあげる」

「わーい!」


 甘いものがちょうど食べたかったんだよねショーコ大好き。


「ちょろいんだから」

「かわいかろう?」

「うん、そうだね」


 あ、背中に悪寒が。うっとりした目が怖い逃げたい。


「あ、今の怖いです近づかないでください」


 でもアイスはほしい。


「手を繋いでくれたらハーゲン二つ」

「さあ行きましょうショーコさん。コンビニはすぐそこでしてよ」

「ほんと、ちょろいなぁ。ボク心配になっちゃうよ」


 だったらほっとくんじゃないっての。


 私のこと怖いくらい知ってるんだから、わかれよ肝心なところをさ。


 変な鈍さのあるやつはきつめに手を握ってやる。


「だったら、ちゃんと握っておいて」

「そしたら、ボクの友達とも仲良くできる?」

「必要性があるなら」

「ない?」

「……あるかもしれないかも。メイビー、イフ」

「なんだそれ。はは」


 まあ、考えてやらなくもない。一考の余地あり。


「じゃあさっそく一人会ってみようか。まだ大学にいるみたいだし」


 いやすいません心の準備をさせてください。


 そして、絶対に手を離さないでください。



                    了

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ツインテールとボーイッシュ リリィ有栖川 @alicegawa-Lilly

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