第26話 初めての旅

 門番に身分証を提示してから外に出る。雲一つ無い快晴の空。草木は太陽の光を浴びて鮮やかな緑色に輝き、鳥は楽しそうにハミングをしている。




 旅立ちの朝にふさわしい爽やかな日だった。




 アリシア・カタフィギオは仕事以外で初めて出る国外への旅に胸を高鳴らせた。連日の残業で遊ぶ暇も無くたまりに貯まっていた貯金で買った愛馬を一撫で、気持ちよさそうに目を細める馬をにっこりと見つめ、その背にまたがる。




「とりあえず帝国に向かうとしますか」




 見聞を広げる目的なので行き先はどこでもよかったのだが、友人達から強く帝国を進められた。




 本来、帝国はフスティシア王国とあまり仲が良くない国なので敬遠してしまいそうになるが、アリシアの目的である”色々な世界を見て自分の見聞を広げる”というものにはマッチしているかもしれない。




 それに帝国の現皇帝クラーラ・モーントシャイン・グランツは先代と違いとても有能な人物だと聞いているし、同じ女性という事もあり親近感を覚える。




 そしてアリシアは爽やかな空気を大きく吸い込むと帝国の方向へ馬を走らせたのだった。




















 フスティシア王国からグランツ帝国へ渡るには間にそびえる山脈を超えるか、山脈を迂回して亡ドロア帝国領を通り抜ける必要がある。




 多少時間はかかるが馬で山を抜けるよりは迂回した方が楽に移動が出来ると判断したアリシアは、とりあえず亡ドロア帝国領へ向けて馬を進めた。




 距離で計算すると、亡ドロア帝国領まで馬で2日といったところか、もしくは旅になれていないのでもう少し時間がかかるかもしれない。




 亡ドロア帝国領は今やフスティシア王国の領地となっているが、そこに住んでいる人はいないという話だ。捕虜となった住民達は今は皆王国の領地で暮らしている。




 王国と亡ドロア帝国領は距離が離れているので管理が面倒だったのだ。




 馬に揺られながらアリシアは祖国について思いを馳せる。




 これまで必死に戦って守ってきたつもりだった偉大なるフスティシア王国・・・そしてそんな自分が貴族のエゴであっさりと引きずり下ろされた事実・・・。




 わからない


 何もわからない




 アリシアにはそれを判別するための経験が足りていないのだ。




「ふっ、せっかくの旅なのに暗い気分になっては損ですね」




 真面目なのがアリシアの美徳であり、また弱点でもある。もう少し頭を柔らかくすることにしよう。せめて、この旅の間くらいは。




 日が落ちてきた。


 今日はここらで野営の準備をすることに決める。 




 少し周囲を探索すると、なにやら崖際に天然の洞窟を発見した。もしかしたら野性の動物が巣として利用しているかもしれないが、もし何もいなければ野営にはもってこいの場所だ。 アリシアは背に担いでいた両手剣を抜き、いつ野性の獣に襲われても対応できるように下段に構える。




 そろりそろりと慎重に洞窟の中を進む。




 外から見た印象より中は奥に長く広がっており、夕暮れ時の暗さもあってよく見えない。 洞窟の奥までたどり着いたアリシアは、そこで奇妙なものを発見した。




 丁寧に積み上げられた薪の燃えかす・・・何かの動物の骨に鞣されたふさふさの毛皮が地面にしかれている。




 誰かがここで野営をしていた跡だ。




 燃えかすに手をあてるとまだほんのり暖かい。アリシアのような旅の者が野営をした跡かもしれないし、・・・もしくは山賊という可能性もありえる。




 その可能性を考えるとここで野営をするのは賢い選択肢とは言えない。主が戻ってくる前にここから立ち去って違う場所を見つける必要があるだろう。




 アリシアはそう決断すると洞窟の入り口に向かって振り返り、そこに一人の人間が立っていることに気がついた。




 すらりとした体躯。その顔は逆行になっていて確認出来ないが背の高さからして男性だろうか。その立ち姿には一部の隙も無く、男が強者である事をひしひしと感じさせた。




「追っ手か?」




 透き通った声で男はそう呟くと、迅速な動きで腰にぶら下げたレイピアを引き抜きアリシアに斬りかかる。




 速い


 否


 速すぎる。




 アリシアの実力を持ってしてその一撃は反応するのに精一杯で、構えていた両手剣で何とか斬撃をそらした。




(この男、強い)




 反撃の一太刀で両手剣を力強く振り抜くが、その時すでに男は剣の間合いから脱してそのレイピアを構え直していた。




 その動きに一切の無駄は無く、アリシアは自身の鎧がここに無いことを悔やむのだった。 しかし男は何故かアリシアに向けていた剣の切っ先を下げて不思議そうな声を上げる。




「・・・レディ・カタフィギオ?」




「え? もしかしてサー・テンタツォーネですか?」




 レイピアを持ったその男は、しばらく王国で姿を消していた騎士。ローズ・テンタツォーネその人だった。
























「そうか、王国は別に自分を追っていないのだな」




 一つの薪を囲みながらアリシアとローズは互いの情報を交換する。




 ローズは勝手に資料を持ち出してまで国を出た自分が追われていない事に首をかしげていたが、それについてはアリシアが宮廷魔術師のセシリアから聞いていた。




「どうやらサー・ビルドゥが動いたらしいですね。騎士テンタツォーネの行動は自分の指示で動いているだけだから気にしなくて良い。と」




「・・・なるほど。どうやら私の行動は全てアルフレート様の手のひらの上だったようだね」




 しかしローズの顔に恨みの感情は無かった。




 仮に全てアルフレートの策だとしても、緋色の死神と決着をつけたいという気持ちはまぎれもなく本心だったのだから。




「しかし災難だったねレディ。アナタほど有能な人物もいないというのに貴族の馬鹿な企みのせいでこんな事になって」




 ローズの同情の言葉にアリシアは首を横に振る。




「いえ、ちょうど良かったのです。そのおかげで私は自分を見つめ直す事ができました。あのまま衛兵団の長を続けていたら毎日の激務に追われて何も考えずに老いてしまったでしょうしね」




「ふふ。確かにアナタは働き過ぎだったね。そういう意味ではあの貴族達も少しは役に立っているのかな」




 互いにおかしくなって笑う。




 驚きだった。


 以前のローズはどこか人を寄せ付けないような堅い雰囲気があったのに、今の彼はすっかり穏やかな顔をしている。




「それでサー・テンタツォーネ、アナタは・・・」




「おっとレディ。サーは止めてくれ。今の自分にその名はふさわしくない。それに前も言ったけど家名は好きじゃないんだ」




「・・・わかりましたローズ。アナタはこれから帝国に向かうのでしょう? 実は私もそうなのです。よければ道中ご一緒しませんか? アナタと一緒なら心強い」




 アリシアの言葉に目を丸くするローズ。それからふわりと笑った。




「これはこれはレディからのお誘いとは嬉しいね。もちろんご一緒させて頂くよ。これからよろしく頼むよレディ」




「ええ頼りにしていますローズ」




 そして二人は堅い握手をかわした。













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