第22話 降格

「・・・降格・・・私がですか?」




 戸惑うアリシアの目の前には偉そうにふんぞりが選った貴族の男。名はエドワード・リコ・ミラー。フスティシア王国の大貴族の一人で、自分の利益しか考えていないような腐った男だ。




 べったりと油でまとめた七三分けの髪を一撫でして、ゴミを見るような冷たい視線でアリシアを一瞥。




「そう降格だよ、当然だろう? 君は衛兵団の団長でありながら反乱軍を粛正できなかったばかりか奴らに王都への侵入を許した。この失態への罰が降格だけだなんて寛大な陛下に感謝すべきだろうねえ。本来ならそのクビにしてしかるべきだよ」




 ねっとりと耳にへばりつくような不快な声。




 エドワードのあまりの言いぐさにアリシアは言葉もでなかった。




「しかし・・・」




 反論しようとするアリシアを、エドワードは手で制した。




「いい、しゃべるなカタフィギオ。私はお前のような身分の低い者と話し合いをする気は無い。これから私がしゃべるのは決定事項。お前はただ人形みたいに黙って頷いていろ」




 これが歴史あるフスティシア王国の大貴族なのか。アリシアは怒りのあまり自身の唇を噛みしめた。


 口の中にゆっくりと血の味が広がる。




「君の後任はもう決めてある。騎士ジョージ・リッシュ・ミラー。私の息子だがお前と違って非常に優秀だ。もう反乱軍などにいいようにされる事は無くなるだろうな。ああ、それからお前には一ヶ月の休暇を与える。無能とはいえこれまで衛兵団をまとめてきた褒美だ。ゆっくりと休み給えよ」




(なるほど、つまり自分の息子がつくる新体制に私がいては邪魔だということですか)




 わかってはいても相手は大貴族、平民の出であるアリシアが刃向かうこともできず悔しさを堪えながら素直に頭を下げた。




「・・・かしこまりましたミラー郷。しばらく休ませていただきます」

























「カタフィギオ嬢が降格? 何の冗談ですかそれは」




 王城の特別資料室。そこに招待された騎士アルフレートは宮廷魔術師セシリアとお茶を飲みながら彼女からアリシアの降格を知らされたのだった。




「まさに冗談ではすまない出来事だよ。仕掛けたのはミラー郷だね。まったく彼も予想外の所を突いてくる」




「・・・ミラー郷ですか、やっかいですね。他の方でしたらいくらでも対処できたのですが・・・」




 そう、それを仕掛けたのがミラー郷だということが問題なのだ。ミラー家の大きさがやっかいなのではない。もちろんミラー家といえば王国でも並ぶもの無しと言われる強大な貴族ではあるのだが、アルフレートがやっかいと表したのは別の要因である。




 大貴族エドワード・リコ・ミラーは、かの嫌みったらしい貴族らしい貴族はその見た目にそぐわず相当な切れ者なのだ。




 ならば何故切れ者なエドワードは間違いなく優秀で王国に貢献しているアリシアを狙ったのか。他の無能な貴族ならば己の血族を衛兵団の長に置く事で自身の手を広げたいというだけの単純な理由だけだろう。




「恐らくミラー郷はこのタイミングを狙っていたのだろうね。優秀なアリシアちゃんを引きずり下ろすには絶好のタイミングだ。行動が早すぎると言ってもいい」




 セシリアの言葉にアルフレートは眉間にしわを寄せる。




「カタフィギオ嬢を引きずり下ろす・・・つまり王国の国防を落とすことがミラー郷にとって有利に働くと?」




 アルフレートの問いにセシリアは重々しく頷く。




「ああ、高い確率でミラー郷は他国とつながっている。まああの男の事だ、尻尾を見せるようなヘマはしていないと思うが状況的に明らかだ。・・・君の騎士団も今の状況じゃ他の無能貴族どものせいで満足に動けないし、工作を仕掛け放題だねこりゃあ」




「・・・もどかしいですね。何が起こっているか理解しているのに動けないとは」




 その言葉にセシリアは力なく微笑む。




「うん、お互いに偉く成りすぎたようだ」



























 一ヶ月の暇を言い渡されたアリシアは、家の近所にある河原でぼうっと流れゆく川を見つめていた。




 ここ最近はずっと働きづめだったのでこうして何もしていない時間というものは本当に久しぶりだ。




 こうしていると色々と考えてしまう。




 国の事について、そして自分について。




 こう言っては何だが、アリシアはその優秀さ故に自分の人生についてじっくり考える事などなかった。


 騎士の国に生まれ、誇り高き騎士を見て育ち、自然とこの国を守れるような誇り高き人間になりたいと考えるようになった。




 貴族の出身で無いアリシアにとって、衛兵団に志願するのは当然の流れであり、そこに疑問を持ったことなんて無い・・・。




 16の時に入団してから持ち前の要領の良さと確かな実力で順調に出世していき衛兵団の長を任せられるまでになった。




 ・・・入団してから脇目も振らず走り続けた14年。こんな理不尽な状況で、アリシアは自分の見識の狭さを思い知ったのだ。




「一ヶ月の休暇ですか・・・もしかしたらちょうど良い機会かもしれませんね」




 アリシアはこの国しか知らない。そして戦士としての生き方しか知らなかった。こんな無知な小娘が国を守ろうなんておかしな話だ。




 自嘲気味に笑うと、勢いよく立ち上がる。




 旅に出よう。 




 アリシアは決意する。自分を見つめ直すため・・・そしてこの国の事を本当に理解するために旅立ちの決意をするのであった。








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