第21話 闘争の本能

 まん丸なお月様を見上げて、そいつはよろよろと重い歩を進める。




「・・・ああ、本当にいい夜だ」




 明るい月の光に照らされて、男の右手に持っている剣の漆黒の刃がぎらりと光った。しかしその顔は闇に隠れてはっきりとは確認できない。




 ”光ヲ喰ラウ者”は、先のアルフレートとの死闘で負ったダメージを癒やすため、新鮮な血を求めて彷徨う。




 斬った相手の血を啜り、その生命力を自身の力に変える。




 強い戦士を喰らえば喰らうほど、”光ヲ喰ラウ者”の”呪い”は強化される。そして新たな強者を探して彷徨うのだ。




「・・・力が足りない・・・さらなる強者を・・・血を・・」




 アルフレートの力は予想を遙かに超えていた。奴を殺すためには大量の生け贄が必要なのだ。


 そうして男が向かった先は・・・・・・。

















「待たせたな」




 そう言って同族との対話を終えたテオが戻ってきた。あまりうまく事が運ばなかったようで、その顔は曇っている。




「みんなと話をしていたんだが・・・俺が予想していたより状況は悪い。どうやら連中は我が同族に反乱などさせぬようにと食事を極端に制限させていたらしい」




 その言葉でマオは思い出す。以前テオが語っていた、獣人はその運動能力と引き替えに恐ろしく燃費が悪いのだと。




「みんな栄養失調をおこしている。すぐに移動するのは無理そうだ・・・しばらくきちんと栄養を取って休ませられればいいのだが」




 それを聞いたリオンが発言する。




「最大で三日だ。それ以上は待てない。オレ様が聞き出した情報だと次に王国から兵が来るのは一週間後・・・とりあえず税にまわす分の穀物は貯蔵されているから食料は大丈夫だろうから、三日休んでとっととずらかるぜ」




 リオンの言葉にみんな頷く。




「さあ、じゃあその間にオイラたちはこの人数の移動でどうやって王国の追っ手をまくか考えま・・・」




 ダンプがしゃべっている途中、遠くから悲鳴が聞こえる。




 さっと悲鳴の方向に向き直り・・・そこが猫族の寝床が集まっている場所だと気がつく。




「クソッ!!」




 真っ先に駆けだしたのはテオ。




 獣の敏捷さで悲鳴が聞こえた方向へと突っ込んでいく。




「オイラ達も行くぞ!」




 ダンプの先導でテオを追いかける一同。




(・・・嫌な予感がする)




 マオはふと感じたその予感に戸惑いを覚えた。
























 阿鼻叫喚。




 血と肉と死。




 そこはまさに地獄絵図。切り刻まれた死体の山の上に、そいつは一人夜空の月を見上げて佇んでいた。




「今夜もいい夜だ。・・・月がとても綺麗に見える」




 その光景を見た瞬間、テオの中の何かが弾けた。




「がぁああぁぁぁあ!!」




 獣の咆哮。




 今の彼は一匹の野獣であった。




 手にしていたショートソードも盾も殴り捨て、四足歩行になって男へと迫る。野生の肉食獣を彷彿とさせる突撃に、男はやっと気がついたとばかりにテオに向き直った。




 テオの両手の爪が光る。




 その鋭利な武器を男に向かって突きだし・・・突如現れた闇色のオーラによって阻まれた。




「ちょうど良い。まだ腹ぺこだったんだ」




 底冷えするような冷たい声。男は無造作に漆黒の刃を振るう。鋭い剣撃が闇夜に煌めき・・・。




 あっけなく。


 あまりにも簡単にテオの体は切り裂かれた。その表情は怒りの色を残しながらゆっくりと生命の光りを失っていく。




「テオぉおお!!」




 叫んだのはリオン。うなり声を上げて男に斬りかかる。




 リオンの打ち込んだ肉厚の山賊刀は、いとも簡単に漆黒の刃によって受け止められた。




 激しい剣撃が巻き起こる。それを尻目に、ダンプは倒れたテオの体を引きずって戦火に巻き込まれない安全地点まで持ってきた。




「ハヤテさん! こいつに治療を! オイラとマオはリオンの援護に向かいます」




 その言葉に頷くと、ハヤテは早速治癒の精霊術を行使する。




「行くぞマオ!」




 ナイフを構えて突撃するダンプ。




 マオは静かに目を閉じ、自分の奥底に眠る鬼の血に呼びかけた。




 体が変化を始める。肌は緋色に染まり、肉体は大きく強く・・・人ならざる強度へ。仕上げに額から二本の角が生え、マオは鬼と成った。




 そっと目を開くと、夜の闇を透過して先ほどよりもクリアになった場景が目に映った。


 リオンもダンプも必死の戦いを見せているが防戦一方。敵の鮮やかな剣に翻弄されるばかりである。




(ボクが行かなきゃ)




 体の奥底からわき上がる怒り。




 それは友を斬られた事に対するモノ、そして・・・




 鬼種の純粋な闘争本能が爆発した。




「ぉぉおおおおおお!!」




 大気をびりびりと揺るがす咆哮。




 それに気圧されたのか、一瞬だけ嵐のようだった剣撃が止まる。


 マオはその巨体が霞んで見えるほどのスピードで突進すると、闇を纏った男に体当たりをぶちかました。




 まるで重力がなくなったかのように水平に飛んでいく男を、さらに追撃せんと追いかけるマオ。


 男は空中でくるりと身を翻すと迎撃の構えを取った。




「なんとこれは懐かしい。とっくの昔に滅びたものと思っていたが・・・お前まさか”鬼”か?」




 どうやら男はマオの事を知っているらしい。




 だが止まらない。


 止められない。


 一度火の着いた鬼の闘争本能を止めるすべなどない。




 マオは・・・否、一匹の鬼はその巨拳を振り上げ、闇の男へと殴りかかる。




 拳と刀


 生物と金属




 それらが神速で夜の闇に交差して互いにダメージを与え合う。防御なんて考えない、互いに相手を殺すことしか頭になかったのだ。


















 一方ダンプとリオンは戦いながら移動する二人を追いかけるのに精一杯だった。




「しっかし追いついたとてオイラたちに援護できるかね? あのレベルになると邪魔にしかならないような気もするけど」




 ダンプの言葉にリオンも頷く。




「ああ、だが追いかけない訳にもいかんだろう・・・オレ様もあいつの顔に一撃くらいくれてやらねば気が済まない」




 しばらくすると戦う二人の姿が見えてきた。




 それは今まで見た数多の戦闘の中でももっとも恐ろしいものだとダンプは感じる。




 あの二人は、防御というモノを全くしていないのだ。マオの体は無数の切り傷で赤く染まり、男の方は剣を持っていない左の腕が、骨折しているのかぷらぷらと揺れていた。




 ダンプもナイフを構えて援護しようと試みるが、どうにも二人の動きが速すぎて照準が定まらない。


 もやもやしながら見守っていると、二人の戦いに動きがあった。




 マオの振り抜いた渾身の一撃が男の腹にクリーンヒット。吹き飛ばされたその先には切りたった崖が・・・。




「よしっ! 勝った」




 思わず声を上げたダンプだが。崖底へ落ちていく男の体から闇色のオーラがにゅるりと伸び、マオの体に巻き付く。




 突然の出来事に、対応出来ずにいるマオ。


 崖底へと落ちていく勢いのまま、マオの体も引っ張られ・・・そのまま供に崖底へとダイブする。




「!?」




 慌てて崖の縁へと駆け寄るダンプとリオン。


 底を覗き込むが、もう落ちた二人の姿は見当たらなかった。




「マオぉおお!!」




 ダンプの悲痛な叫び声が、深き谷の底へと吸い込まれて消えていく。












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