第25話 魔術

ロイの研究室に案内されたハヤテは、お茶を用意してくると言ってハイテンションで出て行った部屋の主を待ちながら奇妙な部屋を観察して暇を潰していた。




 人間の文字で書かれている為、森の民であるハヤテには何が書かれているかわからない大量の資料とレポート。見たことも無い実験器具などが主の性格を表すように一ミリのズレも無く綺麗に整頓されている。




 そんな中一際目を引く物が部屋の中心に存在した。




 鈍い金の輝きを持つ金属で出来た人型。そのつるりとした無機質な顔がハヤテをじっと見つめているような気がしたのだ。




 そっと人型に近寄り、ハヤテは気がついた。その簡素に見える人型の内部に眠る圧倒的な破壊力。


 それは精霊術の使い手であるハヤテだからこそ感じられる力の流れ。




 天才ロイ・グラベルの長年の研究によって生み出された魔術の結晶・・・。




「どうです? 無様なものでしょう」




 いつの間にかお茶を準備して帰ってきたロイがハヤテの背後でささやいた。




 背後に立たれるまで気配を悟らせなかったロイの出現に驚くハヤテを尻目に、ロイは自身の研究成果である人型をつるりと撫でた。




「無様無様。私ほどの天才がこれだけの長い時間をかけてようやくたどり着いたのがこの醜い人型なのです。世界の神秘、精霊術の守り手たる森の民の目にはこの人形はどう映りますか?」




 ロイの言葉に、ハヤテは再び目の前の人型を見る。




 その細い体に埋め込まれた小さなコア。それに込められた無数の魔術式の存在、ハヤテにはそれら全てが見えていた。




「・・・精霊の力も借りず、一人でよくこの境地にたどり着いたものですね。・・・ですが厳しい事を言わせてもらいますとこの術式は少々荒っぽいように思います」




 魔術の歴史は浅い。


 数千年の時を経て練り上げられてきた精霊術の緻密さとは雲泥の差があった。




「力の流れにいくつか矛盾が見られます。その矛盾をさらに術式を追加する事で無理矢理つなげてしまっている・・・数年はこれでごまかせるでしょうが、アナタの目指す”永久機関”というものとはほど遠いかと」




 まさにその通り。




 コアの制作にはタイムリミットがあった。それに間に合わせる為に、ロイは魔術師としてのプライドを捨てて実利を取ったのだ。




 実際、数年動けるだけのこのコアでも戦争に使う分には全く問題にならない。




 ただ、ロイが一人の魔術師として目指している物とは別物だというだけの話・・・。




「そもそも魔術とは森の民が扱う精霊術のまねごとです。非力な人間が、それでも世界の真理に近づくために生み出した紛い物。それが魔術だ」




 そしてロイはかつて師事していた大魔術師セシリア・ガーネットの言葉を思い出す。








『いいかいロイ坊。魔術師なんてもんはみんな紛い物だ。そもそも大成しえない間違った偽物の研究を一生懸命追いかけている愚か者のことを魔術師というのさ。我々がどんなに努力したって森の民が秘匿する精霊術には及ばない。・・・君には敗北者として生きる覚悟があるかい? これから君が研究をすればするほど、魔術の深奥を覗けば覗く程悟るのさ。どうやら自分たちは前提から間違えているようだとね』








 しかしロイは彼女が言っていた”敗北者として生きる覚悟”とやらを持つことは無かった。確かに今の魔術を極めたところで精霊術にはかなわない。




 だからどうした? 




 ならば自分が作れば良いのだ。




 新たな技術を。


 全く新しい魔術の体系を。




「正直なところ、陛下はアナタから森の民の秘奥について聞き出すつもりでしょうが・・・


私にはその気はありません。なぜなら私だけの力で新たな魔術を生み出さなくては意味が無いのです。アナタの力を借りるようではその技術はただの精霊術のモノマネだ」




 そしてロイはちょっとおどけたように首をすくめ、人型から手を離す。




「今はこんな無様な物を見せてしまいましたが・・・私は必ずたどり着きます。アナタ方の領域までね」




 その激しき闘志、野望を聴き。ハヤテはこのロイという魔術師に興味を覚えた。


 それは今まで出会ったことのない激しい情熱を内に秘めた天才だったから。




「それはそれとしてアナタとは是非魔術談義をしたいのです。お茶も容易しましたのでゆっくりしていって下さいね」




 そう言って微笑むロイの顔は、まるで憧れの教師の話を聞く前の熱心な学生のようにも見えたのだった。










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