第3話 王国

「ふむ、串焼きが一本200ギルですか・・・」




 屋台で売られている串焼きがやけに旨そうに見える。徹夜明けのアリシアは、乙女のメンツも沽券もかなぐり捨てて、圧倒的な疲労と空腹で目の前の串焼きをよだれをたらさんばかりに凝視していた。




「よう綺麗な嬢ちゃん、一本買ってくかい?」




 屋台の店主の言葉に、アリシアはクワッと目を見開いた。




「十本ください!」


「じゅ、十本!?」




 女性とはいえアリシアは戦士である。その食欲は平均的な成人男性よりも旺盛だ。




「ええ十本です!」




 満面の笑みでそう言い切るアリシアは、妙齢の女性ながら無邪気な少女のようなかわいらしさがあった。








 熱々の串焼きを口いっぱいにほおばる。あふれ出る肉汁がまったりと舌を包み込み、肉の旨みが疲れ切ったアリシアの体に染みいるようだった。




「うーん、おいしー!」




 夢中で肉にかぶりつくその様は、勤務中の出来るクールな女性という雰囲気からはかけ離れていて、部下が見たら目を白黒させそうなものであったがこれも彼女の一面なのだ。仕事は仕事、プライベートはプライベート、常時気を張っていたら折れてしまう。




「衛兵長殿・・・いや、レディ・カタフィギオ。こんにちは、とてもおいしそうだね」




 串焼きを満喫していたアリシアの背後から、聞き覚えのある気障ったらしい声。声の主に心当たりのあったアリシアはげんなりしながら振り返る。その表情に先ほどのような少女の可愛らしさは無く、勤務中のような氷の冷徹さが感じられた。




「こんにちはサー・テンタツィオーネ。前にも言いましたが気配を消して背後に立つのはお止めください」




 その言葉に騎士ローズはニヤリと笑う。




「これは失礼、以後気をつけよう。しかしレディ、今は互いに仕事外の時間だ。堅苦しい呼び方は止めにしないかい?」


「・・・・・・はあ、わかりましたミスター・テンタツィオーネ。そうですね、わざわざ休日に自分の位を持ち出す事も無いでしょう」


「ありがとう。もう一つ、できればローズと呼んで欲しいな。家名はあまり好きでは無くてね」




 それはどういう事かとアリシアが訪ねようとした瞬間、大通りからワッと歓声が上がった。




「? 一体何事でしょうか?」




 アリシアの疑問に、ローズは何事も無いかのような軽い口調で答える。




「たぶん凱旋だろうね。あれだけの歓声という事は帰ってきた人物は一人しか考えられない」




 一息つくとその人物の名をそっと呟く。




「騎士の中の騎士、アルフレート・ベルフェクト・ビルドゥ」




 ”騎士の中の騎士” または ”史上最強の剣士” 彼を形容する二つ名は数あるが、ただ一つ確かに言える事は騎士アルフレートがこの王国における騎士長を勤める最高位の騎士であるという事と、並ぶ者のいない高度な剣術を扱う実力のある男だという事だ。




「サー・ビルドゥの凱旋ですって? 早すぎやしませんか。彼が公国に攻め入ったのは先月の事ですよ。いくら王国最高位の騎士であるサー・ビルドゥでも一月たらずで国を落とすなんて不可能では・・・」


「レディ、君は彼の事をよく理解出来ていないようだね。確かに早い、だがソレが出来るからこそ彼は ”騎士の中の騎士” と呼ばれているのさ」




 人混みの奥にわずかに見える騎士団の凱旋。その先頭に居る騎士こそが”騎士の中の騎士”アルフレート・ベルフェクト・ビルドゥ。金髪碧眼、恐ろしいほどに整ったその顔立ちにはうっすらと笑みが浮かんでおり、遠征による疲れは感じられなかった。




「彼が戻ってきたという事は自分も城に戻った方が良さそうだね。ではレディ、名残惜しいが自分はこれで失礼させてもらうよ」




 気取った動作で一礼すると、騎士ローズその場から立ち去る。




「騎士の中の騎士・・・ですか」




 アリシアは大通りの騎士を遠目で見ながら、その存在を焼き付けるのであった。


















「陛下。アルフレート・ベルフェクト・ビルドゥ、ただいま遠征より帰還いたしました」




 ”騎士の中の騎士” アルフレートが跪き臣下の礼を尽くす。




 王城の玉座に座るは白髪を長く伸ばし、立派な口ひげを蓄えた痩せぎすの老人。彼こそが騎士道と正義を重んじるフスティシア王国12代目国王、セサル・フエルテ・フスティシアである。




「おお、我が騎士アルフレートよ。よくぞ戻った。さあ今回の遠征の成果を聞かせておくれ」




 国王の言葉にアルフレートはもう一度頭を下げると、遠征の成果について語り出す。




「今回の遠征で公国はほぼ壊滅状態、我が騎士団の被害は軽微なものです。後は降伏を進める書状を出せば公国は我が王国に下るでしょう」




 アルフレートの報告に、国王は満足げに微笑んだ。




「流石はアルフレートよ。お前はいつも余を満足させてくれるな」


「勿体なきお言葉でございます陛下」


「よいよい。アルフレートよ、此度の活躍もまた見事。後ほど褒美を取らすので楽しみにしているがよい」




 国王が柔らかな口調でアルフレートを褒め称えた後、表情を引き締める。




「さて、話は変わるがどうやら先日反乱軍の拠点が一つわかったらしくてな、衛兵団を向かわせようと思うのだが・・・腐っても反乱軍は実力者揃い、誰か腕の立つ者を一人同行させたいのだがアルフレートよ、お前が推薦したい者はいるかの?」


「そうですね、それならば陛下。我が右腕たる弓手、ファルケ・マハトなどいかがでしょうか? 彼ならばそれなりの仕事が出来るかと」


「おお、あの”千里眼”のファルケか。それならば間違いないだろう」




 同行者がほぼ決定したかに思えた空気の中、この謁見の間の隅で静かに参加していたある男が声を上げた。




「・・・恐れながら陛下、発言してもよろしいでしょうか」




 さらさらの銀髪をなびかせて、薄い青の双眸が怪しく光る。騎士ローズ・テンタツィオーネその人である。




「発言を許そう騎士ローズ・テンタツィオーネ」


「ありがとうございます陛下。今回の反乱軍の粛正ですが、ファルケ殿も遠征でお疲れでしょうし、自分が同行したく存じます」


「ふむ、確かに遠征の直後にすぐというのも酷な話か・・・よかろう貴殿なら腕もたつ、衛兵団に同行する事を許可しよう。アルフレートも異論は無いな?」




 国王の言葉にアルフレートも頷いた。




「陛下のお心のままに」












 謁見の間から外へと続く長い廊下、優雅な足取りで帰路につく騎士ローズを背後から呼び止める声があった。




「・・・ローズ、先ほどの発言は一体どういう意図があるんだい?」




 王国広しとはいえ、ローズの事をファーストネームで呼び捨てにする存在は一人しかいない。振り返るまでも無くその相手を特定すると、ローズは薄く笑って返答をする。




「おかしな事を聞きますねアルフレート様。自分の発言に何か問題でも?」


「小芝居など無用だよローズ。君みたいなマイペースな男がファルケの疲労度なんて気にする筈が無いじゃないか。今回衛兵団に同行したい訳を聞いているんだ。なに、別に怪しんでいる訳じゃないさ、ただ単純に君が動く動機に興味があるだけだ」




 食えない男だ。ローズの性格をよく掴んでいる。




「やれやれ、アルフレート様にはかないませんね」




 降参だというように両手を上げる。




「”緋色の死神”に興味がありましてね」


「ん? 確か先日脱獄した犯罪者の一人だね、その死神とやらと反乱軍に何の関係が?」


「簡単な推測ですよ。脱獄者の一人、ダンプ・デポトワール・オルドルを捕まえたのは自分でして・・・奴なら脱獄後最初に向かうのは反乱軍の拠点でしょうから。そして死神はオルドルと同室に投獄されていたようです。もしかしたら一緒に行動しているかもと思いましてね」




 ローズの言葉に、アルフレートは納得したように頷いた。




「なるほど、一応納得はしておこうか。でもローズ、君が興味を持った男の取り扱いは極秘に行わなければならない。分かっているとは思うが、余計な好奇心は猫を殺すよ。捕らえるのは構わない、が、深入りはしない事だ」


「ええ、もちろんですとも。では自分はこれで失礼いたします」




 ローズは芝居がかった様子で一礼すると立ち去った。その後ろ姿を見ながらアルフレートは小さな声で呟く。




「全く可愛い奴だねローズ。深入りする気まんまんじゃあないか」


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