微熱

 雪の山道を狐に案内されて、秋人は美冬の元を訪れた。生活感のかけらも無い古い山小屋で、白い着物を着た童女がちょこんと座って秋人の訪れを待っていた。童女は秋人の格好を見やって、こてりと小首を傾げて見せる。


「や、また来たか鬼子よ……その服は、なんぞ?」


 真っ赤なダウンジャケットに身を包んだ少年は、その場の雰囲気にまるで似つかわしくない格好だった。不愉快そうに顔についた雪を払い、上着を脱いで中に仕込んでいた使い捨てカイロをポロポロとこぼす。


「鬼子と呼ぶなよ雪女ぁ。町で買ったあったけぇ服だぜ。こうでもしねぇと、ここまで来れっかよぉ……」


「さよか、軟弱になったのぉ秋人よ。ちぃと前まで薄着で来ておったのに、の?」


 挑発するように薄く口元を歪ませる美冬の言葉に、秋人は軽く笑って返す。


「ハッ、ガキの頃かよ。あんときゃ毎回死ぬかと思ってたぜぇ……ぃリャアッ!」


 上着を腕に巻き付けた秋人が、突然美冬に殴りかかった。秋人の腕が美冬の頭を突き抜けて進む。冷たい肌の感触だけが秋人に伝わり、身震いさせた。けらけらと笑う美冬から風が起こり、ダウンジャケットの内側に張り付けていたお札がパラパラと吹き飛ばされていく。


「ほ、ほ。……もろいまじないじゃな?」


「あのジジイ……何が霊験あらたかな札だっ! 全然効果ねぇじゃねえかよぉ!」


 お札に八つ当たりしてビリビリと破く秋人を見て、美冬はまた笑った。笑う喉の奥から雪が舞い、小屋の中に小さな雪の粒が舞い落ちる。


「カ! カ! あてを侮るな。都の陰陽師でも祓えんかった身ぞ」


「笑うのやめろよ美冬ちゃんよぉ……寒くて気持ち悪りぃんだよぉ……」


 寒さから逃れるように、秋人は足元にいた狐を抱き寄せて暖を取る。キューキュー鳴いて嫌がる狐を無理やり抱き留め、秋人はニヤついた顔になる。狐に命を救われて以来、秋人は重度の獣好きとなってしまっていた。


 山の寒さが強くなるたび秋人は雪山を登っていた。毎年、雪女を退治するために。お山の雪が道を閉ざす。お山の風が命を奪う。不吉だ。山の祟りだ。雪女の仕業だ。そう言い伝えられ、その陰気さが嫌いで、そんなものなどありえないと笑う秋人が、雪女を見てしまった。閉鎖的な村で行き場の無かった秋人の熱が、美冬に向かった。


 秋人は何度も美冬に殴りかかって挑戦したが、効果は無く。ライターや花火を持ち込み攻撃してみたが、笑って吹き消された。そうして、村の古老の話を真面目に聞く不良少年めいた妙な存在として成長してしまった。本気で山や妖怪の言い伝えを調べ防寒対策をして山に登る秋人を、村人たちはいぶかしみながらも応援していた。


「あてを見れるだけでも大したものなんじゃがの……ぬしはまだ続ける気かや?」


「あぁ? そりゃぁ当然、勝つまで続けるぜ」


 美冬への敵意を込めて、秋人は強くにらみつけていた。視線で殴りつけるほどに見つめ続けたが、ふと何か妙な物を見たかのように、ごしごしと己の目をこする。


「あー……? 目ぇ悪くなったかぁ……?」


「ほ、もはや手立てもなかろうに、がんばるのお」


「チッ、うっせえよ……みてろよ、ぜってぇ美冬ちゃんを退治してやっからな……」


 今日はもう諦めたのか、秋人は狐を抱え童のように丸くなってしまった。狐に顔を埋める秋人を、美冬は楽しそうに眺め、笑わないように楚々としながら目を細めた。


「さよか。楽しみに、待っておるぞ……」

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