16話 合同授業

16話 合同授業


 「あ、ロイ君だ。おはよう! 昨日は来てなかったよね〜」


 教室へ入るとメルケスが挨拶しながら近づいてきた。

 今日は授業を受けるため朝から登校なのだ。


 「おはよう。朝っぱらから元気だな。何か良いことでもあったのか?」


 メルケスの表情が一瞬だけ凍り付いたと思いきや、すぐさま当たり障りの良い営業スマイルに変わった。


 「いやぁ、それが昨日の授業で分からないところがありましてね。魔法も得意そうなロイ君に教えてもらおうかな〜なんて」


 「なんだそんなことか。俺に教えられることなら教えるぞ!」


 なんだか拍子抜けといった様子のメルケス。


 「⋯⋯ど、どうもありがとう。やっぱり持つべきものは友達だね! これからもスミス商会をよろしく頼むよ!」


 ⋯⋯もしかして、俺がスミス商会で爆売りしたのをダシにして頼もうと思ってたんじゃないよな。

 まぁ確かに迷惑をかけてしまったことは申し訳ないとは思っているんだが。

 そんな疑いの感情をメルケスに向けながら席に向かうと、他のクラスメイト達が話しかけてきた。


 「おはようロイ君。先日の模擬戦だけど、君があれほどの実力者とはね。僕は決めたよ。君は今日から僕のライバルだ!」


 イゴールだ。

 人差し指を俺に向けキリッとそう言い放ったのだが、ライバルねぇ⋯⋯。

 なんだかロクなことにならない気がするな。

 しかも俺の意見も聞かずに確定しちゃってるし。


 「そ、そうか⋯⋯」

  

 「今に見ているがいいさ。すぐに君を――」


 「あぁ、一瞬ながら見事な身のこなしだったな。今度、よければ手ほどきをして欲しいものだ」


 イゴールがまた何か言おうとしたのを止め、話に割って入ってきたのはキールだ。


 「そう言うキールこそ、凄く洗練された動きだったな。もちろんいいぞ」


 俺がそう言うと、キールの表情が"無"から少しだけ"喜"に変わったのが分かった。

 クールだけど、きちんと感情は読み取れそうだな。


 そうこうしている内に、授業の開始時刻が近くなってきた。

 


 「あっぶねぇ〜。もうちょいで遅刻するところだったぜ⋯⋯」


 猛ダッシュで教室へと入ってきたのはアルヴェンだ。

 アルヴェンは俺以外の特待クラスの男子で唯一の寮暮らしだから、他のクラスメイトよりも少しだけ仲が良い。

 寮でちょくちょく顔を合わせるからな。


 「おはようアルヴェン。ギリギリ間に合ったな」

 

 「おう、ロイか。おはよう! それにしても、欠席はしても良いのに遅刻は駄目って納得いかないよな〜」

 

 好きに受けたい授業を選べる特待クラスでも、出席する授業の遅刻や途中退室は認められない。 

 まぁそこはマナーってことだな。

 そもそも、ほとんどの生徒達は問答無用で決められた授業を受けさせられるのだから俺達は相当に恵まれているのだ。

 

 アルヴェンが教室に着いてから少し経つと、ハインツ教官が現れた。

 ちなみに、カヤは今日の授業には出ないそうだ。


 「おはよう諸君。それでは朝の諸連絡を始めるぞ。知っている者も多いと思うが、今から約2ヶ月後に学内闘技大会が開催される。詳細については掲示板に貼り出されるらしいので、希望者は早めに登録を済ませるように」


 闘技大会と聞いて、一部のクラスメイト達はなんだか少し引き締まった表情を浮かべている。

 よほど大きな大会なのか?


 「それでは授業に移るぞ。着替えてすぐA武道館に集合するように」


 実は、この学校に武道館はAからCの3つ存在する。

 俺達が入学試験で使ったのはA武道館だ。

 ちなみに、生徒達のクラス分けは特待クラスを除き、冒険者ランクと同じ要領で入学試験の成績順にSからIまでの10クラスに分けられ、特待クラスと合わせて全部で11クラスになる。

 また、学内での成績や学外での功績により年度が変わると共に別のクラスへ移動となることもあるみたいなので、もしかしたらSクラスなどから特待クラスへと上がってくる人がいるかもしれないな。

 今後が楽しみだ。


 「さて、さっさと着替えて武道館に行くか」


 この冒険者学校には、規定の運動着がある。 

 動きやすいし、授業中しか着ないので汚れても大丈夫なところが便利だ。


 「あ、ロイ君! 一緒に行こうよ〜!」


 「メルケスか。ちょうどよかった、実は闘技大会についてよく知らなくてな。向かいながら教えてくれよ」


 それからメルケスに聞いた内容によると、冒険者学校の闘技大会は年に一度だけ開催される非常に大きなイベントらしい。

 この大会で優秀な成績を収めると高額な賞金が手に入る他、王国騎士団や名のある冒険者パーティにスカウトされることもあるそうだ。

 それに、ある程度トーナメントが進むと大会の舞台は学校の武道館から国営の闘技場へと移るらしい。

 一般の観客も入るため、その影響力はとても高いものになる。

 自らの力をアピールする大きなチャンスになるって訳だな。

 

 「ロイ君なら余裕で優勝しちゃうんじゃないかなー?」


 この大会、参加は完全に自由とのことなのだが、これといって出場する理由もなさそうかな。

 お金はこの前の爆売りで山ほど手に入ったから必要ないし、あまり目立ち過ぎるのもな。

 今みたいにのんびりとした学校生活を過ごせたら俺は満足なのだ。


 「俺は出場しないかな〜。メルケスはどうなんだ?」


 「出る訳ないよ〜。僕みたいな商人にとっては書き入れ時でもあるし!」

 

 お祭り事があると人々の財布の紐が緩むというのが商業に携わる人達にとって定説らしい。

 メルケスにとっては魔法や剣術よりも本業である商いの方が大事だからな。


 「それよりも、僕としては1日1日の授業を乗り切らないと⋯⋯ってもう結構、集まってるみたいだね」


 武道館を使うような授業は基本的に複数クラスによる合同で行われる。

 生徒の数がとても多いので、まとめてやらないと大変だからな。

 ちなみに今日の授業は対人戦に的を絞った防御訓練だ。

 正直、訓練として受ける意味はあまりないと思うが、そこを求めるとどの授業も受けないで良いという結論に至ってしまう。

 それだと学校に通う意味も無くなってしまうしな。

 今日みたいに、運動ができそうな授業は積極的に受けていこうと思う。

 それに、今日一緒になるBクラスにはターナがいるのだ。

 彼女の授業での動きをきちんと観察して、今後の訓練の参考にさせてもらおう。

 俺が指導している以上、Bクラスなんかで満足してもらっては困るからな。

 是非SやAクラスにまで上がってもらいたい。

 

 俺とメルケスがA武道館について数分ほど待っていると、ハインツ教官と1人の女性が現れた。

 長い黒髪に黒縁の眼鏡をかけ、ローブ越しにも分かる程に豊満な胸を持ったその女性は教官というには若過ぎる気がするが、一方で生徒って感じにも見えないな。


 「そろそろ集まったか。それでは授業を始める。私の名はハインツだ。主に前衛タイプの者達への指導を行う」


 ハインツが軽い自己紹介を終えると、横に並んでいる女性が話し始めた。


 「私の名はマチルダです。後衛タイプの方々は私が担当することになりました。教官としては新人ですが、精一杯頑張るので皆さんも付いて来て下さい!」 


 なるほど、新人の教官だったのか。

 初々しく可愛らしいマチルダ教官の自己紹介を聞いて、俺を含む男子生徒達はなんだか温かい雰囲気に包まれている。

 一方で、そんな男子達と比べると女子生徒達の視線はどことなく厳しい。

 品定めをするような目だ。


 

 そんなこんなで授業が開始された。

 とりあえず俺にはターナの動きを観察するという目的があるから、俺自身の授業の方は適当に流すとしよう。

 

 「知っての通り、今日は防御訓練だ。まずは色々と説明を行いながらお手本を見てもらう。では特待クラスのロイ、前に出るように」


 ⋯⋯お手本って普通は教官がやるんじゃないのかよ!

 目線でそう訴えかけるが、ハインツ教官は全く意に介さない様子で、むしろ催促の目線で返された。

 仕方ないか⋯⋯。

 なんだか少し恥ずかしいけどターナやメルケスも観ていることだし、少しだけ頑張ってみよう。

 なんて意気込んでみたものの、終わってみれば大したことはなかった。

 ハインツ教官やマチルダ教官の指示する通りに、軽めの攻撃を剣や防御魔法を用いて防いだだけだ。

 まぁ俺達は入学したてだし、こんなものか。

 

 「説明は以上だ。これからは前衛と後衛とで分かれて練習を行う。前衛タイプは私の元、後衛タイプはマチルダ教官の元へ集まるように」


 俺は前衛タイプの方へ向かおうとした。


 「ロイ君! よければこちらの指導を手助けしてくれませんか? 見張り役が欲しいのですが、私は皆さん全員の評価もして回らないといけないので⋯⋯」


 実は、こういった訓練を行う際に危険度が高いとされるのは後衛タイプの方だ。

 魔法の方が手加減が難しいし、魔法は一度放ってしまうと消すことができないためだ。

 安全のために見張り役を設けるのは、確かに必要かもしれない。

 ただ、学校としてそれはどうなんだ?


 「あの、俺も一応は授業を受ける側の生徒なんですけど⋯⋯」


 乗り気でない感じで俺が答えると、右手を腰に当て、左手の人差し指を左右に振って自慢げになるマチルダ教官。


 「チッチッチ。人を観察することは自分の勉強にもなるのですよ! これも授業の一環です!」



 結局、俺は見張りどころか気付けば指導役に立っていた。

 最近はターナを鍛えることに熱中しているし、俺は人に何かを教えることが好きなのかもしれない。

 ⋯⋯そういえばターナの動き、観察する暇なかったな。

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