令和四年

三月二十七日

 今朝見た夢。

 ノアの方舟のエピソードのように、世界は海に沈んだらしい。

 はればれとした蒼穹の下に、ひときわ濃く青く澄んだ海原が広がっている。みなもを透かして、崩れたビルディングやコンクリート造りの建物の残骸などが見える。没した樹木たちは、金魚を飼う水槽にゆらめく水草のようでもあった。

 生き残ったひとびとは、木船をつくって移動している。無事なビルディングの屋上などがあれば、そこでぽつぽつと集落をいとなむ。少女たちも、そうした屋上のひとつに並んで座していた。

 ひとりは亜麻色の髪をした少女である。からだの線に沿った薄色のシャツとデニムのパンツ。足元はスニーカー。肩のなだらかな輪郭や縮こまるような座り方に、おとなしげな性格が表れている。

 もうひとりの少女は、黒髪を無造作に鋏で切り刻んだようななりをしている。黒いタンクトップにカーキ色のショートパンツ。こちらも履きものはスニーカー。後ろ手をつき、コンクリートのふちから海に向かって足をぶらつかせている。

 わたしたちが生きている意味ってあるのかな、と亜麻色の少女が言う。だってもう世界は滅んで、なにを成せるわけでもないのに。生きていたって仕様がないんじゃないのかな。

 亜麻色の睫毛を伏せて、少女は途方に暮れている。黒髪の少女はそちらをふり向くこともなく、風に髪を遊ばせている。醒めたまなざしを海原に据えたまま、しばらくしてから答えた。

 それでも、生きていくしかない。

 亜麻色の少女が隣を見る。黒髪の少女はまだ前を向いている。淡々とした横顔である。ことばを失くしたふたりの間で、風がさらさらと吹き抜けてゆく。海はやはり青く澄み、ときおり白い波模様を光らせてたゆたっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る