11話 模擬戦 後編

11話 模擬戦 後編


 「それでは⋯⋯はじめ!」


 模擬戦が再開された。

 戦うのはエルフのラフィーナと、公爵家令嬢のルナ。

 先に動いたのはラフィーナの方だ。


 「"精霊召喚"」


 エルフは精霊との繋がりが深い種族ではあるが、この年齢で精霊を召喚できる者は少ないのではないだろうか。

 俺もメリ姉に魔法としての理論を教えてもらいはしたのだが、精霊を召喚するためにはエルフの隠れ里にある神樹に赴き、そこに棲む精霊達に気に入られなければならないらしいので実際には使えない。


 「"聖なる祝福ホーリーブレス"」


 ほぼ同時にルナが発動したのは聖属性の支援魔法だ。

 この魔法には身体能力や魔法の威力を強化したり、呪いの類を防いだりする効果がある。

 まぁ、後者の方は模擬戦には関係ないんだけど。


 ラフィーナの周りには、緑色に光る魔力の塊がふわふわと漂うみたいに浮かんでいる。

 風の精霊だ。

 

 「"精霊武装 風槍ウィンドランス"」


 風槍は元々は中級の魔法だが、精霊による強化で威力は比じゃないくらいに強化されている。


 ⋯⋯おいおい、少しやり過ぎじゃないか?

 模擬戦のルール自体は守っているのだが、これは一歩間違えるとルナの命すら危ないレベルの威力だ。


 「おい! そこまでだ!」


 ラフィーナの魔法放出を止めようとするハインツ教官が大声をあげたが、少し遅かった。

 まぁ属性矢や属性槍などの系統は発動までの溜め時間が短いのが長所だからな。

 一応、止めておくか⋯⋯。


 「"絶対零度アブソリュートゼロ"」


 ラフィーナの放った風槍はルナにたどり着くことなく凍りついた。

 氷属性の超級魔法である絶対零度は、範囲内にある全ての物体を一瞬の内に凍りつかせる超有能な魔法だ。

 

 「た、助かったぁ⋯⋯」


 ルナの方もできるだけ高位の防御魔法で防ごうとしていたみたいだが、さすがに恐怖を感じざるを得なかったようだ。

 へたり込んでしまっている。

 

 「今の魔法は一体⋯⋯?」


 他のクラスメイト達は俺の放った絶対零度の方に注意を奪われたみたいだな。


 「ルナ! 怪我はない?」


 テミスがすぐさまルナの元へ駆けつけ、ハインツ教官はラフィーナに詰め寄る。


 「おい。お前はクラスメイトを殺すつもりなのか? あんなのを放てば危険だということも分からないのか?」


 いたって冷静で、怒鳴らないところが逆に怖いな⋯⋯。

 この人、あまり怒らせない方がいいタイプの人だな。

 

 「し、しかし本気でやらないと練習には⋯⋯」


 まぁ、ラフィーナの言い分も理解はできる。

 俺も同じようなことをして怒られたことがあるからだ。

 今回のはさすがにやりすぎだけど。

 

 「あのー。今度からラフィーナの相手は俺がしましょうか? あのくらいの魔法なら問題ないので」

 

 俺はそう提案してみた。

 精霊の使い手と手合わせできる機会はそう多くないからな。

 むしろこちらからお願いしたいものだ。


 「あのくらいってお前⋯⋯。まぁ本人がそう言うならいいだろう。今後、実戦訓練の際はお前が相手をするように。ただし、建物を損壊するような魔法は使うなよ。そしてラフィーナは放課後に教官室に来い」

 

 融通の利く人が教官で良かったな。


 「くっ⋯⋯。ごめんなさい」


 ラフィーナは俺の方を一瞥し、悔しそうな表情を見せた後、きちんとルナに謝罪をしていた。

 なんというか、礼儀はきちんとしているみたいだ。

 きっと根は悪い奴じゃないんだろう⋯⋯。

 

 ラフィーナが去った後、俺のところに来たのはルナだった。


 「あの、ロイ君! 助けてくれて本当にありがとう!」

 

 俺の右手をとり、陶器のように白い両手で包み込んできた。

 そして少し潤んだ瞳で、上目遣いに見つめてきている。

 くそっ⋯⋯。

 もしルナが平民だったら俺は今頃、落とされていたかもしれない⋯⋯。

 ここは平然とした対応を心がけよう。


 「き、気にしなくていいぞ。大したことはしてないし」


 「さっきの魔法、数多の名だたる魔法使いの方々に師事している私でも見たことがありませんでした。少なくとも上級以上の魔法ではありませんか?」


 ルナに手をとられたまま、今度はテミスが話しかけてきた。


 「あぁ、まぁそうだよ」


 視線をテミスの方からルナへと戻すと、ちょうど目が合った。


 「すみません! 私ったら、はしたないことを⋯⋯」


 顔を真っ赤にして俺の手を離すルナ。


 「やはりそうですか⋯⋯。そのことについても後でお伺いしたいですね」


 「じーーっ」


 こっちに羨ましげな視線を向けているのはメルケスだ。

 ていうか、じーって口に出して言うものじゃないだろ。

 

 「はぁ⋯⋯。とりあえず、今日の模擬戦はこれで終了とする。今後の授業についてまとめられた冊子を各々に渡すので、どの授業を受けるのか決めておくように」


 なんだか面倒くさがられて俺の番はなかったことにされたな。

 まぁ仕方ないか⋯⋯。


   

 それから俺達は教室へと戻り、模擬戦の反省点を指摘されたり今後の学校生活に関する諸注意を受けたりして、今日の学校は終わりとなった。


 「あの、ロイ君。先ほど伝えておいたお話ですが、今からよろしいですか?」


 テミスとルナだ。

 今日は特待クラスは午前のみで終わりだが、それ以外のクラスは午後も授業があるらしく、ターナもいないから問題ないな。


 「問題ない。だが、少しだけ待っててもらえるか? すぐ戻ってくるから」


 「えぇ。ここでお待ちしております」


 そうして俺は、既に帰路につこうとしていたカヤを追いかけた。


 「なぁ! さっきの話だけど、今日の夜に男子寮に来てくれないか? ゆっくり話を聞かせて欲しいんだが」


 「うん。私もロイ君に聞いてほしい話があるんだ!」


 おそらく俺が聞きたいことでもある、ダナードおじさんとの関係だろうな。


 「じゃあまた後でな!」


 さて、まずはテミス達の方だな。

 どんな話を聞かれるのだろうか。

 ある程度は予想できるけど、もし予想外の質問がきたら面倒だな。

 

 「待たせたな」


 「単刀直入にお聞きします。貴方のその異常なまでの力は、どこでどうやって手に入れたのですか?」

 

 こういう質問は想定内だ。


 「俺の力に関する秘密は絶対に誰にも教えない。だからこれ以上、それに関連した問答を続けるのは時間の無駄だ」

 

 誰にも教えないっていうのは当然ながら嘘だ。

 仲の良い知り合いにも秘密は教えていないっていう設定だな。

 こういった小さな嘘を交えることで、俺の知り合いから秘密を聞き出そう、といった考えにできる限り至らせないというのが俺の狙いだ。


 「そうですか⋯⋯。色々と聞きたいことがあったのですが⋯⋯。しかし、貴方ほどの才能の持ち主を放っておく訳にもいかないのです。例えば、騎士として国に仕える気はありませんか?」


 「まっぴらごめんだな。俺は自由に生きたい。君達みたいな王家をはじめとする貴族達とは余計に関わりたくないんだ。だから、今後は貴族としては俺に近づこうとするな」


 俺は冷たくあしらった。

 少し強い口調だが、これくらいは言っておかないとな。


 「仕方ありませんね。残念ですが、ここは引き下がるとしましょう」


 諦めるとは言わない辺りがいやらしいな。


 「あの。貴族としての立場でなければ仲良くしてくださいますか?」

 

 ルナがそう聞いてきた。


 「あぁ、せっかくクラスメイトになったんだから、クラスメイトとしては仲良くしたいとは思ってるぞ」


 「良かった〜! 私、同い年で仲が良いのなんてテミスちゃんだけだから、クラスメイトの他の方々とも仲良くなりたかったんです!」


 公爵家の子と対等以上に話せるのなんて、立場的には王家ぐらいだもんな。

 こういうのも貴族な面倒なしがらみの一面だ。

 

 「まぁそんなところだ。じゃあ今後はクラスメイトとして、よろしくな」

 

 「分かりました。ごきげんよう」


 「それではロイ君! またね!」


 どうやら、ルナの方はあまり警戒しなくても良さそうだな。

 テミスの奴が余計な面倒を起こさなければいいんだが⋯⋯。

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