2話 初めての人助け

2話 初めての人助け


 レコルさんの店を出てから10人ほど両親の知り合いの人々の元へ訪ねた後、日が暮れはじめていたのでどこかで夕食をとろうかと店を探していたところ、とある露店を営んでいる2人組が目についた。

 恐らく母親とその娘といったところだろうか。

 人間の身体に、垂れ下がった茶色い犬の耳と尻尾を付け足したような見た目の種族ーー犬人族の親子だ。 

 先ほどから様々な種族の人々を見かけていることもあり、いわゆる亜人の外見というのはかなり見慣れてきている。


 では、なぜその2人組が気にかかったのかというと、2人してまるで路端で乞食を行っているかのような必死の形相にうら寂しい雰囲気を纏って店頭に立ち、道行く人に営業の声をかけているからだ。

 生活が困窮しているのだろうか。

 しかしそんな2人を不憫に思い商品を買っていくという人はほとんどいない。

 それもそのはず、2人が売っているのは手編みの手袋や手作りの籠といった雑貨なのだが、どれも明らかに出来が悪いのだ。

 あれで商売がやっていけるのだろうか?


 とにかく、何だか困っているみたいだから少し話を聞いてみるか。


 『ロイ、お前も俺たちのように王家を敵に回すことになるかもしれないんだ。市民を必ず味方につけておけよ。そうしないと居場所を失うぞ』とは父さんの言葉だ。

 なんでも、王都にいた頃には仲の良かった数多くの市民の人たちがよく様々な方面において手を貸してくれたらしい。


 露天に近づく俺に娘の方が気づいた。


「い、いらっしゃいませ! 安い商品ばかりなのでよかったら買っていってください!」


「どうも。気になることがあるんだが、よかったら少し質問してもいいか? 商品はきちんと買うからさ」


 俺がそういうと、親子の表情から緊張が解けていくのが分かる。 


「もちろん! それくらいのことならいくらでもどうぞ!」   


 娘の方が答えた。


「どうしてそんな重苦しい雰囲気で商売をやってるんだ? 急にこんなこと聞かれて怪しいと感じるだろうが、もしよければ教えて欲しい。俺にできることがあれば何かさせてくれ」


 父さん曰く、人々の信頼を得るには『お節介を焼け』だそうだ。

 だから俺にできることがあるならば、存分にお節介を焼かせてもらおう。


 犬人族の親子は少し躊躇ったが、意を決して母親が答えた。


「私たちは普段、夫が森で採取してきた薬草や果物をここで売っているんです。でも先日、夫が仕事中にポイズンスネークに噛まれてしまって寝込んでいるんです⋯⋯。収入が突然なくなってしまい、このままでは娘が冒険者学校に入学するためのお金が⋯⋯」


 娘が申し訳なさそうに俯く。


「なるほど。そういうことなら、よければ家に連れていってくれませんか? 俺は回復魔法が使えるので、ポイズンスネークの毒程度ならすぐに治せます」


 俺が回復魔法を使えると聞き、少し驚いた様子だったが2人の表情は曇ったままだ。


「回復魔法士さまだったのですか? しかし、そのような高貴な方に支払えるお金は⋯⋯」


 回復魔法士は数が少なく、それでいて人々にとっては必要不可欠な仕事を行うため、かなり地位が高いとされる。

 それをいいことに、足元を見た金額設定で治療行為を行うタチの悪い輩もいるらしい。


 実は、俺の両親は高位の回復魔法は使えない。

 だから、俺は父さんの元パーティーメンバーで、今はここ王都の冒険者ギルドにてギルドマスターをやっているエルフ族のメリーナ――俺はメリ姉と呼んでいる――に師事していた。

 当時はまだギルマスじゃなかったから、わざわざ俺の家に住み込みで来てもらい、教えてもらったのだ。

 結果として、生きてさえいれば大抵の怪我や病気を治せるといわれる超級の回復魔法"完全回復パーフェクトヒール"まで使えるようになった。


 ちなみに、魔法の階級は下から順に下級、中級、上級、超級、神級に分けられ、一般的には超級を使える時点で天才扱いをされるほどだ。

 俺でも最高は超級魔法で、神級クラスの魔法は使えない。

 というのも神級魔法は現代では失われてしまった魔法が多く、使える人はほとんどいないらしい。



「金なんていりません。実は俺も冒険者学校の入学試験を受けるんです。だけど、田舎から出てきたばかりで分からないことが多くて。よかったら入学した後に色々と教えてくれないか?」


 娘の方を向いて笑顔でそう告げると、キョトンとしてしまった親子。


「どうした? お父さんが毒で苦しんでるなら早く行って助けた方が良くないか?」


 一足先に我に返った母親の方が答える。 


「そ、そうですね! ぜひお願いします!」


 ***



「「「本当にどうもありがとうございました」」」


 犬人族の家族3人――父親はウォル、母親はラニア、娘はターナという名前らしい――はウォルさんが俺の回復魔法によって元気になったことで、団欒な雰囲気を取り戻せたようだ。


 なんでも、ウォルさんのために薬を買うことを、彼自身が許さなかったらしい。

 自分の不注意のせいで、せっかく娘のためにコツコツとためた貯金を使ってしまう訳にはいかない。

 そうなるくらいだったら、自分が毒で苦しんだ方がマシだ、と。


 なんてカッコいいんだ⋯⋯。

 父親の鑑じゃないか。

 なんだか、王都に来てから出会う人々が皆んな良い人ばかりだな。


「ロイ君。もし良かったら晩ごはんはウチで食べていきませんか? 大したものは出せませんが、少しはお礼がしたいの」


「うん。それがいいな。ぜひ食べていってくれないかい?」


 初めの内は回復魔法士であるということで子どもである俺にも下手に出ていたが、この短時間の内にかなり打ち解けることができたようだ。


「そうですね。ではいただくことにします!」


「やったぁ! ロイ君、ごはんができるまで身体強化魔法のこと教えてくれない?」


 ターナは魔法をほとんど使えない。

 というのも魔法を教えてくれる人がおらず、古本屋で安値で買った下級魔法の魔導書が彼女の唯一の勉強道具だったそうだ。

 だから俺が回復魔法以外の魔法も色々と使えると知ると、ぜひ魔法を教えて欲しいと言ってきたのだ。


 冒険者学校の入学試験には、剣士コースと魔法コースがある。

 入学後はコースなどはなく試験の結果でクラスが割り振られるのだが、受験の際には区別しておいた方が便利なのでコース別で試験が行われるらしい。

 彼女は今は魔法はほとんど使えないが、持ち前の運動能力を活かして剣士コースで受験するつもりらしい。

 もし、今日中に身体強化魔法を覚えることができたらターナの試験はかなり有利に運べることになるだろう。

 決して簡単なことではないが、数ある魔法の中でも習得難易度が低い下級の身体強化魔法なら不可能って程でもない。


「よし! それなら、ごはんの時間までは魔法の理論を教えるから、食べ終わったら外に出て実践してみよう。今日中に必ず身体強化魔法を身につけるぞ!」


「ほんとに!? やったぁー!」


 無邪気な笑みを浮かべ、体全体を使って喜びを表すターナ。


「さっそく始めよう!」


 こうして、俺の王都生活1日目はあっという間に過ぎ去っていった。

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